第136話 新たな従士①

 行きと同じように帰路でも特にトラブルに見舞われることはなく、およそ2週間でアールクヴィスト準男爵家の一行は領地に帰り着いた。


 農民たちに頭を下げられながら農地を抜けて領都ノエイナに入ると、屋敷までの道のりでも沿道に領民たちが立ち止まって軽く頭を下げてくる。ノエインが領外から帰ってきた際の、いつもの光景だ。


 そしてまたいつもと同じように、屋敷の前に並んだ部下やメイドたちに出迎えられる。


「閣下、奥様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」


「出迎えご苦労、従士長……僕がいない間、何か変わったことはあったかな?」


「いえ、ございません。アールクヴィスト領は平和そのものでありました」


 領主の帰還というあらたまった場であるため、ユーリの口調も部下としてのものになる。馬車から降りたノエインは、敬礼してくるユーリとそんな会話を交わした。


「それは何よりだ……あー疲れた。王都はもう当分いいや」


 かしこまった話し方に飽きたノエインは、気の抜けた声でそうぼやく。ユーリはそんな主君の態度に苦笑した。


「それで、式典や晩餐会はどうだった? 例の……父君とは再会できたのか?」


「できたよー、再会してしっかりおちょくってあげたよ。あれは楽しかったなあ、ねえマチルダ?」


「はい、ノエイン様。キヴィレフト伯爵の表情は傑作でした」


「……そんなに挑発してきて大丈夫だったのか? 相手は腐っても大貴族だろう?」


 ヘラヘラ笑うノエインとは裏腹に、ユーリは少し心配そうな表情になる。


「それは大丈夫だよ。ほら、王家に兵器やジャガイモを献上するから準備するようにって早馬で報せを送ったでしょ? あの献上のご褒美として、キヴィレフト伯爵家がうちに手を出せないように庇護をもらってきたんだ」


「それはまた……凄いな。王家直々の庇護とは」


「でしょ? 我ながらいい考えだったよ。ああ、あと他にもご褒美をもらってさ、王国軍の傀儡魔法使いたちを――」


 簡単な報告を兼ねて従士長と言葉を交わしながら、自身が領地に帰ってきたことを実感するノエインだった。


・・・・・


 アールクヴィスト領に帰還したノエインは、まず自身の陞爵に伴う重要な仕事にとりかかった。


 新たな従士の登用である。


 領地は人口1000人を超えるまでに発展し、ノエインは士爵から準男爵へと出世した。将来的なことを考えても、対外的な見栄えを考えても、今後のアールクヴィスト家にとって譜代の忠臣となる従士をもう少し増やさなければならなかった。


 今回新たに従士となる者は、順番に領主の執務室に呼ばれ、従士長ユーリや従士副長ペンス、ノエインの副官であるマチルダが証人として見守る中でノエインから直々に任命される。


「――よって、領軍兵士リック、ダントの両名を新たにアールクヴィスト準男爵家の従士として任命する。この地位は原則として汝らの子々孫々にも受け継がれるものである。以後もアールクヴィスト家のため、そしてアールクヴィスト領のために力を尽くすように」


 今はリックとダントが、これまでアールクヴィスト領を守るために職務に努め、そのための能力を磨き続けてきたことを評価されて従士として任命を受けているところだ。


「ありがたき幸せにございます」


「これからもアールクヴィスト準男爵家に変わらぬ忠誠を誓います」


 リックはクロスボウやバリスタの射手としての腕前を認められて領軍の射撃隊の隊長を務め、ダントは兵士たちをまとめ、場合によってはユーリやペンスなどに代わって全体の指揮・指導を務める立場となっている。


 開拓初期から領の防衛役として訓練や見回りなどをこなしてきた二人は、もはや下っ端の兵士ではなく叩き上げの士官と呼ぶべき存在だ。


「二人ともおめでとう。これからの君たちの働きに期待してるよ……以上だ。下がりなさい」


「「はっ」」


 厳格な空気を一瞬だけ崩して祝いの言葉をかけたノエインは、すぐに口調を戻して二人に退室を命じる。


 それに従って部屋を出たリックとダントは、軍人としての整った動作を崩さず屋敷内を歩き、階段を下り、屋敷の外に出てから、初めて表情をほころばせた。


「……やったな、ダント!」


「ああ、俺たちもついに正式な従士だ!」


 お互いに肩を叩き合って喜ぶ。


 故郷の村では体力自慢の若手村民として、村長の継嗣であるエドガーを支えていた二人。そのエドガーや他の若手村民とともに故郷を追われてからも、運よく移住先を得て、さらに正規軍人である領軍兵士にまでなることができた。


 田舎の村人だった自分たちの人生としては上々だ。その時点でもそう思っていた。そしたらいつの間にか従士にまでなってしまった。


 主君の領内においては、一般平民とは一線を画す立場なのが「従士様」だ。おまけにこの身分は、子どもが従士の職責を継げないほどのボンクラに育たない限りは取り上げられることはなく、世襲となる。


 数年前までなら想像もできなかった大出世だ。


「お前は兵士のまとめ役としての才能があるからもしかしたらと思ってたけど、まさか俺まで任命されるなんてな……」


「何言ってんだ、お前は昔から弓で獲物を狙うのが上手かったし、その能力をクロスボウやバリスタでも発揮した結果じゃないか」


 開拓村時代から狩りなどで類まれな弓の腕を発揮し、その才能を射撃でも開花させ、実力をもって射撃隊をまとめるリック。そして、他の兵士たちを統率する能力を日々磨きながら、指揮官としての威厳も備えつつあるダント。


 それぞれ方向性は多少異なるが、お互いが努力を重ねて従士の地位を掴み取ったことを喜び合うのだった。


・・・・・


「……本当に私が従士の地位をいただいてもよろしいのでしょうか。私はまだアールクヴィスト領に来て日が浅く、実績も積んでおりません」


 領主執務室に呼ばれたケノーゼは、少し戸惑ったような声でノエインに言った。


「そんなことはないよ、君はランセル王国との戦争で、他の徴募兵たちを必死に鼓舞しながら先頭に立って戦い続けていたじゃないか。君のあの奮闘があったからバレル砦は陥落しなかったし、僕もこうしてアールクヴィスト領に帰ることができたんだ。それだって十分すぎる実績だよ……それに、」


 穏やかな声でノエインは話す。


「君はあのジノッゼの息子だ。僕はジノッゼの犠牲と献身に報いたいと思っているからこそ君を従士として登用すると決めたし、ジノッゼに教育された君にはそれだけの能力もあると思っている。どうか引き受けてくれないかな?」


「ノエイン様……かしこまりました。このケノーゼ、従士として全身全霊をかけてアールクヴィスト準男爵家に仕え、忠節を尽くすことを誓います。必ずやいただいたご恩にお応えして見せます」


「よく言ってくれた。これからの君の働きに期待するよ……君には農業担当エドガーの補佐として、主に獣人の農民たちをまとめてもらうことになる。具体的な仕事の話は後日、彼と確認してほしい」


「かしこまりました」


 決意を固めたような表情で退室していったケノーゼの退室を見送り、廊下の足音が遠ざかっていくのを確認して、ノエインはほっと息をついた。


「……ああよかった、断られたらどうしようかと思った」


「やはり、本人も驚いてたな」


「ケノーゼは古参の領民ってわけじゃないですからね」


「まあ、彼に将来性があるのは間違いないけど……やっぱり種族的な問題とか、色々あるしね」


 ノエインがケノーゼに語った期待の言葉や、亡きジノッゼを思う言葉も嘘ではない。しかし、そのような個人的な感情だけでケノーゼを登用したわけでもない。


 これまでにも獣人の移民はいたし、ケノーゼたちの移住によって、領内の獣人の比率は一気に三割ほどまで高まった。彼らは普人の領民たちともそれなりにうまくやっているが、種族の違いによる揉めごともないではない。


 だからこそ獣人代表を務める従士として、若く将来性に溢れ、能力的にも申し分ないケノーゼを選んだのだ。獣人たちの中に従士としてある程度の発言権を持つ者がいて、その者が農民を統括するエドガーの下につけば、種族差によるトラブルが起きることも減るだろう。


「さて、次は……クリスティを呼ぼっか」

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