第2話 ちーちゃんと友達
「あ」
そこで唯一思い浮かんだこと。眠ってしまう前に見ていた卒業アルバムだ。あの時ちーちゃんの写真を見て眠りについたんだった。
高校時代のたった一つの後悔。それはちーちゃんと話さなかったことだ。
昔仲良く子供同士で遊んでいた事。母親同士が今でも仲が良いこと。話す理由はいくらでもあったのに、十年前はそれができなかった。
でも、今ならそれが簡単にできる。夢の中ならリスクも恐怖も何もない。失敗しても成功しても目覚めた時に懐かしい思い出の一つになるだけだ。
そう思って席を立ちあがる。
この学校は校舎が二棟に分かれていて、一組から五組は一棟。六組から十組は二棟と別れている。一年の時、ちーちゃんは七組だったので、四組だった俺は隣の棟へと向かった。
教室を出て、渡り廊下を通って隣の棟に近づくにつれ、鼓動が大きくなっていく。どうせ夢なんだからと思うも、実際に行動するとリアルな緊張感が全身を締め付ける。
それでも、現在の自分の心境を考えると行動するしかない。
現代の俺が後悔していたのは話せなかった自分のことじゃあない。話せる理由と環境があったにもかかわらず、行動しなかったことだ。
そう、十年前のあの頃は女子より男子と話している方が格好いいと思っていた。その方がクールだと勘違いしていたんだ。
考えがまとまらないまま足だけが動いて、目的地である七組へと到着した。
うちのクラスよりも少しホームルームが長引いているようで、七組の教室に到着したと同時に担任の先生が扉から出てきた。
おぉ、話したことないけど、こんな先生いたな。
起こりうる状況と人物に懐かしさを感じる。十年も経てば人は変わる。だが、今見ているもの全ては当時のままだ。
先生の後を追うようにして教室から生徒が続々と出てきた。どのクラスも今日はホームルームのみで解散するのだろう。
一人一人と目を合わせて顔を見ていくが、目的のちーちゃんが見当たらない。
高校入学したての生徒にとって同じ中学校以外はほぼ他人になるので、誰もが気にして顔を見ていく。
そういえば、俺が知っているのは高校三年生の卒業アルバムの顔であって、全く会話のなかった一年生、二年生の頃の顔はほとんど知らないぞ。中学上がりたての顔なんてわからないかもしれない。高校時代は学年が上がるにつれて化粧率が増していき、三年になるころには顔が変わったのではと思う人がちらほらいたものだ。
そう考えると、もうすでに教室を出てるかもしれない。
ここは行動に出るしかない。
「すみません。えっと……ちーちゃんいるかな?」
俺は小さな勇気を振り絞って、次に出てきた女子生徒に声をかけた。
「へ?」
キョトンとした顔で見られる。そりゃ、いきなり知らない男子に話しかけられればこういう対応になってしまうか。
俺だって、当時だったら同じ対応になっていたんじゃないかと思う。
だがここで気づいたのは、あだ名で呼んでしまったことだ。当時は呼んだことのないあだ名で言ってしまったことで、困惑させてしまったのだろう。
この女子生徒がちーちゃんというあだ名を知っている保証もない。俺が昔呼んでいたあだ名なだけで、中学時代に呼ばれていなかったかもしれない。それ以前に、入学初日だ。
中学校が同じでもなければ、クラスメイトの名前を憶えているはずもない。
「あ、えっと……」
不審そうに見る女子生徒に言葉が出ない。
一人てんぱっていると、その後ろから一人の女子生徒が出てきた。すらっとした体格に整った顔。この世界の三年後である卒業アルバムの写真と俺の知っているお母さんの面影。間違いなくちーちゃんだと確信した。
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