第286話 待ちに待った帰宅
本格的な冬を迎え、隠し森では降った雪が溶けずに残り、地面を白く覆うようになってきた。
「ん~んん~、んん~ん~」
クレイドルに教えてもらった曲が鼻歌となって、ついこぼれる。時の日で学園が休みの今日は、ルーリアにとって待ちに待った日だ。
『次の時の日に二人で帰宅する。半日は家に滞在する予定だ』
そうガインから手紙が送られてきた三日前から、ルーリアはずっと浮かれていた。
……やっと! やっっと、お父さんとお母さんが帰ってくる!
起きるなり窓と扉を開け放ったから、寒いのが苦手なセフェルは布団から出てこない。
ルーリアは水と風の魔法を使い、家中を綺麗に掃除した。どこもかしこも
「んん~、さむっ」
吐く息が白い。
空気の入れ替えで部屋の温度は一気に冷えたけど、暖炉の火に薪をくべ、家の中を暖める魔術具に魔力を流していくと、すぐにぽかぽかになった。
アーシェンに頼んでいた掛け布が仕上がっていたので、店のテーブルと椅子の一組を物置にしまい、その場所にラウディが作ってくれたコタツを置くつもりだ。
物置でごそごそしていると、フェルドラルとセフェルが手伝ってくれた。
「姫様、コタツは靴を脱いで入るものなのですが、それはご存知ですか?」
「えっ、そうなんですか?」
床に絨毯を敷き、その上に置こうと考えていたけど、それだけでは足が冷えてしまうらしい。
どうしようか、うーんと首を傾げる。
すると、フェルドラルは物置の奥から木の束を丸めたような物を持ってきた。
それをコタツを置く場所に広げると、そこだけ3センチほど床が高くなる。
「それは何ですか?」
「木で出来た敷物ですわ。この上に絨毯と敷布団を重ねれば問題ないでしょう」
「えぇっ、床に布団を敷くんですか!?」
「必ずなければいけないという訳ではありませんが、あった方が暖かいのですわ」
そういえば創食祭の課題発表でコタツの完成品は見たけど、詳しい使い方までは知らなかった。
敷布団は掛け布と一緒にアーシェンが用意してくれたそうだ。掛け布団もあるらしい。
その他にもコタツ用にと、フェルドラルは変わった形の椅子を物置から出してくる。
脚がなく、床に置いて使うふかふかしたソファーはユヒムが木工職人に作らせた物だそうだ。
「脚がない椅子って、変な感じがしますね」
「これはフロアソファーと呼ばれる物ですわ。素材や作りは多少変わりますが、床で食事を取るラングランナでは、たまに見かける物です」
「床で食事を?」
絨毯や布は敷くそうだけど、料理の載った食器などを直接床に並べるらしい。他の国との文化の違いに素直に驚く。
「えーと、あとはこれを置いて、と」
コタツ本体を置き、魔石に魔力を流してセフェルと一緒に掛け布団を広げる。
蜂蜜色のパッチワークキルトに植物などの模様が刺繍された掛け布を重ね、コタツの天板を上に置いたら、コタツの完成だ。
ふんわりとしたクッションもたくさん並べた。
「確かにこれだと靴を脱いだ方が良さそうですね」
出来上がったコタツを見て納得する。
ちょっと不便だけど、下に敷いた布団を汚してしまうよりはいいだろう。
「にゃにゃ! 姫様、姫様。入ってみてもいい?」
「いいですよ」
掛け布と掛け布団をめくり、もそもそとセフェルがコタツの中へ入って行く。
「こっ、ここは天上界!? ふにゃあぁぁ~……。あったかくてとろけるぅぅ~」
そんな声が聞こえた後、セフェルはコタツから出てこなくなった。ここに棲みたいらしい。
とりあえずコタツの設置は終わりだ。
「えーと、お父さんたちの部屋は終わっているでしょう? あとは……」
ガインたちの部屋は念入りに掃除してある。
神殿ではずっと忙しくしていたはずだから、疲れていたら休んでもらうつもりだ。
「お風呂の準備も大丈夫」
温泉風呂を作ったばかりの頃、雪景色を眺めながら入るのをエルシアはとても楽しみにしていた。
もちろん、そちらの準備も抜かりない。
今年採れたミツバチの蜂蜜と蜜蝋で作った洗髪液や石鹸も置いてある。着替えやタオルもバッチリだ。
もし食事をするなら、と腕によりをかけて作った料理はタイムボックスの中に準備してある。
二人が好きなお酒も少しだけ用意した。
もし料理を食べなかったとしても、そのまま神殿へ持っていけるように準備もしてある。
「お茶の準備もよし、服装もよし」
今日は前にフィゼーレが用意してくれた冬用の長袖ワンピースを着ている。サクラ色の暖かい布地の服だ。いつも着けている虹鳥の髪飾りもサクラ色に染まっている。
……クレイドル、大丈夫かな?
人族の国であれば休日である時の日。
サンキシュで過ごすクレイドルはやることが山積みで、食事を取るのも忘れるくらい忙しいと言っていた。
ここに来ることが出来れば、ご飯くらいいつでも用意してあげられるのに、と思ってしまう。
「部屋の準備、お風呂、料理、コタツ、お酒、お茶……」
指折り数えて確認していく。
思いつく限りの準備が終わってからは、足りない物はないか何度も見て回った。
「姫様、少し落ち着かれては如何ですか?」
「わ、分かっています」
もうそろそろ二人が転移してくるかも知れないと考えただけで気持ちが落ち着かない。鬱陶しいと分かっていても、そわそわしてしまう。
……うぅっ、緊張する必要なんてないのに、なんでこんなにドキドキしてしまうんでしょう。
そして、窓の外で真っ白な雪がちらつき始めた頃、店の床に魔法陣が二つ描かれ、ガインとエルシアが転移して帰ってきた。
二人は神殿の神官服でも騎士団の団服でもなく、例えるなら休暇中の貴族風といった恰好をしている。ガインはすぐに窮屈そうな顔で襟元を崩したが、ルーリアは二人ともよく似合っていて素敵だと思った。
「お父さん、お母さん。お帰りなさい」
今すぐ飛びつきたい気持ちをグッと堪え、ルーリアは自分に出来る限りの笑顔を浮かべる。
「ただいま、ルーリア」
「……ルーリア。長い間、一人にさせてしまってごめんなさい」
ガインはルーリアの頭を優しく撫で、エルシアは腕を伸ばしギュッと抱きしめてくれた。
「お母さん、わたしには謝らないでください。お父さんとお母さんの方が大変だったんですから。二人が無事に帰ってきてくれただけで、わたしは嬉しいです」
「……ルーリア」
エルシアは抱きしめていた手を緩め、微笑み返そうとルーリアの顔を覗き込んだ。
「──!!」
しかし、ルーリアと目を合わせた、その瞬間。
エルシアの顔から再会を喜ぶ表情は消え、信じられないものを見たように目が大きく見開かれた。
「ルーリア! あなた、いつからそのスキルを!?」
「えっ、スキル?」
ガシッと両腕を掴んで凄まれ、ルーリアはその気迫に気圧されてしまう。
「あ、あぁ、もしかして、この目のことですか? これなら神殿に行った時に……」
エルシアの異様な反応に心臓が嫌な音を立てる。まだルーリアが答えている途中なのに、エルシアはバッと立ち上がった。
「あの日! ルーリアはその目の使い方を知っているのですか!?」
「い、いいえっ」
「では、神殿から戻って今まで、ずっとその状態だったというのですね?」
「そ、その状態?」
「あれは何日前!?」
ルーリアの返事を聞いているのかいないのか分からない焦り顔で、エルシアは急に台所へ向かって駆け出した。日付けを気にしていたようだから、台所にあるカレンダーを見に行ったのだろう。
「おい、エルシア! どうした!?」
ガインとルーリアもエルシアの後を追い、台所へ向かった。カレンダーの前で愕然と立ち尽くすエルシアが目に映る。
「……お、お母さん?」
恐る恐る呼んでも反応はない。
何があったのだろう。すごく怖い。
自分の心音がずくんずくんと、直接耳に響いてくる。
「エルシア」
ガインの手が肩に触れるより早く、エルシアは膝からガクッと台所の床へ崩れ落ちた。
両手を床につき、絶望したように瞳を揺らしている。
「…………間に、合わなかった」
力なく、かすれた声が落とされる。
「間に合わなかった? いったい何が間に合わなかったんだ? おい、エルシア。俺たちにも分かるように説明してくれ」
肩に手を乗せてガインが声をかけると、エルシアは泣きそうな顔をゆっくりと上げた。
何かを言おうとわずかに口を開くも、言葉が出てこないようだ。
「……あの、お父さん。ここは冷えます。お茶を用意しますので、向こうで話をしませんか?」
冷静に提案しているようでも、自分もすっかり動揺してしまっている。出来るだけ穏やかに言ったつもりだけど、少し声が震えた。
「あ、ああ。そうだな」
ガインはエルシアを抱き起こすと、そのまま店のテーブルの方へ連れて行く。
これだけショックを受けた顔をしているということは、きっと良くない話なのだろう。そんな確信に近い直感が、不安と共にルーリアの胸に押し寄せる。
「これは?」
ガインがコタツを見て不思議そうな顔をしたので、先に靴を脱いで座ってみせた。
「これはコタツと言います。今みたいな寒い季節に使う物で、この中が暖かくなるんです。こんな感じで座ってください」
「靴を脱ぐのか。こんなに低いなんて、変わったテーブルだな」
ガインはエルシアの靴を脱がせて先に座らせ、自分もブーツを脱いでその隣に座った。
「うぉっ、中に何かいる……って、セフェルか」
ルーリアはカウンターに用意していたティーポットや茶葉などを持ってきて、コタツの上でお茶を淹れて配った。
「わたしのお気に入りの花茶です。気持ちを落ち着かせたり、ホッとしたくなった時にお薦めのお茶です」
温かな湯気と一緒に柔らかな香りが広がっていく。
パチパチと暖炉から薪の燃える音が聞こえる中、ガインとルーリアはエルシアの様子をそっと見守った。
しばらくカップから立ち上る湯気を見つめていたエルシアは、覚悟を決めた顔で口を開く。
「ミンシェッド家の慣例に倣うなら、ルーリアは次期神官長となります」
あまりに突然の話すぎて、ガインとルーリアは「なっ!?」「えっ!?」と、声をそろえて固まった。
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