第75話 アールクヴィスト領婦人会②

「ロゼッタ……そもそもペンスさんとそんなに接点があったかしら?」


「ロゼッタさんはノエイン様のお屋敷でメイドをしているんですよね? 確かに従士副長のペンスさんと話す機会はあまりなさそうですけど……」


 ロゼッタがペンスに恋をしているという話を聞き、マイだけでなくアンナとミシェルも意外そうな顔をする。


「その話、面白そうですねえ、私も混ぜてください」


 そう言って会話の輪に加わってきたのはラドレーの妻ジーナだ。これでアールクヴィスト領の主な従士たちの妻が勢ぞろいしたことになる。


「ジーナもこの話は初めて聞いたの?」


「ええ、うちの旦那もペンスさんは女に縁がなさすぎるって嘆いて心配してました。それを聞かされてる身としてはすごく気になる話ですねえ」


「そう……じゃあ、真相を話してもらいましょう」


 マイがそう言いつつロゼッタを見る。アンナも、ミシェルも、ジーナも、メイドたちも全員がロゼッタを見る。その目はどんな恋物語を聞かせてもらえるのかと期待に満ちていて、婦人会というより女子会と言った方がふさわしい空気が漂っていた。


「そ、そんなに見られたら照れちゃいますよ~」


 顔を赤くして笑いながらも、ロゼッタはペンスに恋をした馴れ初めを語り始めた。


「え、えっと~、私は年末にノエイン様の外交に同行させていただいたじゃないですか~。その時に私も従士の皆さんも休暇をいただいた日があったんですけど、私が一人で勝手の分からない都会を歩くのは危険だからって、ペンスさんが一日付き添ってくれたんですよ~」


「えっ、二人きりで買い物したり食事したりしたってことよね?」


「それってもうデートじゃない!」


 アンナとマイが一気に色めき立つ。ミシェルとジーナはからかいこそしないものの、その顔はロゼッタとペンスが二人で都会を巡り歩く光景を思い浮かべているのか、ぼうっと赤くなっていた。


「そ、そんなにロマンチックなものじゃないですよ~。ペンスさんはあくまで私のお目付け役って雰囲気で……でも、私が都会の観光を楽しめるようにさりげなく気遣ってくれて、私が回るお店なんてきっと興味なかったはずなのに文句も言わず付いて来てくれて……」


 そう語るロゼッタの顔はどうしようもなくニヤニヤしていた。


「なるほど……ペンスさんの器用さが、ロゼッタちゃんの観光の邪魔をしないように気遣う方向でうまく働いたんですね」


「ペンスさん、空気を読むのも上手そうですもんね」


「あの人は万年中間管理職って感じだからね……」


 ジーナが納得したように頷き、アンナもマイも同意した。


「それ以来、ロゼッタはペンスさんの大人の魅力にメロメロなのですっ」


「口を開けばペンスさんの話ばかりで、正直ちょっと面倒なくらいです」


 メアリーとキンバリーが現状を暴露したことで、ただでさえニヤケていたロゼッタの表情が崩壊した。


「それにしても、10歳以上も年下の女の子を墜とすなんて、ペンスさんもけっこう罪深いわね……」


 成人年齢の15歳を超えてさえいれば、どんな年の差婚をしようが王国の慣習法には反しない。


 が、基本的には年齢差が10歳以内くらいの相手と結婚するのが一般的であり、ようやく成人した女の子と30歳近い行き遅れの男がそういう関係になるのは珍しいことだ。


「で、でも、それでも……す、好きになっちゃったんです~!」


 きゃ~と甘酸っぱい悲鳴を上げながら言い切るロゼッタに、そのあまりの一途な可愛さに、そこにいた全員が胸を貫かれた。


「……こうなったら私たちで全面的にロゼッタを応援しましょう!」


「ええ、きっとペンスさんにはもうロゼッタちゃん以上にいい子と巡り合う機会なんてないですから!」


「二人が近づけるようにうちの旦那にも根回ししますよ!」


「じゃ、じゃあ私もバートさんに協力を求めます!」


「私たちもっ、ペンスさんが仕事でお屋敷にいらしたら常にロゼッタに対応させますっ!」


「……仕事に支障の出ない範囲でなら手助けしますが」


 何気なく始まった恋愛談義は、ロゼッタの恋を軸にして、このような強靭な結束を生むことになった。


・・・・・


 貴族の晩餐会から農村の宴会まで、どんな宴席でも必ず発生するのが、どこの会話の輪にも加われない者、つまりぼっちだ。


 和気あいあいと食事会が盛り上がる領都ノエイナの広場でも、いまいちその空気に加われていない者たちがいた。


「……馴染めませんね」


「えへへ、私たち、領内の女性たちと関わる機会がほとんどありませんからね」


 そう残念な会話を交わしていたのは、ノエインの奴隷であるマチルダとクリスティ。


 普段はノエインの傍にべったりなマチルダも、屋敷の敷地からほとんど出ずに仕事ばかりしているクリスティも、領内ではやや特殊な立ち位置にいる存在だ。そのため、領民の女性陣と何を話せばいいか分からないでいた。


「そもそも、私は別にこの集まりに参加したくはなかったのです。それなのに、マイに半ば無理やり連れて来られて」


「私は、仕事ばっかりしていないでたまには羽を伸ばせとノエイン様に送り出されてしまいました……」


 マチルダは公私ともにノエインのパートナーであるが、逆に言えば、常にノエインの傍にいないと自身のアイデンティティを容易に見失ってしまう。


 クリスティは、仕事に自身の存在意義を見出している今、その仕事から離れると途端に戸惑ってしまう。


 二人とも極端な生き様を見せているが故に、こうしたイレギュラーのイベントに対応できないでいた。


「あ、二人ともこんなところにいた、何よ、せっかくの食事会なのに縮こまっちゃって」


 そこへやってきた助け船がマイだ。マチルダとクリスティが声をかけられた方を振り向くと、そこにはマイを筆頭に従士の妻たちと、メイド3人娘がいた。なぜかロゼッタは顔が真っ赤だ。


「マイ……私はこういう場に慣れていません。ノエイン様が傍にいらっしゃらないと、どう振る舞えばいいのか見当もつかず」


「あなたは相変わらずノエイン様が大好きね……それがあなたの最大の長所なわけだけど。いいわ、それじゃあノエイン様との惚気話でも聞かせてもらおうかしら。クリスティも聞きたいわよね?」


「えっ……た、確かにそれは少し気になります」


 いきなりマイに話を振られたクリスティは、動揺した末に好奇心を見せる。


「私も、ノエイン様の領主としての顔しか知らないから……」


「ノエイン様とマチルダさんの素の表情……」


「すごく気になりますねえ……」


 従士の妻たちも興味津々だ。


「いえ、私がおいそれとそんな話をするわけには」


「別に話せる範囲でいいわよ。あなたはいつも澄ましてるけど、ノエイン様と二人きりのときはどうなの? 甘えたりするの?」


「それは……どちらかというと、ノエイン様に甘えていただいて癒して差し上げるというか……いえ、だから、私がそういうことを話すのは」


 場の雰囲気に飲まれて思わず口を滑らせるマチルダ。言ってしまった後で首を振るが、もう遅かった。


「へえ……」


「ノエイン様って甘えるんだあ……」


「や、やっぱり男の人は皆甘えん坊……」


 色めき立つ従士の妻たちに対して、メイドたちは冷静だ。


「私たちは、けっこうそういう場面も見てますっ」


「居間や食堂でノエイン様が気を楽にされてることも多いですから」


「こないだの外交でも、馬車の中でマチルダさんがノエイン様に膝枕してました~」


「そっか、メイドとして働いてるとそういう場面も見るのよね……」


 何に納得したのか、マイがうんうんと頷く。


「それにっ、夜寝る前に屋敷内を見回って戸締り確認してるときなんかは、ノエイン様の寝室からモゴッ」


「メアリー、調子に乗らないの」


「さすがに生々しすぎます~」


 メアリーの口をキンバリーとロゼッタが二人がかりで塞ぐが、ぎりぎり手遅れだった。何を言おうとしたかは他の皆にも察しがついてしまう。


 彼女たちがおそるおそるマチルダを見ると、


「……」


 マチルダは明後日の方向を見ながら無言で杯を口にする。その頬がほんの少し赤いのは酒のせいか、寒さのせいか、照れのせいか。


 このようにして、アールクヴィスト領婦人会の初の催しは、赤裸々な談笑によって領内の女性たちの距離をぐっと縮め、友情を深めさせたのだった。

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