祭りの日
シャルマン国東北に位置する村カイドウでは四年に一度祭りが行われている。アウルティア大陸最大の山脈であるクリスタル山脈の麓にして、シャルマン国でもっとも“聖域”に近いとされているゆえに国内外から多くの観光客が訪れる。人口二千人足らずしかいない村はその時期に限り多くの人々で賑わいを見せるのだ。
そこで披露される神事の舞というものは、シャルマン国において最も美しいものとされており、一目それをみようと多くの人たちが訪れているというわけだ。
舞を祭りの日に踊るのは村人全員ではなく、毎回選ばれた数人の若者で行うことになっている。グレイスは選ばれることはなく、友人のアリアスとともに舞を見物するべくして観客の中に紛れていた。
「あれはシャラ家のご息女じゃないか」
するとアリアスがそんなことをいうものだから、グレイスはほかの観客とは異彩を放っていた団体の方を振り返った。
そこには護衛らしき服を着た男たちに囲まれた女性がきらびやかな衣装を纏って装束の施された椅子に腰かけている。
その良いところのご令嬢と一目でわかる女性がシャラ家のご息女なのだろう。
「シャラ家といえば、相当身分の高い家だったよな」
「たしか、公爵じゃなかったか? 」
そんな良家の息女がわざわざこんな田舎の祭りを見にきたのかと思いながら、再度良家の息女のほうをみる。すると、彼女に話しかける1人の女性に目に留まる。
長く茶色の髪をうなじのところに結んだだけの若い女で服装的にご令嬢つきの侍女といったところだろうか。ご令嬢は美しい。けれどグレイスはなぜか侍女のことが気になった。
かわいらしいと思った。
どうしても話しかけたいと思った。
されど良家の娘のお付き。そんな簡単に話しかけることなどできようはずもなかった。ただ見つめることしかできずに時はすぎていった。
このまま、終ってしまうのか。
いつの間にか祭りが終わってしまった。
人々が散り散りになっていき、彼女の姿もついには見失ってしまった。
会いたい。
また会いたい。
その思いだけが募っていった。
ついには、彼女の宿泊しているであろう宿屋を探すことにした。良家だ。きっといいところに泊まっているにちがいない。そう思い、村でと一番の宿屋へと向かうことにした。
たしかにそこにいた。
たしかに彼女の仕える良家の娘はそこにいたのだ。しかし、グレイスが入れるわけもなく、護衛に追い出されたのもいうまでもない。
もう諦めるべきかと帰路についたときだった。
「あの!」
同然後ろから女性の声がした。
グレイスが振り向くとそこには彼女がいたのだ。
彼女はまっすぐにグレイスを見つめ、グレイスのもとへとゆっくりと近づいてくる。
「どうかしましたか?」
グレイスが尋ねると彼女はうつむきながら、両手をモジモジと動かしている。
「あのお嬢様が……」
クレイスが首をかしげる。
彼女はようやくグレイスの顔をみた。
ああ、かわいい。
近くでみたとなんと可愛らしい女性なのだろうとグレイスは思った。
「お嬢様が話かけてきなさいと申されて……。その……、あの……」
彼女の頬が仄かに赤い。
「わたしはキーファ=サラエンと申します。あなたのお名前教えてくださいますか?」
その言葉にグレイスの顔が熱くなる。
「えっと、ボクはグレイスです。グレイス=ロックウェルです」
「グレイスさんですね。いいお名前です」
そういって、キーファは微笑む。その笑顔もいとおしい。
ずっと、このまま時が止まればよいのだと思った。
それから、キーファは良家の娘と帰っていった。
それから、キーファとは何度も手紙のやり取りをするようになり定期的に会うようになったのだ。
それから、三年後キーファは良家のお付きをやめてグレイスと結婚した。
やがてひとりの息子をもうけることになり、幸せな生活を過ごしてきた。
されど、息子が五歳になるころだった。
キーファは村から出ていってしまったのだ。
べつにグレイスに愛想をつかしたわけではない。
「お嬢様がご病気なの。わたしに来てほしいといっているわ。だから、わたしは行きます」
もちろん、グレイスはキーファを止めた。されどキーファが首を縦にふることはなかった。
「お嬢様のご病気がよくなったら帰ってくるわ。その間、キイをよろしくね」
そういつものように笑顔を浮かべながら、少しの荷物をもって旅立ってしまった。
きっと、すぐ戻ってくるのだろうと思ったいた。
けれど、キーファがもどってくることもなかった。
それから、しばらくしたのちにキーファの仕えていたシャラ家が一族すべてが突然消息を絶ったという知らせがもたらさせたのだ。
そこにはキーファも含まれていた。
突然の対する妻との別れにグレイスの心が打ち砕かれたのはいうまでもない。
「父さん。大丈夫だよ」
もうこのまま死のうかと思うほどに追い詰められたクレイスに息子が話しかける。
「母さんにぜったい会えるよ」
「どうして、そう思う?」
「おれが探す! おれが探してこの村に連れ帰るからさ!」
「おまえがか? 子供がよくいうよ」
「大丈夫! おれが冒険者になって母さんの行方探すから父さんはここでおとなしくまってろ!」
そういって、息子は無邪気に笑う。
その笑顔がどことなくキーファに似ているような気がした。
「そうだな。ありがとうキイ」
そういって、グレイスは幼い息子を抱き締めた。
まだ別れじゃない。
きっと
また
出会えるはずだ。
だから、待つことにしよう。
彼女がまた笑顔でこの村に帰ってくるのを待つことにしよう。
グレイスはそう思った。
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