第12話 アゲインの後

 朝、目が覚めると、ベッドの上から落ちていた。落ちた勢いで頭を打ったのか、額には小さなたんこぶができていた。

 昨日の夢でサッカーボールが当たった場所に痛みを感じ、鏡で確認する。一昨日と違い、目覚めの悪い朝になってしまったが、夢での行動はしっかりと覚えている。

 記憶に残っていたこととは別のことをした。それが少し嬉しかったりする。たった一日の一部を過ごしているだけなのだが、過去をやり直している感覚になる。

 攻略本を見て、知らないルートに行くゲームは楽しいもんだ。

 そんな夢の余韻に浸っていると、時間に気づき慌てて準備をする。


 出社の準備をしていると、ふと昨日のことを思い出す。電話帳に入っていた。ちーちゃんの連絡先、昨日は浮かれた妄想と思い、蓋をするようにして眠りについたのだが、素面になった今でも考えるだけおかしい。

 スマートフォンを取り上げて電話帳を開くと、そこには何度見ても確実にちーちゃんの連絡先が入っている。どうあがいても何故登録されているのか思い出せない。

 確かに一昨日夢の中では交換した。しかし現実の世界では交換した記憶がない。高校時代に話した記憶などないのだから。

 画面とにらめっこしていると、高いベル音が鳴り、画面の上の部分に新着メッセージの文字。すぐにスライドして開くと。


『久しぶり? 元気? 最近どうしてる?』


 という、久しく送る人への定型文のようなメッセージ。本当に久しぶりならただそれだけでよかった。驚いたのは差出人の名前。

 奏真緒。そう書かれていた。

 俺は驚いて言葉を失う。

 高校時代、連絡先交換を断ってしまった人物からのメッセージ。誰かから聞いたのかと一瞬考えたが、自分の電話帳にその名前が登録されていた。

 慌てて枕元にあった卒業アルバムに目をやった。昨日夢で見た高校時代の過去。

 あの時、連絡先を交換した。でも、当時の俺は連絡先を交換しなかった。だからこそ、今、スマートフォンの電話帳にはあるべきではない名前が登録されている。

 また同じ現象が起きていた。

 それが一人ならまだしも。二人もだ。

 怖さよりも奇妙な感じだ。しかし、悩む時間を後回しにして、スマートフォンを閉じ、家を出た。

 その日、会社に行くとさっそく祈莉が話しかけてきた。昨日のこともあり、馬鹿にしたような感じなのだろう。


「昨日はいい夢見れました?」


 祈莉は少しにやけた表情で言う。

 その言葉で忘れかけていた今朝のことを思い出してしまった。驚いて閉じてしまった、知りえない連絡先を。


「え、あぁ、そこそこ」


 確かにいい夢は見れた。でも今の問題はそんなことじゃない。

 一言話して、去る予定だった祈莉は歯切れの悪い反応に足を止めて心配し始める。


「あれ? なんかあったんすか?」


 もう二年にもなるのだが、教育係としてずっと一緒にいたのだから俺の一喜一憂の変化も見落とさなくなっていた。


「なぁ、祈莉、連絡先交換した覚えのない人が電話帳に登録されてたらどうする?」


 例え話のように自分の議題を出してみた。


「私は定期的に電話帳整理するんで、交換した覚えのない人とか、誰だか忘れた人は消しちゃいますね。だって連絡することないでしょ」


 俺と違って淡泊な性格だな。でも一理ある。連絡しない仲ということはその連絡先があっても意味がないと思う人もいるだろう。


「それがどうかしたんすか?」


 俺の返答を待たずに祈莉は言う。


「あ、いや、その連絡先を交換した覚えのない人から連絡がきたから、ちょっとびっくりしてな」


「女の人っすか?」


「え、あぁ、久しぶりってな」


「フーンそっすか。実は酔って忘れただけで交換してたんじゃないっすか」


 少しツンケンした口調になる。


「まぁ、そうだよな」


 そうは言ったものの自分の中ではいまだに納得できていなかった。酔っていたどころか、連絡先がある二人とは高校以来会っていない。

 二日連続で夢を見て、夢の中で二人と連絡先を交換した。その二人の連絡先が今のスマートフォンに入っている。高校時代その二人と交換した覚えなどないのに。


「なんか気になるなら話聞きますよ」


「あぁ、そうだな……」


 特に怖いというのはなくなったが、今は不思議な気分だ。


「あ、でも今日は無理なんすよ。同期たちとの飲み会はいっちゃって」


 誘ってもいないが先に断られてしまった。


「あぁ、またいつでもいいから聞いてくれ」


 そう言うと祈莉は小さく手を振って去って行った。

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