13


 

 キスをした。

 唇を離したら、あまりにも目を丸くしていて、驚いた。

「…嫌だった?」

 頬の上に涙の跡が残っている。

 指先でなぞったら、大きな目が瞬きをした。

「キスした?」

「うん」

「おれのこと…好きなの?」

 ああ、それ、言ってなかったっけ。

「好きだよ」

 俺は両手でクラスメイトの頬を包んで、笑いかけた。

「すごく…、すごく好きだ」

 そしてはじめて、彼の名前を呼んだ。


 お互い名前で呼び合うのははじめてだった。


 キリト、というのが彼の名前だ。

 来吏人。

 最初から読める気がしない。

「ん…、待っ──い、カイ──」

 カイ、は俺の名前。

 櫂。

 舟を漕ぐ道具。

 それだけでは何の役にも立たないもの。

 誰かがいなければ、ただそこにあるだけのものだ。

 


 キスをしたら、次はなにをしたくなる?

 色々触って、感じて、声を聞きたい。体中くっつけあって、首筋に顔を埋めたい。

 来吏人は花の匂いがする。

「ちょ、ちょい待っ、なあ、なんでそんなにエロいの…っ」

「なんでって…そりゃ…」

 好きだから。

 好きだからこんなになってる。

 好きすぎて我慢しすぎておかしくなりそう。

「…エロいから?」

「おれのせい⁉︎」

 そうかも。

「おれ、だって、そんな、待って──お、…誰とも…したことない…」

「俺もない」

「嘘つけ、童貞のわけないじゃんっ、そんな…」

 エロいキス、と来吏人が言った。

「もう、やだ…っ、恥ずかしすぎる…」

「じゃあ…」

「うわっ」

 頭からすっぽりと布団を被って、来吏人を閉じ込めた。

「もう寝よう」

「えっ」

 布団の中の暗闇でキスをして、背中を掬うようにするとだんだんと力が抜けていった。

 そのままじっと抱きしめる。

 抱きしめていたら、来吏人がもぞもぞと動いた。

「なあ…」

「ん?」

「し………しないの?」

 沈黙。

「したいの?」

「それっ、ずるい──」

 口の中に舌を入れる。

 とろりと溶けた舌先が熱く、甘い。

 手を繋いで指を絡めた。

 息が切れるほどキスをした。

 でもここまでだ。

 今日は何も出来ない。

「準備、してないから、またな」

「…え、なんで…?」

「痛いの嫌だろ」

「………でも」

「………」

「………」

 でも。

「じゃあ…一緒にいく?」

「……ん、あっ」

 手を伸ばして張り詰めたものを纏めて握った。

 体が離れないように片手で腰を強く引き寄せて抱きしめると、手が背中に回ってきた。

 あ、あ、と声が上がる。

 もっと聞きたい。

 もっと、もっと──

「あ、好き、すき、あ…っ」

「──」

 俺も好きだ。

 櫂、と名前を呼ぶ声。

 花の匂いにくらくらとする。

 ゆらゆらと舟のように体が揺れる。

 ずっと、ずっと好きだ。

 ずっと好きだった。

 擦り付けあったところが熟れて熱を持ち、びっしょりと濡れていく。昂めて、感じさせて、先に着いた来吏人の後を俺は追った。

 そのまま抱き合って、ふたりともいつしか眠りに落ちていた。

 夢の中で雨の音を聞いた。

 雨は降り続け、やがて大きな湖になった。

 透明な水の上に舟が浮かんでいる。

 手を振って俺を呼ぶ来吏人がそこにいた。

 舟の上で傘を差して、笑いながら俺を待っていた。


 

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