虚無と非道
ロイスは静かに問う。
「指輪はない。呪文も使えない。それで? 終わりか?」
男は焦った様子で目をぎょろぎょろと左右に動かす。
「指を落とされたくらいでなんだ。魔術をつかってみろ。こんなに近くにいるぞ。どうした。風で俺を襲ってみたらどうだ?」
──ああ、つまらないな。
「道具に頼るから、こうなる」
魔術の基本は呪文。そして次に大事なのは指輪などの
呪文も
ロイスが指と指を交差させて
この男は呪文の詠唱をせずに術を使っていた。つまり。
「魔術を発動するには呪文はいらない。代わりに媒介となる輪があればい。それは分かっていたのは褒めてやってもいい」
偉そうなことを言っているのが分かっていて、そんなふうにロイスは冷たく言う。
「
男は目をまるくした。
「知らなかったか? 研究が足りなんじゃないか」
ロイスは冷たく相手を見下す。
長いこと跡をつけられて、長い事見張られて、正直男に対してはフラストレーションが溜まっていたのだ。
せめてもっと上の使い手ならばロイスももう少し楽しめた。
──そうだ。もっと楽しめれば、こんな気持ちにならずに済んだのに……。
ロイスはため息を吐き出した。
どうして
斜め上を見上げて心の内側でぼやき、それから再び男を見下ろす。
「まあいい、見せてやるよ。その方が早いだろう?」
「いっ……くそぉ、くそぉ」
真顔でロイスは魔術師を煽る。
その時。男の切断された手とは逆の指にはまっていた指輪が発光した。
男が口元を掴まれた状態でにやりと笑う。
それを退屈そうに眺めて、ロイスは思いっきりその手を指輪ごと踏み潰した。
「ぐぁっ!」
「二度も同じこと言わせるなよ。指輪に頼るなって。他にないのか?」
残酷なことをしている自覚がぼんやりとあったが、ぼんやりとでしかなく、ロイスはもはや氷点下の目で男を見下ろしていた。
魔術師はもう何も答えない。
──退屈だな。
そのときだ。
「ロイス!」
カレンが叫ぶ。
頭上から魔力の気配。
ロイスがそれに反応して顔をあげると同時に、男がロイスの腕から逃れるように体を
「はっはははは!」
空から、巨大な風の刃がロイスに向かって叩きつけられた。
土煙が舞い、ロイスの姿が見えなくなった。
「どうだ! どうだ!」
流血する片手を抱えて、魔術師が叫ぶ。
「ロイス! ロイス!」
カレンが慌てた様子でロイスの名を呼んだ。
その声に土煙の中から「なんだ?」とロイスが声を返す。
「え?」
その声を出したのは、カレンであり、目の前にうずくまる魔術師でもあった。
「なに驚いている?」
土煙が晴れたそこには、かすり傷一つ負った様子のないロイスが、悠然と腕を組んで立っていた。
「そ、そんな……」
「時間差の風の術。なんて言ったかな。いい呪文持ってるな。けど……不意打ちでなんとかなると思っていたのか? そもそも風の魔術使いなら、もっと離れたところから俺を狙えばよかったのに、それもせず律儀に目の前に姿を現した。そう考えるとその時点でお前は頭が弱いよなぁ。期待した俺が馬鹿だったかな」
ロイスが好き勝手につぶやくのを男は呆然と見上げていた。
「俺の索敵範囲内に随分前からいたようだが、ここまで接近してから攻撃したのは何故だ? まさか、風を使うのに射程距離がこの程度ってことはないだろう?」
「ぐぅ、くそ、くそぉ」
どうやら図星らしい。
ロイスは呆れてものも言えずに黙り込んだ。
こいつをどうしてやろうかと数秒考えて、ついと上空を見上げる。
「お前、空が好きなのか? 上にずっといたよな」
──それなら。
ロイスは人差し指をすっと上に向けた。指で指印を作って輪を作り出したわけでもない。指輪もない。呪文もない。
なのに同時に、男の体を覆う四角い結界が張られた。
「は⁉︎」
驚く魔術師に答えてやる義理はないが、ロイスは笑う。
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