早翔-HAYATO-

ひろり

序章

 マンションエントランスのインターフォンで部屋の番号を押すと、すぐに聞き覚えのある声がした。

「どうぞ、入って」

 同時に重厚感のある背の高い木製のドアが、ゆっくりと開く。

「ここで待ってます。中までは入らない」

「早く入ってよ。管理人が出てきちゃうじゃない」


 早翔はやとは軽くため息をついて歩を進めると、そこには木製のドアの外観からは想像もできなかった、解放感溢れるエントランスホールが広がっていた。

 ライブラリースペースには、座り心地が良さそうなソファが並べられ、ガラス張りの窓の外には、眺めるためだけに造られた小さな日本庭園が見える。


 早翔がソファにゆっくり腰を下ろそうとした時、「早翔様、こちらへどうぞ」とコンシェルジュが声を掛けて来た。

「ここで待たせていただけますか」

 早翔の問いかけに、コンシェルジュは困惑した笑みを浮かべる。


 仕方なく立ち上がると、彼の手が示す方向に、ガラス張りの自動ドアが開いた状態で早翔を待っていた。

 女から確実に部屋まで案内するよう言いつけられたのか、コンシェルジュは早翔の斜め前をつかず離れず先導し、高層階の女の部屋まで案内した。


 ドアが開くと、「遅い」と低い声が聞こえる。

 ヘアもメイクも整えたシルクのナイトガウン姿で、女は仁王立ちしていた。

 裸足の真っ赤なペディキュアが、大理石の床に映えている。


「申し訳ございません」

 コンシェルジュが儀礼的に頭を下げると、すぐに背を向ける。

「あなたは悪くない。すみませんでした」

 早翔がその背中に声を掛けると、彼は歩を止め振り返って会釈し、少し微笑んで去って行った。


「あの管理人に言ったんじゃない。あなたに言ったのよ。待つのは嫌いなの。早く入って」

 早翔はただ立ち尽くしていた。

「私が早く入ってと言ってる。は・や・く・は・い・れ」

 女の見下すような冷たい視線から目を逸らし、早翔はゴクリと唾を飲み込んだ。

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