探求と憂鬱

「俺が一緒だと、お前の力も少しは制御ができるんだろうし」

「それも気づいていたの?」

「気づいたというより、まあわかるだろ。普通に。それにさっきので、なんとなく思ったんだ」


 結界の中に入れた瞬間、時間が止まったような錯覚を受けた。あれの正体はわからないが、分かったことは結界に入れることで彼女の力がやんだということだ。

 あれは、ロイスの結界に彼女の力を封じ込める力があるということなのではないだろうか。


 普段使う結界そのものは外部の力を遮断することしかできない。しかしロイスの結界の中には最初にカレンにかけた無名ニヒツのような事象や現象を緩和させるものもある。最初にカレンにかけたあの魔術だ。あれはカレンのそばにいればいるほどその効果は強くなる。 

 

「最初に魔術をかけてくれたでしょ。あの時、私の力が抑えられるのを感じたの。だからロイスのそばにいればって」


 そしておそらく、直接触れるほどに彼女の力を抑える力があるのではないだろうか。

 もちろん。これはロイスの推測でしかないが……。


「お前は俺のそばにいれば暴走しないで済むかもしれない。したとしても今回みたいに抑えられる可能性がある。だからずっとそばにいようとした。なんでそれが可能なのか、今の俺にはわからんが……お前にはわかるのか?」


 カレンが小さく首をふった。


「……わからないの……でも事象から防御する魔術について詳しく書かれた本を読んだことがあったわ。そこに、何かのっているかも……」


 そのセリフにロイスの瞳が煌めく。


「その本てのは、俺が持ち帰ってきたあれの中にあるのか?」

「うん」


 ──ああ、探求のしがいがある。


 そう思うと、ロイスの顔に小さな笑みが浮かぶ。それをよそに、カレンが悲しそうな、泣きそうな顔でおずおずとロイスに手を伸ばした。

 その手がロイスに触れる前にきゅっと握り込まれる。悩むように、怯えるように。


「いいの? 一緒に行っても」

「今更だな。もう共犯あつかいだ。教会に追われる……旅は道連れっていうだろう」


 ロイスの口から今まで出たこともないセリフが出る。それに自分自身で驚きながら、ロイスはカレンに向けて手を差し伸べた。

 びくりと、カレンの指が震える。

 

 くるのか、こないのか。

 ロイスが無言で尋ねた。

 その時、カレンが何を思ったのか、それはロイスにはわからない。

 ただ彼女はすこし泣きそうになりながらも、嬉しそうに微笑んだ。どちらからともなく互いに手を取る。

 その瞬間。ロイスも覚悟を決めた。彼女を連れていくことを。この先に待ち構えるだろうありとあらゆるしがらみも、苦難も受け止める。そんな覚悟を。

 二人は小さく笑いあうと、手をさっと離す。

 一瞬の触れ合いだったがそれでいい。


 そして二人は、階段を駆け下りた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ある街を二人のにんげんが歩いていた。

 一方は背が高く、全身黒の装束をきた、おそらく魔術師。

 もう一方は明らかに幼い姿の少女。帽子を深く被り、鮮やかな色の服を着ている。

 先を闊歩する少女は、ふと足を止めてとある場所を指差した。

 それは、この小さな街にある唯一の掲示板だった。

 

 男はその掲示板を見て、そしてみるからに肩を落とした。

 

 「勘弁してくれ」

 

 彼は小さく呟いた。

 

 【指名手配・赤焼け色に琥珀の瞳。罪状・誘拐、詐欺、教会への反逆、および魔族の煽動。懸賞 金五百。以上】


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