第135話 勧誘②

 その後もノエインは二体のゴーレムを適当に操って見せる。格闘術の型のようなものをさせたり、助走をつけて思い切り跳躍させたり、二体に模擬戦闘の組み手のようなことをさせたりと、さまざまな動きを見せる。


 それを見る傀儡魔法使いたちは、もはや言葉を失って呆けた顔で立つばかりだ。ブルクハルト伯爵でさえ、驚きの表情を浮かべたまま固まっている。


「……やっぱりダフネに特注で作ってもらったゴーレムみたいにはいかないね。少し扱いづらいや」


「はい、ノエイン様の技量にゴーレムが付いていけないように見えます」


「確かに、普段のノエイン様のゴーレムなら、もっと動きにキレがあるでしょうね」


 ノエインが呟くと、マチルダとダントがそう返した。それが聞こえた傀儡魔法使いたちはぎょっとしながらノエインの方を向く。ブルクハルト伯爵も同じくだ。これでまだ万全ではないのかと驚愕する。


「……腕前の披露はこんなもんでいっか。お二人とも、ありがとうございました。ゴーレムをお返しします」


 ノエインが二人の傀儡魔法使いにそれぞれのゴーレムを返しつつ声をかけても、彼らは無言だった。貴族相手に無礼なことではあるが、それを注意すべきブルクハルト伯爵もまだ固まっている。


「……卿は優れたゴーレム使いと聞いていたが、想像以上に……凄いな。凄いとしか言いようがない。間違いなく王国一だろう。大陸一かもしれん」


「軍務大臣であらせられる閣下よりそのようにお褒め頂けるとは、光栄の極みです……さて」


 ようやく口を開いたブルクハルト伯爵に、ノエインは余裕の笑みを浮かべて答えると、傀儡魔法使いたちに向き直った。


 顔を向けられた傀儡魔法使いたちはたじろぐ。化け物じみた実力を見せつけられて、ノエインに恐れを感じたのか。


「このように、私は自分が優れた傀儡魔法使いであると自負しています。そしてこの度、自分の領地に他の傀儡魔法使いを部下として迎え、この技術を教えたいと考えました。その勧誘のために、こうして皆さんに話をする機会をいただきました」


 その言葉を受けてざわつく彼らに構わず、ノエインは話を続ける。


「私のもとに来る気がある方には、まず現在の二倍の給金を払います。そして私の指導に従ってゴーレム操作の訓練を積んでもらいます。そして、私の半分ほどの技量でゴーレム一体を操れるようになったと私が判断すれば、現在の五倍の給金で正式に領軍に雇い入れましょう。その後も働きに応じて給金は増やします」


 五倍、という言葉を聞いて傀儡魔法使いたちは衝撃を受ける。現在の彼らは王宮魔導士とはいえ、大した働きもできないので一般兵士と大差ない給金しかもらっていない。しかしそれが五倍ともなれば、王国全体で見ても相当な高給取りになる。


 一方のノエインは、自分の言ったレベルに到達する者がいれば、それだけの給金を払う価値があると考えていた。操れるゴーレムが一体のみで、技量が自分の半分でも、普人に換算して数十人分の兵力・労働力になるだろうと。


 訓練段階でも二倍を払うのは、彼らに移住を決断させるための釣り餌だ。


「……一般的に傀儡魔法使いがどのような目で見られているかは私も知っています。あなた方はこれまで、悔しい思いをした経験も多いことでしょう。私はあなた方に新しい道を示したいと思っていますが、私の指導やあなた方の努力が実を結ぶかは私自身にもまだ分かりません。絶対の保証はありません」


 ノエインは彼ら一人ずつに目を向ける。


「しかし、新たな能力を開花させ、新たな人生を切り開くために挑戦したいと思う方は、ぜひ私の治めるアールクヴィスト準男爵領に来てください。傀儡魔法使いは強いのだと、戦えるのだと、誰もがそんな能力を身に着けられるのだと示しましょう。私と共に傀儡魔法使いの未来を、その第一歩を作りましょう」


 自分の言葉がまだ何の根拠もない夢想的なものだと、ノエインも分かっている。その言葉は目の前に並ぶ傀儡魔法使いたち全員に響いたわけではなかったようだが、何人かは最初に見たときと比べて、少し表情が変わったようだった。


「明日の午後、私はまたここに来ます。私の領に来る気がある方は、またここで待っていてください」


・・・・・


 翌日。ノエインは再び王国軍本部を訪れていた。昨日に引き続き、ブルクハルト伯爵がノエインを案内してくれる。


 軍務大臣が直々に二日連続で付き合ってくれるのも、これが王家の認めた褒美だからこそだろう。


「……予想していたより多いですね」


「そうかね?」


「ええ。正直言って、五人も残ればいい方だと思っていました」


 昨日と同じ訓練場に集まった傀儡魔法使いたちを見て、ノエインはそう感想を零した。


 並んでいるのは七人。男が四人で、女が三人だった。昨日のデモンストレーションでノエインがゴーレムを借りた青年もいた。女性の方はいない。


 魔法の技術は後天的な努力よりも、生まれ持った才能に依るところが大きいと考えられている。このまま王都にいれば安定した楽な仕事で給金をもらえるのに、ド辺境に引っ越して成果が出るかも分からない挑戦をする者がこれほどいるとはノエインは思っていなかった。


 並んでいる七人の傀儡魔法使いのうち、一番端にいる者――昨日、ゴーレムを貸してくれた青年にノエインは近づく。


「あなたの……いや、君の名前は?」


「ぐ、グスタフと申します、閣下」


 青年は目を泳がせながら答える。相変わらずあまり自信がなさそうだが、昨日と比べると少しだけ声に力が入っているように感じられる。


「君はなぜ僕のもとに来ようと思ったのかな?」


「……つ、妻が下級の宮廷貴族家の出なのですが、親戚から『お前の夫は無能のゴーレム使いだ』とば、馬鹿にされています。それでも妻は私を、あ、愛してくれています。彼女に誇れる男に、もっと有能な魔法使いになりたいと思っています」


 時おり言葉がつかえながらも、グスタフは一生懸命にそう話した。


「……次、君の名前は?」


「せ、セシリアと申します、閣下!」


 その隣の女性にノエインは声をかけ、名前を聞く。


「君はなぜ僕のもとに?」


「母が病気で……今の私の給金ではあまりいい薬を買ってあげられず、母は働きにも出られないし、このままではあまり長生きはできないと医者に言われています。もっと立派な魔法使いになって、母にもっといい治療を受けさせて、な、長生きしてほしいんです……」


 セシリアは目に涙を浮かべながら答えた。


「……次、」


 ノエインは残る五人にも名前と動機を尋ねる。


 家族のため。名誉のため。もっと裕福な暮らしがしたいから。理由はさまざまだったが、どれも「より幸せになるため」であると言えよう。それらを聞いて、ノエインは満足した。


「いいだろう。君たち七人をアールクヴィスト領に迎え入れよう。決断してくれて感謝する……マチルダ、ダント」


「「はっ」」


 ノエインが護衛として付き従う二人に声をかけると、二人は傀儡魔法使いたちに近づき、小さな袋を手渡していく。受け取るときの音から、その中に入っているのが貨幣だと分かる。


「……閣下、これは?」


 それなりの重みがある袋をいきなり渡され、困惑気味にセシリアが尋ねた。


「僕は明日には自分の領地に帰るために出発するからね。君たちは王国軍の迷惑にならないようしっかりと仕事を引き継いで除隊してから、各自でアールクヴィスト領まで来てほしい。家族も一緒に移住して構わない。これはその路銀だよ。大銀貨が20枚、2万レブロずつ入ってる……もちろんこれは、毎月支払う給金とは別だ。言わば僕からの祝い金・支度金だと思ってほしい」


「「!?」」


 金額を聞いて傀儡魔法使いたちは驚愕した。自分たちの現在の年収に近い大金をいきなり贈られてしまったのだ。


「それじゃあ、くれぐれも気をつけてアールクヴィスト領まで来てほしい。待ってるよ」


 ノエインがそう言って彼らに背を向けると、呼び止める声があった。


「……あ、アールクヴィスト閣下!」


 振り向いたノエインに、声の主であるグスタフが言う。


「このような機会を与えてくださり、心から感謝いたします。閣下のご期待にお応えできるよう、ふ、粉骨砕身いたします!」


 グスタフが敬礼すると、他の六人もそれに続く。


「……君たちに新しい道を示せるよう僕も頑張るよ、よろしく」


 ノエインは微笑んで、軽く答礼した。


・・・・・


 傀儡魔法使いたちと別れたノエインは、ブルクハルト伯爵に丁寧に礼を述べ、王国軍本部をあとにする。


 馬車に乗り込んで座席に腰を下すと、ふーっと息を吐いた。


「……あー、疲れた。人に会う用事ばっかりだとくたびれるね。それに王都は楽しいけど賑やかすぎる。領都ノエイナでの暮らしに慣れちゃった身には、あんまり長く滞在するのはきついな」


「お疲れさまでした、ノエイン様」


「分かります。どこを見ても人だらけですからね」


 気の抜けた声でノエインがぼやくと、マチルダが労いの言葉をかけ、ダントが微苦笑しながら共感を示した。


「やっぱり自分の領地が一番だよ。やっと帰れるね」


 これで今回の王都での仕事は全て終えた。明日には愛しのアールクヴィスト領への帰路につける。

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