ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!
エノキスルメ
第一章 大森林の開拓地
第1話 愛すべき領地
「ここが今日から僕たちが暮らす領地か。夢が広がるね。嬉しくて嬉しくて反吐が出る。ね、マチルダ?」
「まさしく仰る通りです。ノエイン様」
どこまでも深く深く深く深く馬鹿みたいに深く続く森を前に、ノエイン・アールクヴィストはそう感想を吐き捨てた。
横で同意を示したのは、彼の所有する奴隷であり、今のところ彼の唯一の従者でもある兎人の女性マチルダ。
「嘆いていても仕方ないか。早速この愛すべきクソ領地へ第一歩を踏み出そう、マチルダ」
「はい。どこまでもお仕えします、ノエイン様」
そうは言ったものの、人の手など入っていない森には獣道すらもない。
なので実質的な第一歩を踏み出すのはノエインではなく、彼の操るウッドゴーレム……つまりは木製の人形だ。
2mを超える背丈があり、それに見合った屈強な力を持つ人形が2体。それらが彼の前に立ち、藪を引き抜き、邪魔な枝をへし折り、草を踏みしめながら歩く。
その後ろにノエインが、さらにその後ろにマチルダが、そして最後尾に、こちらは馬を模したウッドゴーレムが小さな荷馬車を牽いて続いた。
・・・・・
その3か月と少し前、ロードベルク王国南部に位置するキヴィレフト伯爵領の領都で、ノエインはキヴィレフト伯爵家の現当主であり、自身の実の父でもあるマクシミリアン・キヴィレフトと対峙していた。
そこには親子としての気安さも親しみもない。まさに「対峙」と呼ぶのがふさわしい荒んだ空気が漂っている。
「……久しいな、ノエイン」
「はい。父上……いえ、キヴィレフト伯爵閣下」
「使用人との間に生まれた庶子とはいえ、お前は私の血を分けた子として周囲に知られてしまっておる。誠に面倒なことだがな……だからお前が15で成人するまで食わせてやったのだ。それもこれで終わりだ。その憎たらしい面を見るのも今日で最後だ」
苦々しい表情を纏ってそう言い放つ神経質そうな男を前に、ノエインはあくまで笑顔を保つ。
「……だが、一応はお前も血を分けた息子だからな。かつてうちの伯爵家が国王陛下から賜った飛び地の小領と、そこに付属していたアールクヴィスト士爵位をお前に与えよう。開拓なり何なり好きにするがよい」
恩着せがましく言いながらほくそ笑むマクシミリアン。
「飛び地の領地と士爵位」というと聞こえはいいが、実際は王国辺境の森の一片と、そこに縛られる呪いを投げつけただけだ。
国王から賜った土地をこの先もずっと放置するわけにもいかず、さりとて金のかかるわりに実益の少ない飛び地の開拓などという事業に手をかける気にもなれず、伯爵家が持て余していた地。
そこをノエインに与え、縁を切れば、扱いに困る息子と土地を一度に処分できる。マクシミリアンはそう考えた。
もちろん、そういった歪んだ事情が込められていることはノエインにも察しがついている。
「幾ばくかの手切れ金もくれてやる……それでよいな?」
「あと一つだけ……伯爵家の奴隷を一人いただいていってもよろしいでしょうか?」
・・・・・
ノエインの父は王国南部でも屈指の大領を治めるキヴィレフト伯爵その人であったが、母は貧しい平民の女だった。
当時、使用人として伯爵家で働いていた母は、容姿はそれなりに優れていた。今よりも若く、今よりも考えなしだったマクシミリアン・キヴィレフトは、つまみ食いのつもりでその女に手を出した。
そして生まれてしまった男児がノエインだった。
本来ならば、使用人に手を出して子どもが生まれたとしても、適当に見舞金なり慰謝料なりを払って縁切りを済ませることが多い。
ところがノエインの母はしたたかだった。自身が伯爵の子を身ごもった時点でその事実を屋敷内に、そして伯爵領内にあの手この手で噂として広め、伯爵がノエインを庶子として認知せざるを得ない状況を作り出した。
まんまと妾の座に収まった母は、貧民出身の女としては大成功と言える贅沢な暮らしを送り、一方で「大貴族の妾になるための道具」でしかなかった我が子ノエインへはまったく愛情を示さず、やがてノエインが9歳のときに流行り病であっさりと死ぬ。
それからノエインに待っていた生活は、退屈極まりないものだった。
息子であるノエインが言うのも何であるが、キヴィレフト伯爵は小者だ。
ノエインを邪魔に思っているものの、「血の繋がった我が子を、それも周囲から庶子と知られている子どもを自らの手で殺す」という禁忌を犯すほどの度胸はない。
かといって、正妻である伯爵夫人の「あの妾の子どもを私たち家族に近づけるな」という文句には逆らえない。
彼の小者ぶりが発揮された結果、ノエインは伯爵家の敷地の端に建てられた離れに軟禁され、多少の小遣いを与えられて飼い殺しにされ、父とも義理の母とも異母兄弟とも会うことなく、成人するまでの6年間を過ごすことになった。
この日々の退屈を紛らわしてくれたのが、本とゴーレムだ。
ノエインは自身の世話役となった奴隷マチルダにお遣いをさせて伯爵家の書斎から本を拝借しては、その本からさまざまな知識――成人して伯爵家を追い出された後に役立つであろう知識を吸収した。
また、王国民なら誰もがそうであるように10歳のときに教会で「祝福の儀」を受け、自身に「傀儡魔法の才」という、あまり喜ばしくない能力が備わっていたことを知った。
その後、魔法の才を活かすために父から与えられる小遣いを貯めてゴーレムを買い、その操作を学ぶことにのめり込んだ。
そして15歳の誕生日、父がノエインの住む離れを訪れ、親子は実に6年ぶりに直接顔を合わせることとなり、話は先ほどの場面に飛ぶ。
・・・・・
歪んだ理由からであろうと、自身を成人するまで食わせてくれたこと自体については、ノエインは父に感謝していないわけではない。
父は少なくとも、欲まみれで自分が遊ぶことばかり考えていた母よりはよほど親としての務めを果たしてくれたと言えるだろう。
その一方で、「妾の子どもだから」というノエイン自身にはどうしようもない理由で悪感情を向け、自身の少年時代の自由を全て奪った父に恨みを抱いてもいた。
また、単純に大貴族家当主としての品位も責任感も欠ける父の小者ぶりを軽蔑してもいた。
おまけに別れ際には、まるで恩を着せるような口調で僻地への鎖代わりの爵位を押しつけてくる始末。
生かして食わせてもらったことへの恩があるとしても、そこから差し引いて膨大なお釣りが来る程度には父が憎らしい。
とはいえ、これであの家との縁は切られた。二度と父の存在を感じなくて済むはずだ。
家を出ておよそ3か月が経ち、たどり着いたのはロードベルク王国の北西部の端、ケーニッツ子爵領だった。
ロードベルク王国と西の隣国を仕切るように南北に長く広がっているのが、ベゼル大森林。
その一片、ちょうどケーニッツ子爵領の真西に位置する部分が、ノエイン・アールクヴィスト士爵に与えられた領地だった。
一応は「貴族としての隣人」になる当代ケーニッツ子爵に挨拶を済ませ、いざ自分の所有する森へ。
ゴーレムが踏みしめた道をなぞりながら、ノエインは「あのクソ父上よりも幸福で愛に溢れた人生を送ってやる」という意地にも似た決心を抱いていた。
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