第17話 敬愛をかき集める
エドガーたち新領民の中には家族同士の者もおり、さらにはこの移住を機に夫婦としてくっついてしまおうという男女もいたので、独り身の者も併せると最終的に24人が11世帯に収まった。
今はノエインと新領民の代表者であるエドガーを中心に話し合いながら、誰にどのあたりの土地を与えるかを決めている真っ最中だ。
「俺の土地、ここは俺の土地なんだ……」
「また自分の農地を持てるなんて……」
新領民たちは自分の土地を割り当てられるたびに、涙を流さんばかりに感謝の言葉を口にする。実際に泣いている者もいる。
「早くも新しい領民たちの心をつかんでるみたいだな、ノエイン様は」
ノエインの後ろ、少し離れたところに控えながら、ユーリは同じくノエインに付き従うマチルダに声をかけた。
「皆、受け入れてくださったノエイン様の慈悲深さに心から感謝しているんです。当たり前のことです」
最初こそユーリたちとろくに話そうともしなかったマチルダだが、最近は話しかければ応じてくれるし、自分から雑談らしき話を振ってくることもある。一応はノエイン以外の者とも円滑な人間関係を築くつもりはあるらしい。
「……まあ、領地に住むのを許されるだけじゃなく、いきなり土地まで与えられればこうなるのも当たり前だな」
「? 領民に土地を与えるのは普通ではないのですか?」
少し怪訝な表情で首を傾けるマチルダ。子どもの頃に奴隷になり、社会を知らずに育った彼女には分からないらしい。
「……いや、普通のことじゃない。前までの俺たちやこいつらみたいな流民にとって、ちゃんと整った土地を与えられるってのはとてつもなく大きなことだ」
曲がりなりにも自分の領地を持ち、ゴーレムを使って事もなげに森を切り開き、たやすく土を掘り起こして開墾するノエインにとっては土地は単なる地面の一片でしかないかもしれないが、ただの平民にとってその地面の一片は大きな財産だ。
なぜなら本来、土地とは自身の先祖が苦労をして自然の中に開拓したものであったり、高い金を払って買ったものであったりするからだ。
そんな土地を、それも農業に適した土地を、深く掘り起こして開墾した状態で与えられるというのは、居場所を持たなかった難民にとっては想像を絶する厚遇になる。
ユーリですら「この農地は君たちのものだよ」とノエインに言われたときには呆けた顔で素直な礼を口にしたのだ。
生まれてからほとんど村を出たこともなかった者たちが故郷を追われ、右も左も分からない世界を不安を抱えてさまよった果てに、いきなり豊かな土地を「ここは今日から君のものだ」と言われて与えられたらどれほど感謝するか。
一度難民になったら、小作農や単純労働者としてどこかの街や村に受け入れられるだけでもありがたいことなのに、完璧な農地を自分のものとして与えられたら。
忠誠どころではない。彼らはきっと崇拝に近い気持ちをノエインに抱いているだろう。「土地をあげる」というのは、難民の彼らの心を否応なしにわしづかみにする劇薬のような言葉だ。
そういったことをユーリはマチルダに説明してやる。
「なるほど。そういうものですか」
「そういうもんだ」
ようやく納得した様子のマチルダにユーリは答えた。
「ついでに言うと、土地や身分を『領主から与えられる』となった時点で、俺もあいつらも一生ノエイン様に頭が上がらなくなった。最初は俺もそのことに気づかなかったし、あいつらも気づいてないだろう。ノエイン様がこれを無意識でやってるのか計算した上なのか分からんが……」
「……おそらくノエイン様は、そうなると分かった上で彼らに土地を与えているんだと思います。領民の愛を得ることに何よりも強いこだわりをお持ちですから」
マチルダは昨日ノエインが「居住地に来れば、反抗しようなんて絶対に思わなくなるはずさ」と確信めいた言い方をしていた理由に気づいた。
彼はこうなると分かって難民たちを受け入れたのだろう。領民もいないうちから森を切り開いて平地を増やしていたのも、もしかしたらこうなることを見越してのことかもしれない。開拓に入った最初から、ここまで計算していたのかもしれない。
そこまで想像したとき、ゾクッと鳥肌が立つのを彼女は感じた。
「自分が領民を愛するために、まずは領民が自分を愛さずにはいられない状況を作るってか。ノエイン様らしいえげつない考え方だな……おい?」
返事をしなくなったマチルダの方を振り向いたユーリはぎょっとしてしまった。
普段はほとんど感情を露わにしない彼女が、まるで恋する乙女のような恍惚とした表情を浮かべてノエインを見ていたからだ。
「……どうした、お前」
「ノエイン様は最初から、私と2人でベゼル大森林に入ったときからこうなることをずっと計算していたのかもしれません。そう思うと……私などよりもずっとずっと先を見据えたノエイン様のお考えの素晴らしさに感極まってしまって」
今の話をどう受け止めれば感極まることになるのか分からず、ユーリはますます困惑する。
自分たちは今、「計算をめぐらせて領民の敬愛をかき集めるノエインのやり口がなかなかえげつない」という話をしていたはずだ。「ノエイン様素晴らしい」とは話していない。
「お前はノエイン様のことが好きすぎるな」
「はい。身も心も全てノエイン様に捧げています」
「見りゃ分かるよ」
・・・・・
人口が一気に増えて、居住地は賑やかになった。
まだ集団キャンプのような生活ではあるものの、少しずつ領地らしくなっていると言えるだろう。
最初に土地を与えられたことで、新しい領民たちの心は完全にノエインに掴まれていた。誰もがノエインを見ると頭を下げて丁寧に挨拶をし、ノエインも微笑んでそれに応える。
各世帯が自分の畑を持ち、その横にテントを構えて生活している。
一方でユーリたち元傭兵はノエインの従士としての役割を果たすようになり、居住地内の治安維持、さらには居住地周辺の見回りや魔物狩りなどもこなしていた。狩られた魔物はノエインが買い取り、それをさらにレトヴィクのマイルズ商会に売るかたちをとっている。
これまでは居住地の周りに放置されていた木材も、ノエインのゴーレムによってさらに解体され、防備のために居住地を囲む木柵の設置が進んでいる。共用の井戸やパン焼き窯などの生活設備も作られ始めていた。
また、ベゼル大森林の入り口から居住地までの道も、少しずつ整備が進められ、より歩きやすくなっている。
居住地や街道の環境整備を行うのは、農作業の手が空いている新領民たちだ。開拓1年目のここでは食料の自給自足ができないので、こうした作業の働き手を募り、労働の対価としてノエインがレトヴィクで買い集めた食料を現物支給するようなかたちをとっていた。
「……人も増えたし、そろそろ金策を練らないとな」
ゴーレムを使って開拓作業に勤しみながら、ノエインはそう呟く。
「金策ですか?」
「うん。いずれ冬になるからね。できればそれまでに僕たちの住む屋敷を建てたいし、領民たちにも家を建ててあげたい」
尋ねてきたマチルダに、ノエインは呟きの理由を説明した。
領民たちに配る食料の費用を差し引いても、魔物狩りの利益のおかげでノエインの資金は微増している。しかし、レトヴィクから職人を招いて建築作業を頼むにはまだ金が足りない。
しかし、質のいいテントを使っているノエインやユーリたちはともかく、粗末なテントを使っている領民たちはこのまま冬になると凍死しかねない。
ノエイン個人の貯金を切り崩せば全員分の上質なテントを買うこともできるし、その気になればこれまでに森を伐採して生まれた木材で掘っ立て小屋のようなものを建てて凌ぐこともできるが、できればちゃんとした家を用意したかった。
それに、家の建設以外にもやりたいことは多い。水車小屋のような大きな設備も早く建てたいし、家畜も飼いたいし、鍛冶師など職人の誘致もしたいし、特産品にできるような商品作物の栽培も試してみたい。そのためにも金はいくらあっても困らない。
だからこそ、ノエインは金策を考えていた。
「何かお金になるものが近くで見つかればいいんだけどね……」
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