その4

「それにしても驚きましたな」


 シルヴィア様の後を歩きながら、俺は賞賛の言葉を投げかけた。シルヴィア様が振り返る。


「ですよね。本当によくできた隠し扉です。いままで、誰にも知られなかったこともですけど、あれから百年以上経つのに、開閉にきしんだ音も立てませんし」


 俺が通用口のことを誉めていると思ったらしい。慌てて俺は手を左右に振った。


「そうではなくて、シルヴィア様のことです。さきほどの、ランテというのは開錠の呪文でしょう? よくそこまでご存知だな、と思いまして」


「あ、そちらのことですか」


 言いながら、シルヴィア様が右手を上げた。天井へむけた人差し指の先に、光り輝く丸い玉が生まれる。照明用の魔法だろう。


「それも、前にきたことがあるからです。べつに驚くことではありませんよ」


 なんでもないように言って、そのままシルヴィア様が歩きだした。なぜ開錠の呪文を知っているのか? についての説明はそれだけらしい。まあ、天界の使いだからな。そういうこともあるだろうと俺も納得し、シルヴィア様につづいて、魔王城のなかを歩くことにした。


「はじめてきましたけど、人間界に進軍した魔王様のお城って、こうなっていたのですね」


 俺の横で、エイプリル様が周りを見まわしながらつぶやいた。廊下や壁はすべて石造り。やたらと廊下が広いのは、かつて、数多くの魔族が出入りしていたためだ。シルヴィア様の照明魔法で周囲が見えることは見えるが、やはり薄暗い。それでもエイプリル様がまるで怯えないのは、魔族ならではのものだろう。反対に、メアリー様とエリザベス様は怯えたような表情で歩いていた。このふたりは俺が守らなければならん。


「適度に硬くて冷たい石でできていて、これは寝心地が良さそうですわね」


 エイプリル様があちこちを珍しげに見ながら、人間の感覚では理解できないことを言ってくる。まあ、前世では俺もそうだったわけだが、いまでは柔らかいベッドがいい。


 声もださずに歩いているメアリー様とエリザベス様のすぐ横に立ち、いざとなったら盾になれるように意識しながら歩いていたら、急にエイプリル様が俺のほうを見た。


「そういえば、アーサー様は、ずいぶんと慣れた感じですわね」


「は?」


「だって――」


 言いながらエイプリル様がメアリー様とエリザベス様に目をむけた。


「そちらのおふたりは、なんだか不安そうにされていらっしゃいます。はじめてきた場所でしょうから、当然でしょうけれども」


「はい。実は、すごく怖い思いをしております」


 エイプリル様の言葉に、メアリー様がうなずいた。


「私もメアリー様と同じです」


 つづいてエリザベス様も同意してくる。おふたりの返事を確認したエイプリル様が、あらためて俺を見た。


「メアリー様とエリザベス様は人間ですから、これは仕方のないことなのかもしれません。人間は不必要に夜の闇や私たちを怖がるという話は聞いていましたし。ただ、アーサー様も同じく人間なのですよね? かつて魔王様を倒した勇者の子孫ではありますけれど。それにしては、まるで怯えた顔もせず、まるで昔から見知った場所のように、すたすたと廊下を歩いております。それに、よく見ると、メアリー様とエリザベス様をかばうような位置におりますし。また余裕があるものだと思って、感心して見ておりました」


 言葉通りに、感心した調子でエイプリル様が言ってきた。まずい。内心焦りながらも、俺は無理してエイプリル様に笑顔をむけた。


「それは、私の家柄が家柄でしたので。この城のなかのことはある程度教えられているのです。なので、以前から知っているような感じで、余裕があるように見えるのではないかと」


 とっさに考えた大嘘を並べたら、エイプリル様が納得したような顔をしてくれた。


「そうのですか」


「それに、私は勇者の子孫ですから。淑女の皆様を守るのは務めです」


「なるほど。そういえば、人間の女性は力が弱いとも聞いていますし。それが騎士道精神なのでしょうか?」


「とんでもない。私など、まだまだです」


 うまいこと話題が逸れてくれたらしい。俺はさきほどとは違う種類の笑みを浮かべながら両手を挙げた。


「本当の騎士なら、最初からこんな場所に淑女を招き入れたりはしません。とっくの昔に家へ帰るように促していることでしょう」

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