第8話 僕と一緒に復讐をしよう

 これは面白い。何という運命の巡り合わせだろう。


 先ほどまで死の恐怖に怯えていたことも忘れて、ノエイン・アールクヴィストは彼らとの出会いを喜んでいた。


 かつて、キヴィレフト伯爵家の屋敷の離れに軟禁されながらも、ノエインは多少は外の情報を収集できていた。情報源は主にマチルダの聴覚を活かした盗み聞きだが。


 それによるとキヴィレフト伯爵は小者で、守銭奴で、自分の利益のためなら下々の者たちがどうなろうと顧みない悪徳領主だった。


 また、大貴族の義務として東のパラス皇国との紛争に兵を供出する際、正規軍よりも安くて使い潰せる傭兵を多く雇っていたという話も聞いていた。


「南部貴族に使い捨てられた」というこの盗賊たちの身の上話を聞いてもしかしたらと思い尋ねてみると、大当たりだ。


 彼らもあの父に振り回され、投げ捨てられたのだ。なんだ、彼らは自分と同じような境遇だったのか。


「そうか。そうかそうかぁ。君たちもあのクソ父上に振り回された口かぁ」


 急激に彼らに慈愛にも似た気持ちが芽生え、微笑んで見せると、盗賊たちは何故か怯えた表情で一歩引く。


 あんなに凄みのあったリーダー格の男までもが怯んでいる。


 どうして怯える。さっきまでは君たちが僕を怯えさせていたのに。


「……おい、どうした? お前」


 意を決したようにそう聞いているリーダー格の男。そうか知りたいか。では教えてあげよう。


「僕はね、君たちをこんな状況に追いやったマクシミリアン・キヴィレフトの息子だよ。屋敷の隅に閉じ込められて育ち、このベゼル大森林の中で野垂れ死ぬことを期待されて放り出された妾の子さ」


・・・・・


 まさかあのクソ父上への憎しみを共有できる人間が現れるなんて。


 そんな嬉しさに満ちた表情で、ノエインは自身の境遇を、父への恨みを語った。


 語っても語っても言葉が滝のように溢れてくる。あらためて口にすると、こんなにも恨みつらみが溜まっていたのかと自分でも驚くほどだ。


 その語り口にはノエインの主観や憎しみが多分に含まれていたので、かなりノエインに都合良く傾いた内容になっていたが、盗賊たちの同情を誘うには結果的にプラスだったと言えるだろう。


「……事情は分かった。お前がただのボンボン貴族じゃねえことも分かった」


 ノエインが心の内を喋り尽くした、というよりは息が切れて物理的に喋るのが止まったときに、ようやくリーダー格の男が毒気を抜かれたような表情でそう言葉を返した。


「それで……まあ、お前を殺すのは止めだ。萎えた。そんなガキみたいな年であのクソ貴族に野垂れ死にを期待されて捨てられた奴を殺す気にはなれん。お前たちもそれでいいか?」


 リーダー格の男が振り返ると、彼の4人の部下も虚を突かれたような表情のまま頷く。


「だが、それでお前はどうすんだ? その年で、体も貧弱で、あの兎人の奴隷とゴーレムしか手下がいなくて、金も足りねえ状況で、本気でクソ親父に押しつけられた森を開拓するつもりなのか? なんで逃げちまわねえんだ?」


 ドカッとその場に座り込み、半ば戸惑ったように聞いてくる男に、ノエインは穏やかな表情で答えた。


「僕は父に復讐したいんだよ。あいつよりも幸福で愛に溢れた人生を送るという復讐をね」


「……はあ?」


「僕は父を恨んでいる。父を軽蔑している。だから父が僕から奪ったものを、父の持たないものを全て手にする。僕は絶対に父のようにはならない。民が幸福に暮らせる領地を作って、民を愛し、民に愛される領主になって生涯を送るんだ。それが僕なりの復讐さ」


 ユーリはこのガキの言葉を信じられない気持ちで聞いていた。


 理想的過ぎる。夢想的過ぎる。俄かには受け止め難い。


 だがその目は真っすぐにユーリを見据えていて、嘘をついているとも思えない。


「そうだ、せっかくなら君たちも僕の領地に来ない? 僕の領民にならない? 僕は君たちを生涯愛して、君たちのために領主としての務めを果たすと誓うよ?」


「……は、はあぁ?」


 ユーリは余計に困惑した。先ほどの言葉よりもさらに意味が分からない。


 こいつは本気か?


 ついさっきまで自分を殺そうとしていた人間を領地に迎え入れる?


 自分を殺そうとしていた人間を愛する?


 盗賊にまで落ちぶれた俺たちを?


「俺たちはお前の親父の軍から追われる身だぞ? それに盗賊だったんだぞ? 殺しや犯しはしてないが、人の荷や財産を奪って生き延びてたんだぞ?」


「断言するけど、あのクソ父上もわざわざ部下数人が殺されたことのためにこんな王国の端まで追ってこないよ。それに盗賊だったことが何? 同じ状況なら僕だって生きるために同じことをしたさ」


「……俺たちはお前を殺そうとしたぞ?」


「君たちは僕の事情を知らなかったからね。でも今は違うんでしょ? ならもう終わった話さ。些事だよ」


 こいつ、自分が殺されかけたことを些事だと抜かしやがった。


「あのクソ父上のせいで真っ当に生きる道を失ったんでしょう? なら僕と一緒に復讐をしよう? 幸福に生きるという復讐を」


 ……やはりこいつの言葉は自分の理解を超えている。


 言葉を聞いても理解できないなら、目を見て本心を判断するしかない。


 ユーリはこいつの目をじっと見る。真っすぐ見据える……やはり本心で言っているとしか思えない。


 この年のガキが嘘でこんな目をできるとは思えない。


 訳の分からない話の展開だが、こいつの語る言葉には妙な説得力と魅力がある。


 さっきまでは泣きべそをかいたガキだと思っていたのに、今はこいつから奇妙なカリスマ性すら感じられる。


 その得体の知れない迫力に触れているうちに、「貴族だけは殺す」と滾っていた自分の復讐心も随分と冷えてしまった。少なくとも、貴族だから誰彼構わず殺そうなどとは思わない程度には冷静になっていた。


 自分のさっきまでの憎しみが、今はひどく子どもじみた考え方だったように思えてきた。


「……お前の言葉が嘘だったらどうするんだ」


 こんなことを聞く時点で、自分は既にこいつの言葉に惹かれているのだろう。


「僕が君たちにとって愛するに値しない領主になったと判断したら、僕のクソ父上と同種の貴族だと思ったら、そのときは僕を斬り殺せばいいさ」


 それまでと同じように、こいつはまるで何でもないことのようにそんな言葉を吐く。その目は相変わらず本気だ。


 ……参ったな。


 この誘いはとても魅力的だった。もともと自分たちは、傭兵としてそれなりに真っ当に生きてきたのだ。貴族を恨みながら盗賊をしていた今までが異常だったのだ。堅気の人生に戻れるのならその方が嬉しいに決まっている。


 ユーリはこいつから目を逸らし、部下たちを見る。盗賊に身を落としてまで自分についてくることを選んだ部下たちの目を見る。


 盗賊になっても最低限の誇りは守ろうと「殺さず犯さず」の誓いを守ってきた仲間たちだ。今さら言葉を聞かなくても、目を合わせて頷き合えばその意志は確認できる。


 彼らの考えも自分と同じようだ。


 どうせ自分たちは立場も財産も失い、盗賊にまで堕ちた身だ。このまま王国内を逃げ回ってもまともな生涯は送れまい。


 なら、この奇妙なガキの奇妙な言葉に付き合ってみるのもいいだろう。


 腐れ貴族に人生を壊されて、その子どもだというイカれた貴族のガキに人生の余りを賭ける。皮肉な話だ。


 再びこいつの方を向いて、ユーリは誘いへの返事を示す。


「分かった。そのときはお前を斬る。だがそれまでは――」


 ユーリは持っていた剣をクルリと回して下向きにすると、刃を地面に突き立て、頭を伏せて膝をついた。4人の部下もそれに続く。


「――俺たちはあなたの敵を討つ剣、あなたを敵から守る盾になります。あなたに忠節を尽くします」


 それはロードベルク王国ではよく知られた戦士の誓いの言葉だった。


 この瞬間、アールクヴィスト領に新たな民が加わった。


・・・・・


「ありがとう。僕も君たちの忠節に応えることを誓おう」


 剣を立てて誓いを述べた盗賊たちに、ノエインもそう誓いを返す。


 そんな即席の儀式を終えて立ち上がった盗賊の頭――ユーリというらしい――は、少し照れた様子で気まずそうに「まあ、そういうわけだ。そんでこれからのことだが……」と言い淀む。


 ノエインも、ついさっきまで「自分の命を奪おうとする盗賊」だったのに今や自分の領民となったユーリたちを前に何と言葉をかけるべきか少し迷う。


 そんな空気を動かそうとしてくれたのか、ようやく鼻血の止まった男が口を開いた。


「と、とりあえず、あの兎人の女の縄をほどきにいってやら」


 彼がそこまで喋ったとき、


「はあああっ!」


 という鬨の声とともに蹴りの体勢で茂みから飛び出してきたマチルダが、彼をまた鼻血男へと変えた。

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