その9
特に問題もなく授業が終わり、昼食の時間になりました。
「では、行きましょうか、メアリー様」
「ええ、そうですね」
エリザベスの言葉にうなずき、私たちはお弁当を持って講堂をでました。校舎をでて、いつもの中庭のベンチに座ります。
「それではいただきましょう」
今日の私の昼食は、とんかつとサラダのサンドイッチに、水筒の中身はハマグリのお吸い物でした。――そういえば、サンドイッチという料理は、これを考えた貴族の名前をとったものだと聞いたことがあります。こちらにも、同姓同名で、同じ料理を考えた人がいたのでしょうか。それとも、私以外にも、あちらから転生してきた人間がいて、その人がサンドイッチを広めたものでしょうか。気がむいたら調べておくべきことかもしれません。
「今日も食事を与えていただいて感謝いたします」
考えながら私は両手を組んで食事のあいさつをしました。隣に座っているエリザベスも手を組みます。
少しして顔を上げてから、私たちはサンドイッチを手にとりました。
「ところで、今日のメアリー様のお食事はなんでしょうか?」
「トンカツとサラダのサンドイッチですが?」
「私は鯖塩です。ひと切れ交換しましょう」
「ええ、かまいません」
笑顔で言ってくるエリザベスの申し出を私は受け入れました。いつもと変わらない、楽しい食事です。
ときどき思いだす、私が元男だという事実さえなければ。
「ごちそう様でした」
食事が終わり、お弁当の蓋を閉じるころ、私の前に日影が指しました。見ると、エイブラハム様が笑顔で立っています。
「お誕生日おめでとうございます、メアリー様」
言いながらエイブラハム様が私の前で片膝をつきました。すうっと右手をだしてきます。
透明なプラスチックの板でした。なかに、押し花でしょうか。平たくなった花が挟まれています。
「どうぞこれを本のしおりにでもお使いください」
「ごきげんよう、エイブラハム様」
とりあえず、私もエイブラハム様にあいさつを返しました。
「お気持ちは嬉しいです。ですが、私は、誕生日プレゼントはいらないと言ったはずですが」
「ですから、これはスモールプレゼントです。特別な贈り物ではありません」
「ああ、そういうことでしたら。いただいておきます」
私はしおりを受けとろうと手を伸ばしました。したのですが、次の瞬間、横からべつの手がでて、エイブラハム様の持っていたしおりをとり上げました。
かなり乱暴な調子でした。
「なんだ?」
エイブラハム様も意外そうな声を上げて、しおりを奪った手の方向を見ました。私も目をむけると、見たことのない男性が立っています。肌は白く、髪の毛は銀。エイブラハム様のような魔族とは違い、私と同じ、人間に見えました。
「なんだ。見間違えか」
その男性が、しおりを見ながら小さくつぶやきました。エイブラハム様が不満そうに立ち上がります。
「知らぬ顔だが、名前よりも先に問うておこう。貴公は私の贈り物に、何か気に入らぬことでもあったのか?」
「あ、そういうわけではない」
言いながら、その男性がエイブラハム様にしおりをむけました。
「説明するが、俺がここを通りがかったとき、このプラスチックが太陽の光を浴びて輝いていてな。俺の目には、君がこちらの女性に、ナイフか何か、あぶないものをむけているように見えた。それで、あわててとり上げたんだ」
「なるほど、そういうことか」
一応、納得したように返事をしながら、エイブラハム様が男性からしおりを受けとりました。ただ、視線を男性にむけたまま、動こうとしません。男性が、少し困ったような顔をします。
「謝罪の言葉が必要だったかな?」
「それは必要ない。誰にでも間違いはある。ただ、貴公が私の外見から、必要以上に警戒したと言うのなら、こちらとしても相応の態度をとることになるが」
「安心してくれ。ナイフを持った手がどんな色だろうと、俺は同じ行動をとった」
言って、その男性がエイブラハム様から目をそらしました。私のほうを見て、笑顔で会釈をします。
「どうも失礼いたしました。俺は勘違いをしていたようです」
「いえ、お気になさらず」
と、私は返事をするしかありませんでした。というか、はじめてお会いする方ですし、やはり自己紹介をするべきでしょうか。
「私は、メアリー・クレメンスと言います」
「あ、話には聞いています。あなたがクレメンス伯爵家の!」
男性が驚いたように言い、さらに笑顔になりました。
「すると、こちらの女性は、エリザベス・バーネット様でしょうか? バーネット子爵家の?」
「え、あ、はい。その通りです」
私の横でベンチに座っていたエリザベスが、少し驚いたようにうなずきました。
「ああ、やはり。おふたりは仲がよく、いつも一緒にいるという話は聞いております。これはいい日だ」
言いながら、その男性が、私たちに笑顔をむけました。エイブラハム様のような、繊細で紳士的な笑い方ではありません。まるで、夏に咲くひまわりのような、爽快な笑顔でした。
それはそれで、魅力的な笑顔に見えました。
「私の名前はエイブラハム・フレイザーという」
エイブラハム様が、その男性の横で名乗りました。どうしてだか、さっきから不愉快な表情をしています。
「ああ、これは失敬」
その男性が、特に気にした風もなく、エイブラハム様にむき直りました。
「魔族でフレイザー家というと」
言って、そのまま考えるような素振りをします。――少ししてから、その男性が目を見開きました。
「君は魔将軍の家柄か!」
「いかにも。いずれはフレイザー家の後継ぎとして魔王軍を率いる立場だが、そんなことはいい。それよりも、淑女が名乗ったというのに、それに対する礼儀がなっていないのはどういうことなのか、説明していただけるだろうか?」
「ああ、これは、いろいろと失礼をした」
その男性が言い、あらためて、笑顔で私とエリザベスのほうをむきました。
「私は、アーサー・レッドフィールドと言います。以後、お見知りおきを」
自分の胸に手を当てて。軽く腰をかがめて名乗ってきました。――レッドフィールド? どこかで聞いたことのある名前です。どこだったでしょう。考える私の前で、エイブラハム様がアーサー様に不穏な目をむけました。
「なるほど。貴公はそういう家柄か」
「念のために断っておくが、休戦協定がある」
「もちろん承知しているつもりだ」
「ああ、そうですか。レッドフィールド家の!」
これはエリザベスの声でした。ちょっと興奮した感じで、エリザベスが立ち上がります。
「かつての魔界大戦で、魔王を倒した勇者同盟のお方と会えるとは、光栄です」
ここで私も思いだしました。そうです。魔王を倒した六大勇者のひとり。その方のファミリーネームがレッドフィールドでした。
ということは、エイブラハム様の家とは旧敵ということになります。
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