第260話 ウォルクスの事情


「……えっと、どうしてルリがその話を?」


 ウォルクスにとってルーリアは菓子学科のルリで、部活の時間にお菓子の試食を頼んでくるくらいの接点しかない。そんな人物から邪竜の呪いについて話を聞きたいなんて突然言われれば、それは不審でしかないだろう。


 ウォルクスはラウドローン討伐の時にガインと顔を合わせたことがあるだけで、エルシアのことはもちろん、リューズベルトとルーリアに繋がりがあることさえ知らない。

 自分のことを何も伝えずにウォルクスから話を聞くのは難しいとルーリアは感じた。


 ……さて、何からどう話そう?


「実は──」


 まずは自分の身体の呪いについて、先に話をすることにした。話が横道に逸れないように、出来るだけ本題に近い話題だけで固める。

 邪竜のものと思われる呪いで起きていられる時間が短く、そのせいで成長が遅いことを話すと、ウォルクスは深刻な顔付きとなった。


「……まさかルリが。邪竜には、そんな呪いもあったのか」

「ウォルクスが知っているのは、どんな呪いなんですか?」

「俺が知っているのは身体に黒い変色が広がり、少しずつ石のようになって崩れていく死の呪いだ」


 ウォルクスが詳しく話してくれたのは、ルーリアがガインたちから聞いたことのある、先代勇者パーティの一人の剣士の話だった。


 ウォルクスの家はダイアランの上級貴族であり、歴史ある騎士の家系でもある。

 そのため、一族の中でも腕に覚えのある者が、歴代の勇者パーティに加わることも度々あったらしい。

 先代の勇者、リューズベルトの父親であるオズヴァルトのパーティにも、ウォルクスの伯父に当たる人物が参加していたそうだ。


 そしてその伯父は、オズヴァルトと共に邪竜の黒いブレス攻撃を受けてしまったという。

 オズヴァルトを庇って雷撃を受け、両手両足に黒い呪いを受けてしまった伯父。

 その伯父は、自身や自分の息子が呪われたことよりも、勇者とその息子を守り切れなかったことを死ぬまで悔やんでいたと、ウォルクスは語った。


 その伯父と、呪いを受け継いだ二番目の息子の最期を知っている親族は、リューズベルトが次の勇者となった時、誰もパーティに加わろうとはしなかったそうだ。

 子孫にまで呪いが残ってしまうなら、今後はパーティに参加する訳にはいかない、と。


 それなら跡継ぎではない自分が、と声を上げたウォルクスは、家族や親族から猛反対されたそうだ。


 そして、ダイアランの貴族社会の中で、その話はあっという間に広まる。

 それでも勇者パーティに加わろうとしたことで、ウォルクスはマリアーデの両親から、あることを頼まれたのだという。


 娘には生まれてくる子が呪われてしまうような悲しい思いはさせないで欲しい。どうか勇者パーティへの参加は諦めて欲しい。それでも行くと言うのなら、申し訳ないが娘のことは忘れて欲しい、と。


 だからウォルクスはマリアーデに婚約解消を申し出たのだと、強い意志のこもった濃紺色の瞳で、前だけを見つめて聞かせてくれた。


「……ウォルクス、マリアーデは今も……」

「知っている。でも、俺にはどうしてやることも出来ない。俺は家や彼女より、勇者パーティの騎士であることを選んだんだ」


 ……この瞳、どこかで見覚えが……。


 その時、ウォルクスの眼差しが、『守りたいものと目指すところをはっきりさせている』『互いに全力を尽くすことを誓い合っている』『目的のためには、場合によっては何かを切り捨てることも出てくる』、そう言った時のユヒムの瞳とよく似ていると、ルーリアは感じた。


 ……どうしてそこまで? 好きな人と一緒にいることよりも大切なことって、何?


 ノド元まで出かかった言葉をルーリアは呑み込んだ。

 これは質問ではなく、ウォルクスを責める言葉にしかならないような気がする。人が自分で考えて決めたことに、他人が無責任な言葉をかけてはいけない。


「そういえば、伯父のいた勇者パーティとは別に、その場にいた剣士二人が邪竜から同じ攻撃を受けていたって聞いたことがあるな。その人たちはどうなったんだろう?」


 思い出したように呟くウォルクスの言葉に、ルーリアは目を見張った。


「……えっ」


 邪竜の黒いブレス攻撃を受けた者が……呪いを受けた者が、他にも二人いた?


「その話は初めて聞きました」

「そうなのか。ルリから邪竜の呪いについて話を聞きたいって言われた時は、てっきりそっちの人たちと繋がりがあるのかと思っていた」


 ルーリアがガインたちから聞いたのは、先代勇者のオズヴァルトとウォルクスの伯父が黒いブレス攻撃を受けたという話だけだ。

 まさか邪竜の呪いを受けた者が、他に二人もいたなんて。

 もしかして、ガインたちも知らない話なのだろうか? 隠し森まで邪竜が飛んでくる前の話とか?


 いくら考えてみたところで、当時のことを知らないルーリアに、その答えを出すことなど出来るはずもなく。

 話を聞かせてくれたウォルクスにお礼を伝え、関係ないと言ってしまったことをクレイドルに謝り、ルーリアは家に帰った。




 ……ウォルクスのこと、どうしよう。


 今回の件でマリアーデに何かを話す約束をしていた訳ではないが、自分の部屋でお守りを作りながら、ルーリアはずっと考えていた。

 リューズベルトが言っていたように、本人同士が話すことであって、他人が口を挟む話ではないのかも知れない。


 でも、仮にウォルクスから聞いた話をマリアーデに伝えたら、どうなるのだろう?

 自分より勇者パーティの騎士であることを選んだウォルクスを諦め、他の人と婚姻するだろうか?

 それとも、自分も勇者パーティに入り、同じ立場となって堂々とウォルクスに自分の気持ちをぶつけるだろうか?


 ……ダメだ。


 何度考えても、後者を選ぶ姿しか想像できなくて怖すぎる。そうなると分かっている責任を持って、ウォルクスの婚約解消の理由をマリアーデに伝えるだけの勇気が、自分にはない。


 きっとこのことには、ウォルクス本人もリューズベルトも気付いていたのだろう。

 だからマリアーデの気持ちに気付いていながら、婚約解消の理由を伝えられずにいたと。


 シャルティエに相談した方がいいのだろうか? でもそれって、マリアーデに話してしまうのと同じ意味のような気もするし。


 ……んー、もどかしい。


 どうしたらいいのか答えが出ないまま、ルーリアは目の前のお守り作りに集中することにした。



「ん、出来た!」


 火蜥蜴サラマンダーのレシピのお守りは、だいぶ作り慣れてきた。今回はちょっとだけ改造もしている。


 ジュリスの指輪は全員分、作った。

 これは指輪の限界値まで魔法を込めてある。

 レシピでは火の攻撃魔法を使用しているが、創食祭の時は主に目眩ましに使ったそうだから、今回は属性を光に変えてみた。

 同程度の素材を使えば、属性の違う物も作れるようだ。

 目が眩んだところに光の矢が複数飛んでいく。

 光の属性を活かし、攻撃を反射されても、さらに反射し返す機能も付けてみた。


 パラフィストファイスの還印、改造版。

 これはガイン、エルシア、リューズベルトの三人分だ。これが発動するのは本当に危険な時だけだから、出番がないことを祈っている。

 これも反射機能付き。


 フィーリアの首飾り、これは全員分。

 使用回数を増やし、ちょっとした攻撃でも跳ね返すようにした。その分、威力は少しだけ落ちている。


 デキーラオの髪飾り、改造版。

 今回作った中では、これが一番大変だったかも知れない。フェルドラルにも手伝ってもらい、毛の一本一本に見えなくなる魔法を掛けたのだ。

 無色透明な長針となっている。

 時間も材料もないから二つしか作れなかった。

 なので、これはガインとエルシア用だ。


 そして、これは今回初めて作った。

 エルシアの工房にあった本に載っていた拘束を無効化する魔術具、クラヴィスの腕輪。

 神殿の魔術具にどう反応するかは分からないが、これは見つけた時から作ろうと決めていた。

 材料が一つ分しか手に入らなかったのは残念だが、無いよりは良しとする。

 これは言わずとも、ガイン専用だ。

 たぶん、真っ先に敵前に飛び込むと思うから。


 ……それにしても。


 クラヴィスの腕輪以外、随分と攻撃的なお守りばかりとなってしまった。

 お守りというよりは、もう武器だと思う。

 身を守るためとはいえ、人を傷つけるかも知れない物を作るのは、いつまで経っても慣れそうにない。


「姫様、そろそろお休みの時間ですよ」

「……はい」


 他に作れる物はないか考えていると、フェルドラルにレシピと本を取り上げられた。

 水魔法で身体を洗い、服を着替えてベッドに入る。


 ……いよいよだ。


 明日の夜は、神兵であるクインハートたち神官とキースクリフの率いる神殿騎士たちが、神殿内にいる無関係な者たちを全員、門の外へ逃すことになっている。

 その後、神が地上界へ繋がる五つの門を全て閉ざすそうだ。


 そして明後日の未明には、ガインとエルシアはリューズベルトと共に神殿へと向かうことになっている。

 明日行けば、ルーリアもしばらくは学園は休みだ。


 実は今回、神殿へ向かうガインたちの分とは別に、もう一つ作った物があった。

 セルギウスへのお守りだ。

 前にもらったお守りで助けられたから、そのお返しに作ってみたのだ。


 黒い魔石を使った、首飾り型のお守り。

 フィーリアの首飾りを改造した物だが、少しでも長く守れるように、使用回数を増やして魔力を限界のギリギリまで込めてみた。


 魔石は物置にあった物の中で、セルギウスに似合いそうな色を選んでいる。黒だけど、光にかざすと濃い緑色に光る綺麗な魔石だ。

 魔石の中に込めた風と闇の魔力が淡く光り、小さな植物のような模様を浮かび上がらせる。

 それがヨトリの四つ葉に似ていて、ちょっと可愛いとルーリアは思った。


 近頃セルギウスは、ずっと忙しそうにしているから、明日渡せるかどうかは分からない。

 ちょっと疲れているようにも見えたから、魔虫の蜂蜜も少しだけ一緒に渡そうと考えている。


 人に物を渡すと、またフェルドラルからお小言が飛んでくるだろうけど、そのフェルドラルも明後日にはガインたちと一緒に神殿へ行ってしまう。


「フェルドラル、手を出してください」

「はい、姫様」


 ルーリアは今日も眠りに就くまでの間、フェルドラルに魔力を送り続けた。


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