その3



        2 アーサー・レッドフィールド




「それで、どうやってなかに入ればよろしいのでしょう?」


 建物のすぐ前まできてから、俺はシルヴィア様に聞いてみた。なんでもないという感じで、シルヴィア様が俺のほうをむく。


「どうやっても何も、普通に――ああ、そうか」


 言いかけて、シルヴィア様が何か気づいたような顔をした。同時に俺も思いだす。シルヴィア様は、俺の屋敷に、誰にも認められずに侵入してきたのだった。


 おそらく、今回も、それをやろうと思っていたのだろう。


「うっかりしてました。私は空間転移の術で、そのへんは自由にできるんですけど。皆様はそうではないのですよね」


「その通りです」


 やはりそのつもりだったらしい。シルヴィア様の言葉に、とりあえず俺は返事をした。


「では、ちょっと予定を変えて、正攻法で行きますか」


 シルヴィア様が言い、俺から目をそらした。すぐ目の前にある石棺のほうをむく。――わけでもなかった。右横を見ながら指差す。


「城門も漆喰で固めてありますけれど、あちらに、まだ固めてられてない秘密の通用口があるはずですので、そこから入りましょう」


 あたりまえのように言うシルヴィア様だったが、俺は驚いた。確かに、前世の俺の記憶――上級魔族だったころ、俺は魔王軍に籍を置いて、その通用口から出入りはしていた。それは認めよう。


 ただ、なぜ天界の使いであるシルヴィア様が通用口の位置を知っているのだ?


「では行きましょう」


「あの、シルヴィア様は、なぜ魔王城の通用口の位置をご存知なのでしょうか?」


 シルヴィア様に促されて歩きながら、俺は聞いてみた。シルヴィア様がちらっと俺のほうを見る。


「前に、ここにきたことがあるから知っていただけですが?」


「――ああ、なるほど。言われてみれば、そういうこともあるでしょうな」


 俺は納得した。どうも思慮が足りなかったらしい。冷静に考えたら、シルヴィア様は女神様の眷属なのだ。魔王が倒され、俺が魔王軍を抜けだして辺境で好き勝手にやっていたころ、ここにきて、いろいろと調べたこともあったのだろう。俺の視界の隅で、メアリー様とエリザベス様も納得したような顔をしていた。ついでに言うと、エイプリル様もである。


「それにしても、魔族の私よりも魔王城に詳しい女神の眷属もいるなんて、驚きましたわ。これも休戦協定のおかげなんでしょうね。お互いにわかりあえるのですから、平和とはいいものです」


 エイプリル様が感心したようにつぶやいた。その言葉に、シルヴィア様が困ったような顔をむける。


「確かに平和はいいものだと思います。ただ、私が人間ではなく、女神の眷属であるということは、できれば口にしないでいただきたかったですね」


「え? ああ、これは失礼を」


 ちょっと意外そうにエイプリル様がシルヴィア様に謝罪した。――少ししてから、俺はここで驚かなければならないということに思い至った。昨夜、シルヴィア様が俺のもとにきて、自分が女神の眷属だと明かし、つづいて俺の前世が魔族だと話したことは隠さなければならん!


「ええ! そうだったのですか!」


 俺の上げた声はわざとらしくなかっただろうか。とりあえず、俺は目を見開きながらシルヴィア様を見つめた。


「普通の人間だと思っていたのに。シルヴィア様は、本当は女神様の眷属だったのですか」


 心のなかで、俺はシルヴィア様に話を合わせてくださいと懇願していた。いままでの経緯から、シルヴィア様が俺の心を読めることはわかっている。


 ありがたいことに、シルヴィア様が笑顔でうなずいてくれた。


「ええ、その通りなのです」


「まあ、驚きました。シルヴィア様は女神様なのですね」


「私も驚きました」


 シルヴィア様の返事に、つづいて驚きの声を上げたのはメアリー様とエリザベス様だった。――驚きの声というか、なんとなく、棒読みに聞こえなくもなかったが、それは気のせいだろう。俺たちの反応に、エイプリル様が意外そうな顔をした。


「皆様、シルヴィア様が女神の眷属だということを、あっさり信用されるのですね。本当に気づいていらっしゃらなかったのですか?」


 む、まずいと俺は思った。シルヴィア様の素性を、本当は俺が事前に知っていたと悟られたか? どうしようと内心焦る俺の前で、シルヴィア様がエイプリル様に笑いかけた。


「普通の人間は、エイプリル様のような魔族とは違い、そういうことに敏感ではないのです。まあ、少し文化や風習の違う国からきたんだろう、くらいには思われたかもしれませんが。だから、その理由を知って納得されたのでしょう」


「そうだったのですか」


 シルヴィア様の説明に、エイプリル様が感心したような調子で返事をした。


「私は、シルヴィア様を見た瞬間に、あ、人間じゃないなって思ったのですけれど」


「私が人間じゃないのは本当のことですから仕方がありません。ただ、だからといって、エイプリル様は、私に何かするわけではありませんよね?」


「もちろんです」


 シルヴィア様の確認するような質問に、エイプリル様が胸を張って答えた。


「休戦協定がありますし。それに昨日、エイブラハム様もシルヴィア様が女神の眷属だって気づいていたはずなのに、何もしませんでしたから。大体、私もシルヴィア様も、同じツイン学園に通う生徒なのですから、喧嘩などせず、仲良くするのが基本です」


「私はエイブラハム様と決闘する約束を交わしてしまいましたけどね」


 エイプリル様に言葉に、俺は苦笑しながら口を挟んだ。特に気にした風もなく、エイプリル様がこちらをむく。


「喧嘩と決闘は別物です。正々堂々とやってください。私も楽しみにしております」


「だったら、まずはエイブラハム様を探しに行かなければなりませんね」


 言ってシルヴィア様が歩きだした。慌てて俺たちもついていく。


 百メートルほど歩いて、シルヴィア様が急に立ち止まった。


「ここです」


 俺は魔王城の壁のほうをむいた。確かに前世の俺の記憶でも、ここに通用口があったはずだ。人間には知られぬように、幻覚魔法でただの石壁に見せているが。


 もっと言うなら、通常は錠がかかっていたはずだった。――どうやってあける? 俺は開錠の呪文を知っているが、どこで知ったのかを説明しなければならないだろう。俺の家に伝わっていた、で誤魔化せるか?


「ランテ」


 考える俺の前で、あたりまえのようにシルヴィア様がつぶやく。俺は仰天した。それが通用口の開錠の呪文だったからである! 同時に幻覚魔法の壁が消滅し、鋼鉄製の隠し扉が現れた。それが音もなく開く。


「では行きましょう」


 言いながら、怯えた風もなく、シルヴィア様が通用口から魔王城へ入っていった。

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