牢屋と疲労
どこかに連れていかれるとはロイスも思っていたが、あいにくと行き先は教えてはくれなかった。
両手を拘束され、目隠しをされて、長い長い道のりを歩かされることになったのだ。
しかし光を感じないことから、おそらく地下だと思われる。
──問答無用ってやつか。
右へ左へと曲がるのは、場所をわからなくさせるための
苛立ちはあったが、仕方がないと無理矢理諦めることにする。
そのぶん何かの当て付けのように、早く歩くように促されてもゆったりと歩いた。あいもかわらずこういう場面で余裕を見せるのがうまい。とロイスは我ながら思う。
唐突に制止させられた。
と同時に目隠しが奪われた。
そこは狭い地下牢だった。鉄棒が均等に並んだ鉄柵がずらりと両端を覆う道は暗く、等間隔に壁にかけられているぼんやりとした光を灯す灯籠が、この地下牢がずっと先までつづいていることを教えてくれる。長い長い地下牢。
──神聖都市の地下だっていうのに、随分立派な地下牢があったもんだな。
神聖都市という清廉潔白を常とする都市には似合わないその有様に、自然とロイスの顔には嫌悪感が浮かんだ。それを隠さないロイスに対してどう思ったのか、ここまで連れてきた聖騎士の一人がロイスに向かって嘲笑を浮かべる。
「思い知ったか。魔術師にはこの暗い場所がお似合いだ」
「……」
別にそういう意味で顔を歪めていたわけではないのだが……。ロイスはそれを言い返すのも面倒で、黙って顔を逸らした。相手にするのも面倒だった。
ロイスとカレンは近くの牢屋の中に二人一緒に押し込められる。
ロイスがつけていた装身具はあまりなかったが、全て没収された。指輪や腕輪が魔術の媒介になると知っているからだろう。ロイスからすればあまり意味のない拘束だが、念のためか両手は体の前で木手錠で繋がれた状態だ。
「大人しくしていろ」
忠告らしきことをひとつ言いはなって、聖騎士たちが去っていく。
ガシャガシャという鎧の音が遠ざかって、シンとした沈黙が降りた。
ジメジメとした地下は魔界を想起させてあまりいい居心地とはいえないし、心なしが気温も低く、肌寒さを感じなくもない。
ロイスはひとつため息をついた後、石畳の床に直接腰を下ろすと、目を閉じた。そしてじっくりと周囲の魔力を感じ取る。
まずそばにいるカレンの魔力の気配があった。
──そういえばこいつも魔術が使えるんだよな。すっかり忘れてたな。…………他にも魔力の反応があるな。
周囲からは魔力が微量だが感じられた。それもかなりの数だ。
──誰か……魔術師がいるのか?
ロイスが張っている探査の魔術は今も健在だ。それが反応しないと言うことは、ロイスに対して害意がない者ということだ。教会がかかえる魔術師ならば多少の害意をもっていてもおかしくない気もするが、それともロイスが地下牢にいることはまだ知らないだけか。
それにしては。
──やけに反応が薄いような……。これではまるで、瀕死の魔術師、あるいは、子供──?
いぶかしがるロイス。その後ろで、カレンが居心地悪そうに身じろぎした。
目を開き、緩慢な動作でそちらに顔を向ける。
壁を背にカレンは両足を抱えるように座って俯いていた。
「どうした」
思わず、尋ねる。
「……ごめん」
か細い声が返った。
「問答無用でこんなとこに捕まるなんて……私の考え、甘かったみたい」
「……そうだな」
こんな時、慰めるような甲斐性はロイスにはない。
カレンはさらに小さくなってしまった。
あの時、捕らえられる前のカレンの行動には苛立った。聖騎士に魔術師に対する善意などがあるわけないだろうと、怒鳴りつけてやった気もする。しかし今思えば仕方がないのだ。
彼女は世間知らずで、魔術師と教会の確執なんてものは、ロイスが口頭で説明した知識だけしか持っていないのだ。
彼女に全てを察しろというのは無理な話だったのだ。
それにしても、と思考をつい先程の戦いに向ける。
どうしてもイラつ気を抑えられなかった。酷く暴力的で、非道なことをした気がして、ロイスは瞼を僅かに伏せる。
けれど初めてのことではない。今までもそうだったとロイスは思う。魔術師相手と戦うと、いつも期待して、すぐに裏切られる。否。勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になっているだけだ。ロイスの勝手なのだ。
それでも相手に求めてしまう。
もっと、もっと、自分と対等な何かを……。
それならば、魔王と戦えば良かったのだ。もしかしたら楽しめたかも知れないのに。あの時は、あの時はただ、逃げることばかり考えてしまった。
なぜだろうか。
──自分の行動を自分で説明できないなんて、お笑い種だ。
魔王と戦わなかったのは、消耗していたからだ。全力で太刀打ちできなかったから。それから、それから──。
──それから、ヨウラ村がそばにあったから。
そこまで考えて、ロイスは首をふった。何を馬鹿なことを。そんなことが自身の探究心を、退屈を紛らわせる最高の機会を棒に振る理由にはならないだろう。
そう思うのに、やはり心のどこかで「そうだ、あの村に被害が出ることを恐れたんだろう?」とだれかが囁く。
また、首を振った。
感情の制御がうまく行かない。
カレンのことだって、これまでの対応がおかしかったんだ。どうして連れてきてしまったのか。どうして一緒にくることを許したのか。仕方ない。どうしようもない。そんな言い訳をしながら、彼女の存在をゆるしてきた。どうして……。
ふと、袖をひかれて顔を上げた。
カレンが、ロイスの服を掴んでいた。
「……疲れたね」
カレンがロイスを見上げてそんなふうに言う。
彼女の手には手枷はない。普通の少女だと思っているのだろう。
その白く細い腕をなんとなく視界におさめて、ぶっきらぼうに返す。
「お前何もしてないだろ」
「そうじゃなくて、ロイスが」
ロイスは今度はカレンの顔をまじまじと見つめた。その表情はどこか達観していて、十二、三歳の少女のものとは思えないほどまっすぐで。
ロイスは思わず顔を背けた。
──疲れている。
疲れているのだろうか。そうかもしれない。
もう一度カレンに顔を向ける。
酷くぎこちない動きを自分がしていることがわかって、ロイスは微妙な心境に陥る。
うまく、言葉にできない。
カレンの青い美しい瞳が輝いていた。
「さっきの話を聞いてからずっと考えてたの」
また、カレンがつぶやく。
さっき、それはおそらく魔術の使い方についてロイスが魔術師に語った話だろうか。
ロイスは無言で続きを促した。
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