これが僕らの純愛

2138善

私から貴方へ

 私とマコト先輩はとっても仲良しで、学校公認のラブラブカップルだ。去年の学園祭の催しものでは最優秀ベストカップル賞を取ったほど。本当ならば片時も離れたくないのだが私は二年生で、マコト先輩は三年生。学年が違うから当然クラスも、教室がある階だって異なるせいで四六時中一緒に居られないのはちょっぴり不満だけど、会えない時間も愛は育めると思えば我慢できる。マコト先輩の事を考えて、より深く、深ぁく、彼のすべてを理解したいと思い行動すれば、いくらでも愛は育めるのだ。


「ふふふんっふふふんっふふふーんっ」


 鼻唄をうたいながら軽やかな足取りで階段を駆け上がり、廊下を真っ直ぐ進んで突き当たりにある更衣室の前で立ち止まる。窓の外から聞こえる野球部の掛け声をBGMにドアをそろりと開けた。今は放課後で学校に残っている生徒は部活真っ只中だから、更衣室には誰もいないと分かってるけれど油断は禁物。この前は忘れ物を取りにきた生徒と危うく鉢合わせするところだったのだ。出来る限り足音を立てないように、静かに、静かに、けれど速やかに。息を殺して目的の場所へと歩を運ぶ。壁一面に並ぶスチールロッカーの、奥から3番目がお目当てのブツが眠る宝箱。ネームプレートに書かれた名前を見ているだけで頬が緩んでしまう。前髪を留めていたヘアピンを2本抜き取り、ぐにゃぐにゃと形を変えて鍵穴に差し込んで、手早く数回動かせばアラ不思議!ガチャンと小さな音を立てて鍵が開いた。これも愛の為せる技だ。


「何度見ても綺麗やなぁ、お手本みたいに片付いてるわ」


 ロッカーのなかは整頓されていて、持ち主の性格がよく分かる。どこに何があるのか一目瞭然で、こちらも仕事がやり易くて大変助かる。さすがマコト先輩。きっちりしてる男の子って素敵!好感度がググンと右肩上がりだ。ハンガーに掛けられた制服に顔を埋めて深呼吸したいのをぐっと堪えて下に置いてある鞄に手を伸ばす。用心して更衣室の電気は点けていないから口に咥えたペンライトの明かりだけが頼りだった。


「あ、あった」


 鞄の内ポケットに仕舞われた文庫本サイズの手帳を取り出す。スマホはないが、問題ない。ジャージのポケットに入れたまま部活に行ったのだろう。暗証番号も知ってるし複製した指紋もあるからスマホのロックを解除するのは楽勝。だけど、スマホよりも手帳で先輩の予定を確認する方が私は好き。だって丁寧に書かれたマコト先輩の文字は、彼の几帳面さがありありと伝わってくるから。字が綺麗な男の子って素敵!惚れ直しちゃう!ページを高速で捲りながら向こう半年の予定を頭に叩き込む。ほうほう、毎週土曜日は一日中練習か。お弁当を差し入れしなきゃ。ふむふむ、月の初めに練習試合ね。蜂蜜レモンを作って応援に行こう。恋人の予定を把握して臨機応変に対応できるよう備えておくのがデキる彼女ってものだろう。


「あっ」


 どうやら来月の日曜日は珍しく部活が休みのようだ。強豪校と名高い我が校のバスケ部キャプテンを務めるマコト先輩は練習で毎日忙しく、休日に会えることなど滅多にない。学校で顔を合わせているといえど、たまにはデートがしたいというのが恋する乙女心なのだ。


「久しぶりにお出掛けしたいなぁ………新しく出来たケーキのお店、一緒に行きたいわぁ………」


 つい心の声が漏れる。その時不意に、ポケットのなかでスマホが震えた。液晶に映し出された【ダーリン(はぁと)】の文字に慌てて通話ボタンをタップした。マコト先輩に貰ったハートのストラップが耳元で揺れる。


「もしもし、マコト先輩?」

『チカ』

「はぁい!貴方のチカですぅ!」

『なんやそれ』


 クスクスと上品な笑い声が鼓膜を擽る。しまった、録音しておけばよかった。そうしたらいつだってマコト先輩の声を楽しめたのに。


「部活はどないしたんですか?」

『今日はもう終わった』


 壁に掛かった時計を見上げて驚く。もうこんな時間か、いつの間にか一時間も経過していた。好きなことに夢中になっていると、時間が経つのは早いってこのことだ。


『これから着替えに更衣室行くとこやから、言うとこ思うて。チカ、まだ学校おるやろ?』

「あら、何で分かったん?」

『チカの事なら何でもわかる』

「いやんっ愛の力やね!」


 言いながら手帳を鞄に戻し、そっとロッカーを閉める。鍵穴を抉じ開けた形跡を消して、ハンカチで指紋を拭き取れば任務完了だ。


『もう外暗いし家まで送る。下駄箱んとこで待っとき』

「はぁい!いつまでも待ってますぅ!」




 途中、誰ともすれ違わないように警戒しながら階段を下りて行き、玄関口で胸踊らせながら待つこと10分。マコト先輩は私を見つけると小走りでそばに来た。


「チカ、お待たせ」

「マコト先輩!部活お疲れさまですぅ!」

「ほな帰ろか」

「はぁい!」


 差し出された手を握る。 身を寄せるとほんのり制汗剤の香りがした。私の好きな石鹸のいい香りだ。さすがマコト先輩、身だしなみにも抜かり無い!でも私はマコト先輩の汗のにおいも大好物だから、使わなくてもいいのだけれど。うっとりする反面、ちょっぴり残念だ。


「スマホ、部活に持ってってたんですねぇ」

「おん。何事も用心せなあかんしな」

「さすがマコト先輩、ええこと言うわぁ!用心するんは大切やからね!」

「そういえば、なぁチカ。来月の第一日曜日やけど、一緒に出掛けへんか?体育館の照明取り替えるとかで部活休みやねん。せっかくやし駅前に新しく出来たケーキ屋行こか」

「えっいいの?」

「行きたいんやろ?」

「めっちゃ行きたい!」

「じゃあ決まりやな。たまには彼氏らしいこともせんと。チカの優しさに甘えて、ずっとほったらかしにしてて愛想尽かされたら悲しいしなぁ」

「私がマコト先輩を嫌いになるなんて、地球が滅んでもあり得へんもん!」

「あはは、それはありがたいなぁ」


 デート!マコト先輩とデート!48日ぶりのデート!嬉しくって飛び跳ねると隣でマコト先輩は微笑んだ。でもどうして私がケーキ屋行きたいってわかったんだろう?


「チカの事なら何でもわかる」

「いやんっ愛の力やね!」

「そういえば前にあげたストラップ、ちゃんとスマホに付けとるか?」

「勿論!マコト先輩がくれてんもんっ!」

「ぼろぼろで外れそうなってへんかったか?」

「大丈夫!一昨日チェーン千切れそうになったから交換したばかりなんよ」


 ポケットから取り出して見せれば、マコト先輩は満足そうに頷いた。真っ赤な色したハートのストラップ。練習が忙しくてあんまり構ってやれないから寂しい思いをさせるけれど、俺の気持ちだと思って持っておいて。そう言われて渡されたものだ。何があろうと手離すわけがない。誰かが奪おうものならば、ぶっ殺してでも守ってみせる。


「それは良かった。これからも肌身離さず持っときや」

「勿論!どこ行く時も持ち歩いてんでっ」「知ってる」


 マコト先輩が笑みを深めた。


「チカの事なら何でもわかる」

「いやんっ愛の力やね!」


 繋いだ手に力を込める。仲睦まじく、純粋に相手を想い合う私達はまさにベストカップル。今年の学園祭も最優秀賞はいただきだ。


「私ら似た者同士のお似合いカップルやね!」

「せやな」

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