警戒と徒歩

「お兄さん……街まで連れて行ってやろうかい?」

 

 商人が言う。

 

「……いや、大丈夫だ」


 どことなく怪しさを感じて、ロイスはそっけない対応をした。

 視線は警戒心をわずかに内包しながら商人に向けられる。

 

 ──どうしてそんなことを? 詐欺師だと勘違かんちがいして警戒していたのではないのか?

 

「まあそう言わずに、乗っていっておくれよ。馬車ならそう時間もかからんし」

「あんた今エヴンズベルトから来たんじゃないのか?」

「ああ、いや、そうだ、忘れた物があってね。それで一度戻ろうかと思っていたんだよ」

 

 取ってつけたような言い方に、ロイスはまゆをひそめる。

 

 ──何かあるな……。

 

 疑わしいものには近づかないのが一番。そんな教訓に従って、結構だ。そう答えようとしたロイスだったが、カレンがそれを阻む。

 

「いいの? 足くたびれちゃって、うれしい!」

「荷台でよけりゃ乗るといいよ」

 

 二人の間で何気なく取引がなされていく。

 

「いや、結構だ」

 

 ロイスが断りをいれるが、カレンは聞くきがないらしく、ロイスの腕をとって駄々を捏ねるような真似をした。

 そうして縋り付くようにして、カレンがぶつくさと文句をいう。

 

「足疲れたって言ってるじゃない。乗せてくれるって言うんだから、乗せてもらいましょうよ」

  

 まるで人を疑うということをしらない彼女に、ロイスはため息をはく。

 この商人が何をたくらんでいたとしても、ロイスにとっては大した問題ではないだろう。何か起きても対処たいしょできる。長い一人旅でロイスにはそんな自信があった。けれど、だからといって自分から首を突っ込む趣味は生憎となかった。

 

「じゃあ勝手にしろ。俺は歩いて行く」

「え、うそ! やだ。じゃあ私も歩く!」

「…………」

 

 ──なんでだよ。

 

 ロイスは目を細めてカレンを睨む。

 

「一緒に行けばいいじゃないか。ここからは別行動。じゃあな」

 

 そう伝えて、今度は商人をみあげる。


「あんたは先にエヴンズベルトに戻るといい。こっちはゆっくり行く」 

「あ、ちょっと!」

 

 呼び止める商人を放置して、ロイスは歩き出した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ひとり歩くロイス。その後ろをザクザクと音を立てて一人の少女、カレンがついていく。結局カレンは馬車に乗ることはなかった。

 そして今もこうしてついてきている。

 ロイスとしてはせっかくのチャンスを逃したような気分だったが。

 

「ねえ、どうして乗せてもらわなかったの」

 

 しばらくして、カレンが静かに尋ねてきた。

 むしろロイスが聞きたいくらいだが。答えてやる義理もないので、ロイスは黙り込んで歩く。それでもしつこく彼女は理由を聞きたがり、まるでロイスが悪いかのように文句を垂れた。


「ねえってば。無視かーい。ねーえ。ねぇってばぁ」

「うるさい」

「返事しないロイスが悪い」


 カレンが口を尖らせて言う。

 背後に気配を感じつつ歩くのは妙に疲れる。

 

「なんでなの?」

 

 まるで幼い子供のように、なんでを繰り返すカレン。

 いい加減にしつこかった。ロイスは諦めて肩をすくめると、短く。 

 

「別に、意味はない」

 

 と答える。

 

うそ。意味がないなら乗せてもらえばいいことでしょ」

「乗ればよかっただろ」

 

 そうすればカレンと離れられた。

 

「ロイスが一緒じゃないとだめっていうか……なんで乗せて貰わないのよ」

「……あっちは警戒していただろう」

「警戒してたのはロイスだと思うけど?」

 

 そこまで言われて、ロイスは再度カレンに視線を向けた。

 どこか揶揄からかうような口調の彼女にロイスは眉を寄せる。

 

「俺が警戒しているの分かっていて、なんで乗せようとするんだお前」

「なんで警戒しているのかわからないんだもん」

鈍感どんかん

「純粋って言ってよね」

 

 不満そうなカレンにロイスはため息をこぼす。

 

「まーた溜息ためいき。ロイスってばいつもそう」

「まだあって二日なんだが」

「それでも溜息ばっかりなのはわかるんです。で? なんで馬車に乗せてもらわなかったの?」

 

 カレンはあきらめ悪くその問いを重ねてきた。

 ここまでしつこく知りたがるのは、やはり世間知らずだからか、人間付き合い……かはともかく、関係性を築くのはうまそうなのに、どういうわけか感情の機微まではわからないらしい。

 ロイスの思考もまったく読めないのか、純粋な目で聞いてくる。妙に聡いところがある割に鈍感で、妙な娘だった。

 

 ──どうしたものかな。

 

 ロイスはカレンを見て、西に再び視線をもどし、この鈍感な少女のことをどう扱うか悩んだ。


 彼女には散々な目にわされた。

 例えば、魔王の娘だということや、ロイスの側を離れると魔王に見つかることなど、言っておいてくれればそれなりの対応ができたものばかり。

 それを隠していた彼女には多少なりとも頭にきている。だから彼女を撒きたい。これはかわらず事実だ。


 もちろん、聞こうとしなかったのはロイスではないか。と言われれば、確かにそのとおり。聞くのを面倒くさがった。大概の場合、細かい事情を聞くと巻き込まれるからだ。だから今回もそうした。そして今回は聞いておけばよかったと後悔することになったわけである。


 そんな彼女を連れて歩く理由などない。強引に引き剥がす権利もロイスにはあると言える。


 ──じゃあなんで見捨てないか。って話になるよな、やっぱ。


 なぜと言われれば、見捨てないのではなく、ただ転移する魔力を温存したいからで……。ついてくるのを放置しているのはそういうことで。それ以外に理由などない、はずなのだが。


 ──正直、これも言い訳かね……。


 自分の思考である。

 納得できなくとも、想像は簡単だ。

 つまり、ちょっとした情というやつなのだ。


 ──いつのまに……。って誰に聞いても答えもあるわけ無いか。


 ロイスは内心を押し殺すことにした。



「なあ、本当に、なんでついてくるんだ」

 

 ならば次はそれをはっきりさせたくて、尋ねる。


「こっちの質問には答えないくせにそういうこと聞く?」

「……じゃあ、お前が答えたら答えてやる」

 

 カレンは不満げだ。

 

「……いいわ。前にも言ったけど、人間界についてよく知らないから」

「それはあの時聞いたが、それだけじゃないだろ」

 

 はじめに人間界にきたときに、取引が終わったにもかかわらずついてくる彼女から、直接聞いた。

 でもそれはおそらく何かを誤魔化した言葉だったとわかっている。

 

「あれは本当は、俺のそばにいれば魔王に感知されないから。だったと言ったじゃないか」

 

 簡潔かんけつに確認を取ると、カレンはさっと目をらした。

 カレンがうそをつく時の、誤魔化ごまかす時のくせだ。とロイスはすぐに気づく。

 

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