第57話 従士たちのロマンス②

 バートは女にモテる。


 恵まれた容姿を持って生まれたバートは、傭兵時代から仲間内では女たらしとして知られていた。


 わざわざ金を払って娼館に行かずとも、街で適当な娘と仲良くなってその家に転がり込める。それくらいモテた。


 それはアールクヴィスト領の従士という安定した職を手に入れてからも変わっていない。むしろ、「貴族に仕える従士」という立場を得たことでモテっぷりは加速している。


 しかし、20代も半ばに差しかかり、そろそろ身持ちを固めたいと思うようになって、バートは自分の生来のプレイボーイ気質に悩まされることになった。


(結婚相手かあ……どうやって決めればいいんだろう)


 バートの女性経験は、一晩ベッドを共にするだけのものがほとんどだ。傭兵という不安定な立場だったこともあり、真っ当な交際経験など皆無だった。


 そんなバートだったので、結婚したくても、いい相手の見つけ方が分からないのである。


 バートが輸送隊を率いてレトヴィクにやって来るたびに、得意先の商店で働く娘や、馴染みの料理屋で働く娘が声をかけてちやほやしてくれる。


 今もレトヴィクでバートがよく立ち寄る雑貨屋の娘から「今夜は街に泊まるんでしょう? 私の住んでるアパートにいらっしゃいよ」と甘い誘いを受けている最中だ。


 こうして誘われるのは、男として悪い気はしない。だが、この娘と結婚したいかと言われると話は別だ。


(この子も俺の顔と地位に魅力を感じてるだけなんだろうな……)


 彼女の顔には「優良物件をゲットしたい」という野心が溢れているのである。


 もちろんそれが悪いこととは思わないが、バートとしてはできれば顔や地位ではなく自分自身を愛してくれる女性と夫婦になりたい。


 ユーリとマイも、エドガーとアンナも、ラドレーとジーナも、きっとお互いの内面に惹かれ合って結ばれたはずだ。彼らなら、もし相手の社会的立場が変わっても、いつか老けて顔が変わっても、お互いをずっと愛し合うのだろう。


 自分もそんな相手に出会いたい、しかし出会い方が分からない。とバートは思いながら、雑貨屋の娘の誘いをやんわり断って店を出た。


・・・・・


 その日の夜、バートは少し冒険してみようと、馴染みの店とは違う料理屋に一人で入った。


 入店してすぐに「好きな席に座ってくれー」と店主らしき中年男性に声をかけられる。この店主の他には若い女性従業員が一人いるだけの小さな店だ。


 適当に空いている席に座り、壁にかけられたメニューを眺める。何を注文しようか考えているうちに従業員の女性が水を持ってきてくれた。


「ご注文は決まりましたか?」


「ああ、えっと……魚の蒸し焼きとシチュー、それとパンを」


「はい、少しお待ちくださいね」


 そう微笑みながら厨房へと去っていく女性は、バートより少し若いくらいの年だろうか。店主の娘かもしれない。決して目を引く美人というわけではないが、優しそうな雰囲気があった。


 レトヴィクの知人女性からは「顔も地位もいい優良物件」としてギラついた目を向けられることの多いバートにとって、彼女の温かい微笑みは印象的だった。


 それほど待たずに出てきた料理を受け取り、食べる。


 魚の蒸し焼きとパンはごく普通に美味いと思う程度だったが、シチューを口にしたバートは少し驚いた。その味つけが子ども時代を思い出させるものだったからだ。


 ある街で孤児として生まれたバートは、10歳くらいで傭兵団に拾われるまで、教会の炊き出しを命綱に生きていた。


 そのときに優しく接してくれたのが、炊き出しの責任者でもあった年老いた修道女だった。このシチューの味つけの加減が、彼女の出してくれたシチューにとてもよく似ていたのだ。


 ただの偶然だろうが、それでも思わぬ「おふくろの味」を味わえたバートにとって、ここでの食事は満足のいくものだった。


「このシチュー、すごく美味かったよ。故郷の味を思い出した」


「あら、そうなんですか? ありがとうございます」


 食器を下げられるときにバートが思わず声をかけると、従業員の女性は優しく微笑みながら返事をくれる。


「故郷はここから遠いんですか?」


「ああ、もう帰ることはないと思う……元々孤児だったんだ。その後も色々あってね」


「そうだったんですか……ごめんなさい、辛いことを思い出させましたか?」


「いや、いいんだ。俺の方こそ変なことを言ったね」


 懐かしい味を口にして、少し気持ちが緩んでいたらしい。初対面の娘を戸惑わせてしまった。


「……シチューのどんなところが故郷の味と似てたんですか?」


「そうだな。少し甘めでとろみの強いところかな? 孤児の頃に炊き出しをしてくれてた教会の修道女の味つけがこんな感じでさ。彼女のシチューは、俺たちが少しでも腹を満たせるようにってレンズ豆がたっぷり入ってて……って、また余計な話だったな」


 さすがに照れくさい。バートは気まずげに笑うと、食事の代金を支払ってそそくさと店を出た。


・・・・・


 それからしばらく経って。いつものように物資輸送の仕事でレトヴィクを訪れたバートは、再びあの料理屋を訪れた。


 前回の帰り際の会話もあってやや気恥ずかしかったが、懐かしい味わいをまた感じたいという気持ちの方が勝ったのだ。


 例の女性従業員は、バートのことを覚えていたらしい。店に入ってきたバートを見て、クスッと微笑みかけてきた。


 そんな彼女にバートも照れながらも笑みを返し、また適当に空いている席に座る。今回ももちろんシチューを頼んだ。


 やがて出てきたシチューを受け取り、一口目を匙で掬う。


 するとそこには、野菜に混じってレンズ豆が入っていた。前回食べたときには具材にレンズ豆はなかったはずだ。


 口にしたシチューの味は、よりバートが子ども時代に食べたシチューに近かった。ほとんど同じと言ってもいい。


 もうあまり思い出せなくなっていた優しい修道女の顔が、前よりも鮮明に脳裏に浮かぶ気がした。


 一口ずつ噛みしめるように食事を終えたバートは、食器を下げに来た女性に声をかける。


「……今日はレンズ豆が入ってるんだね」


「前に聞いた話を覚えてたので……私からのサービスです」


 そう言って少しいたずらっぽく笑う女性。


「ありがとう。でもどうしてそんな……俺はまだ常連ってほどじゃないと思うけど?」


「この前お話したとき、少し寂しそうな表情をされてたので。ちょっとでも笑顔になってもらえたらいいな、と思って」


 彼女がバートに向ける笑顔は、下心も裏もない純粋な優しさに満ちていた。


 バートは彼女の左手を見る。薬指に指輪はない。


「君、恋人はいるかな?」


「えっ、いえ、いません……」


「それじゃあ、あの、俺と結婚してほしい。必ず君を大切に、幸せにするから」


 気づいたときには、バートはそう言ってしまっていた。


・・・・・


「えー、名前はミシェルね。実家はレトヴィクの料理屋で、この度はバートと結婚するために移住してきたと……」


「は、はい!」


 領都ノエイナの門に備えられた詰所で、ノエインは新たな移住希望者と面会している。


 ノエインの後ろにはいつものように護衛のマチルダとペンスが控え、目の前には今回の移住者……ミシェルが緊張した面持ちで座っている。彼女の隣には、彼女をレトヴィクから連れてきたバートも同席している。


「そんなに緊張しなくて大丈夫さミシェル。ノエイン様は優しい方だ」


「う、うん……」


 バートが甘い表情と優しい声でミシェルを安心させ、一方のミシェルもバートにそっと身を寄せる。


 それを見て内心呆れながらも、ノエインは話を続けた。


「バートと結婚するのなら、家はそのままバートのところに住むんだし……あとは特に確認事項も手続きもないね。領内の色々はバートから説明してあげてね」


「はい。任せてください」


「それじゃ、移住の面談は以上だよ。結婚おめでとう、これからお幸せに」


 祝福するノエインに礼を述べ、バートとミシェルはイチャイチャと詰所を出ていった。


「……クソ、ついにバートまで」


 そう声をこぼしたのは、元傭兵組の中でついに最後の独身者となったペンスだ。


「交際ゼロ日で結婚を申し込んでそのまま承諾されたらしいね。さすがはモテ男のバートだよ」


 ある日レトヴィクから帰って来たバートは、いきなり「今度レトヴィクから結婚相手を連れて帰ってきます」と報告してきた。


 話を聞いてみると、何度か言葉を交わしただけの料理屋の娘にいきなりプロポーズして、その場でOKをもらったという。そんな電撃結婚であれだけ仲睦まじくなっているあたり、やはりバートには女性の心を掴む才能があるのだろう。


「あいつは今まで派手な女とばかり後腐れなく遊び回ってたんですぜ? それなのに最後はあんな家庭的で優しそうな娘と……世の中は不公平でさあ」


「そんな本気で嫉妬しなくてもいいじゃない。ペンスもどうしてもお嫁さん探しに困ったら、僕が何とかしてあげるから。僕から領内に呼びかけたらきっと見つかるよ」


 ノエインからそう言われて、ペンスはノエインが領主の名のもとに「従士ペンスの嫁を急募」と公布している光景を想像した。やられる側からしたらとんだ生き恥だ。


「……いや、大丈夫でさあ。俺も自分で何とかしますから」


「そっか、頑張って。いい報告を聞けるのを楽しみにしてるよ」


 ノエインにはそう言われても、まだまだ結婚できる見込みもなさそうな自分の境遇を思ってペンスはため息をつくのだった。

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