第62話 VS盗賊①
戦いの準備を終えたノエインたちは交代で睡眠を取り、空が明るくなってきた頃には全員が目を覚ましていた。
「ノエイン様、こいつらに励ましの言葉を」
そう言ったユーリに頷くと、ノエインは木柵の前の足場に立ち、従士と領民たちを見下ろした。
ノエインを見つめる顔は、覚悟を決めた表情から不安げな表情まで様々だ。
「……皆、後ろを見てほしい」
まずノエインはそう言った。
領民たちは少し不思議そうな顔をしながらも、言われた通り振り返る。そこには領都ノエイナの家々があった。
「ここには僕たちの家がある。僕たちの土地がある」
続くノエインの言葉を聞いて、領民たちは再び前を向き、ノエインを見上げた。
「君たちの多くはかつて居場所がなかっただろう。全てを失って絶望していた者もいただろう。だけど今は違う。ここが僕たちの居場所で、僕たちには守るべき大切なものがあって、守るべき大切な人がいるんだ」
そこで言葉を切り、息を吸った。
「……だからここで戦おう。ここを守って、これからもここで生きていくんだ。そのために、今日を生き抜こう!」
「「うおおおおおおっ!」」
声を張り上げたノエインに、従士と領民たちもそう応える。彼らの目に、もう不安の色はなかった。
・・・・・
「……確かに道ができてらあ。この先に領地が作られてるってのは本当みてえだな」
ベゼル大森林の入り口で、ゴズリングは盗賊団の隊列の先頭に立ちながらそう呟いた。
「噂では、アールクヴィスト領の領都の人口は200人足らずだそうで。俺たちと同数ですが、あっちのは女子どもも併せた数でしょうね」
傭兵時代からの副官である痩せぎすの男が隣で呟くと、ゴズリングは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「けっ、たかがちっぽけな村のくせに一丁前に『領都』とは笑えるな。貴族様は見栄を張ることばかり得意と来たもんだ」
「このまま進みやすか?」
「おお、一気に攻めてひねり潰してやる。そして宝石と金を奪って、この国からはおさらばだ」
いくら200人の大盗賊団とはいえ、永遠に暴れられるわけがない。いつかは貴族の領軍か王国軍によって討伐されるだろう。
そう考えていたゴズリングは、アールクヴィスト領が貯め込んでいるという金品を奪い、それを仲間たちで山分けして団を解散するつもりでいた。
十分な金を持ち、散らばって逃げ、外国までたどり着けば、盗賊落ちしたこの人生をやり直すことだってできる。そう考えていた。
「行くぞ野郎ども!俺に続け!」
「「おおっ!」」
子分たちの威勢のいいかけ声を背中に浴びながら、ゴズリングは馬を進める。
・・・・・
森に入って間もなく、ゴズリングは隊列を変えた。
街道はよく整備されて見通しが良く、一方で左右の森には隠れる場所がいくらでもある。これでは街道を進む自分たちはいい的だ。
アールクヴィスト領に自分達の接近が気づかれているとは思えないし、相手の方から討って出てくるとも考えにくいが、万が一の用心のためにも自分を含めて騎兵には下馬させ、やや慎重に歩を進めていた。
「……あとどのくらいで村に着くでしょうかね?」
「さあな。だがそう遠くはないはずだ。こんな森を開拓するのに、わざわざ危険な奥地に最初の拠点を置くわけがねえ」
街道は少しだけ右に左に曲がりながら作られており、その終着は見えない。
こうして襲撃を受けるときのためにわざとそう作ってるのだとしたら、領主はそれなりに頭の働く奴かもしれない……ゴズリングはそう考え、少し気を引き締めた。
その刹那。
「ドガアアッ」と何かがぶつかり合う大きな音が響き、ゴズリングは咄嗟に身をかがめて後ろを振り返る。
「な、なんだありゃあ!」
同じく身をかがめて後ろを向いた副官の男は、思わずといった様子でそう叫んだ。
ゴズリングも気持ちは同じだ。
「あり得ねえ……」
森の中から隊列の横っ腹に突っ込んできたのはウッドゴーレムだ。しかし、その動きが尋常じゃない。
ゴーレムなんぞ、でかいだけでのろまな役立たず。せいぜい盾か荷物持ちにするしか使い道がない。それが戦う者の間に知られた一般常識だ。
しかし、突っ込んできたゴーレムは違う。その動きは熟練の戦士に匹敵するほど素早く滑らかだった。
おまけにゴーレムの腕には剣や斧が何本も縛りつけられ、ゴーレムが腕を振り回すたびにそれらが周囲の盗賊たちの肉を切り、頭を割る。
果敢にもゴーレムに剣を叩きつける者もいるが、あっさりと弾かれて逆に刃物だらけの腕に殴り飛ばされ、ズタボロになって沈黙する。
セミラウッドという頑強な木材で作られたゴーレムは、並の武器ではろくなダメージが与えられない。
一気に浮足立った子分たちをゴズリングは一喝した。
「落ち着けお前ら! まともに戦おうとするな! 火を点けろ! 燃やせば倒せる!」
盗賊団の中には「着火」が使える程度の火魔法の才持ちも数人おり、魔道具を持っている者もいる。木製のゴーレムなら火を放てばお陀仏だ。
ゴズリングの言葉で盗賊たちが冷静さを取り戻しつつあったそのとき、
「ぎゃああ! こっちからも来たぞおお!」
「に、2体目だ! どうなってやがる!」
ゴズリングたちから見て、1体目のゴーレムがいるよりも手前の位置に、同じようなゴーレムが突っ込んできた。
ゴズリングの努力もむなしく、再び盗賊たちはパニックに陥る。
「こんなゴーレムを扱える傀儡魔法使いが2人もいんのか? なんだってんだ一体……」
子分たちは恐慌状態だ。ちょっとやそっとじゃ落ち着きそうにない。こうしている間にも、凄まじい勢いで被害が拡大していく。
「お頭! どうします!」
「……操ってる奴らが近くにいるはずだ。本体を、傀儡魔法使いを探して殺せ! きっと森の中だ!」
ゴズリングの指示で、まず彼の周囲にいた副官や、傭兵時代からの精鋭の部下たちが散る。
彼らが大声で指示を伝えることで、他の盗賊たちも森へと入った。
ゴズリング自身も森に踏み入り、注意深く周囲を見回す。目だけでなく、五感を全て使って敵の気配を探る。
おそらくこちらを見通せる、周囲より小高い場所に陣取っているはずだ。
「……いたぞ! あそこだ!」
やがて、盗賊の隊列から見て右翼側、地面が盛り上がってやや高くなっているところに男がいるのに気づいた。
体格や顔立ち的にはまだ子どもか、せいぜい成人したてといったところか。ゴーレムの方に意識を送るように手を向けているところを見ても、こいつがゴーレムの使い手で間違いないだろう。
即座に仕留めようと、ゴズリングは魔法使いらしき男に向かって持っていた剣を投げつける。
剣はそのまま魔法使いに直撃するかと思ったが、魔法使いの前には丸盾を持った女が庇うように立ちはだかり、さらにその手前に飛び出してきた護衛らしき男が剣を弾き飛ばした。
それとほぼ同時に、こちらも魔法使いのすぐそばにいた男が、槍をゴズリングに向かって投げつけてくる。
鋭い投擲だったが、ゴズリングはそれを間一髪で躱し、そいつらの方を指差して怒鳴った。
「あいつらを追え! 捕まえろ! 殺せ!」
ゴズリングの指示を聞いて、盗賊たちは傀儡魔法使いのいる方へと殺到していった。
・・・・・
「ふえっ?」
「ノエイン様っ!」
「危ねえっ!」
いきなり飛んできた剣にノエインが対応しきれず間抜けな声を出していると、マチルダが盾を構えてその前に立ちふさがり、さらにその前でペンスが自身の剣を振り、敵の剣を叩き落とした。
間髪入れずにラドレーが敵に槍を投げつけたが、敵もそれをギリギリのところで躱す。
「ちっ、あいつが大将みてえだから、倒せば指揮が乱れると思ったのによお」
「す、凄いよラドレー。それにマチルダもペンスも凄いよ、よくあんな不意打ちに対応できたね」
「言ってる場合じゃありません。見つかったんで門まで退きますよ!」
ペンスが指さす方を見ると、剣を投げてきた敵の指示に従って盗賊たちが押し寄せてくる。
「わ、分かった!」
ノエインは慌ててゴーレムたちを退却させながら、マチルダに手を引かれて自分も走る。その背中を守るようにペンスとラドレーが後を追い、さらにその後ろに追いついてきたゴーレムたちが付いた。
「ユーリ! 今から領都ノエイナに撤退するよ!」
『分かった、こっちも迎え撃つ準備をする』
ユーリと繋ぎっぱなしの「遠話」でそう伝えたノエインは、必死に走る。必死に走るが、足が遅い。
「ノエイン様! もっと早く走ってくだせえ!」
「このままじゃ追いつかれまさあ!」
「分か、分かってる、けどっ!」
ラドレーに、そしてペンスにもそう急かされるが、体力のないノエインは転ばずに走るのがやっとだ。
これも盗賊の頭領らしき男の勘が鋭く、ノエインたちが思っていたより早く見つかってしまったがための事態だった。
「ノエイン様、失礼します」
マチルダが盾を投げ捨て、ノエインを担ぎ上げて背負う。
兎人として普人を遥かに上回る健脚を持ったマチルダのおかげで、ノエインたち奇襲組は盗賊たちを十分に引き離せる速度に達した。
それからほどなくして、ノエインたちは森を抜け、領都ノエイナの周囲に広がる農地に入る。
農地の間を縫うように作られた農道を駆けるノエイン……を背負ったマチルダ。そしてペンスとラドレー、2体のゴーレム。
その後方では、盗賊たちも次々に森を抜けて追いかけてくる。仲間を大勢やられたからか、その声は強い怒気を孕んでいた。
「ゆ、ユーリいぃー! 準備してー!」
『ああ、見えてる。こっちはもう構えてる。頑張って走っ……自分で走ってないのか!』
「あ、足が、遅すぎて……」
そんな緊張感のないやり取りをしながらも、ノエインはマチルダのおかげもあって無事に門の傍までたどり着いた。
その後方では、ゴズリングが盗賊たちの先頭に立ってノエインたちを追う。
ゴズリングは走りながら「ゴーレムが2体いようが、火を放てば恐れる相手ではない」という指示を叫んで行き渡らせたので、他の盗賊たちも既に冷静さを取り戻していた。
盗賊団はまだ四分の三ほどが健在だ。これならやれる。そうゴズリングが確信していると、
「ぐぎゃああっ!」
「うわあっ! 何だあ!?」
村を囲んでいる木柵の上から、いきなり大量の矢が飛来して盗賊たちを貫いた。
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