あなたに惹かれて

米元言美

第1話

学校には,不思議な兄妹がいた。


兄の方は,常に誰かと一緒にいて,お喋りをしたり,ふざけたりしていた。しかし,彼のことをよく知っている人は,誰もいなかったし,みんなと浅く広く付き合うのは,もしかして,誰をも受け入れるつもりがないため,誰をも近づけないためなのかもしれないと疑う時もあった。


妹の方は,いつも一人で過ごしていた。しかし,シャイな訳ではない。かなり積極的で,言うことは,はっきりしていたし,いつも,何があっても,動揺したり怯んだりしなかった。それなのに,自分からは,人と全く関わろうとしなかった。そのため,他人に関心がないと言う印象を周りに与えてしまい,浮いてしまっていた。しかし,本人は,自分が溶け込めていないことを苦痛に感じている様子はなく,むしろ,それを好んでいるように感じた。


兄妹が一緒にいると,他人が絶対に踏み入れられない隔絶された別の空間に入っている感じがして,声をかけるにもかけられないような雰囲気を漂わせる。たとえ人前でも,兄妹が二人だけの世界に入ることが出来るようだった。


綾乃という妹の方を,僕はずっと気になっていた。自分から人と関わろうとしないのに,強気で,動じない性格であるところ,そのギャップに惹かれたのだ。


ある日,綾乃が一人で下校しているところをたまたま教室の窓から見た。綾乃は,いつだって兄と一緒に下校するのに,その日は一人だった。


僕は,チャンスだと思って,追いかけた。

「綾乃!」

と名前で呼んだら,びっくりされた。


そうだった。興奮して,知り合いと呼べるほどの関係でもないことを忘れていた。綾乃は,僕のことを知らないに決まっていた。同じクラスになったことすら,ない。


「私に何か…?」

綾乃が少し戸惑いながら,訊いた。


「いや,何も…ただ,同じ方向だから,一緒に帰ろうと思って…話したことないし。」


「それは,どうも。」

綾乃は,あまり興味なさそうに言った。


「いい?」


「どうぞ。」


一緒に歩きながら,僕は,授業のことや部活のことなど,いろんな話題について話し,綾乃と合う話を探したが,何を話しても,綾乃は,相槌を打つだけで,話に乗ってくれない。手答えがない。


「じゃ,私はここなんで…。」

綾乃があるぼろぼろの家の前まで来ると,突然言った。


「ここ!?ここに住んでいるの!?」


綾乃は,あっけらかんとした顔で頷いた。


海のすぐそばの小さな家だったが,かなり老朽化が進んでいて,人が住めるイメージではないから,ずっと空き家だと思っていたところだった。


家を見ていると,家の裏の浜辺に生き物が座っているのが視界に入った。すると,その生き物が,見られたことに気づいたかのように,突然動き出して,海に飛び込み,姿を消した。人間のようだったが,人間ではなかった。

「さっきのは,何だった!?」


綾乃は,何も見ていないふりをした。

「ん?」


「さっき,人間のような,でも人間じゃないようなものが海に飛び込んだんだ。」


「気のせいじゃない?」

綾乃がまたとぼけた。


「いや,確かに見た…今度,仲間を連れて,この浜を調べていい?調べ尽くしてあの生き物の正体を突き止めたい。」


綾乃は,これを聞くと,急に表情が変わった。

「それは,ダメ!」


「なんで?」


綾乃が怖そうに祐介を見た。

「…母です。」


「え?」


「さっき,海に飛び込んだのは,私のお母さん…人魚です。誰にも言わないでください。お願い!」

綾乃が手を合わせて,祐介に懇願した。


「お母さんが人魚!?」


「そうです…人に知られたら困るので,内緒にしてもらえますか?」

綾乃の顔は,真剣だった。


祐介は,まだ半信半疑だった。

「お母さんは,人魚?…じゃ,あなたは?あなたは,何?」


「その子供だから,ハーフみたいな…?」


「人魚のハーフ!?そんなもん,聞いたことない!」


「本当です。誰にも言わないでください。お願いします。何でもします。」

綾乃がもう一度祐介に他言しないようにお願いをしているところへ,兄の海斗が帰って来た。


綾乃が早口で海斗に何があったか,話した。


海斗が妹の話を聞き終わると,怖い顔をして,祐介を睨んだ。

「絶対に言うな。言ったら,ぶっ飛ばしてやる。」


いつも学校で見る朗らかで,明るい祐介とは,全然違うので,オロオロした。


「…言わないよ。」

祐介が海斗の威圧的な眼差しに萎縮して,約束した。


「そして,二度と妹に近づくな。」

海斗がそう言うと,家の中へ入って行った。


綾乃は,「またね。」

と祐介に挨拶してから,兄の後を追い,家の中に入った。


祐介は,しばらく唖然として海を眺めてから,踵を返して,自分の家へと向かった。

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