第257話 穴があったら入りたい
『芸軍祭運営本部より、トーナメント戦をお楽しみ中の皆様にお知らせいたします。このあと4回戦、第4対戦を予定しておりましたが、出場者の欠場により対戦相手方を不戦勝といたします。なお、賭け事に参加されている皆様には払い戻しを──』
「えっ!?」と声をそろえ、ルーリアとフェルドラルは顔を見合わせた。
「……欠場?」
「まさか、今さら気付くとは」
「これって、セルかアトラルのどちらかに何かがあって対戦に出られなくなった、って意味ですよね? 大丈夫なんでしょうか?」
心配そうな顔でルーリアが尋ねると、舌打ちでもしそうな苦々しい顔でフェルドラルは首を横に振る。
「この場合、出られなくなったのではなく、出る必要がないということに今さら気付いた、と言った方が正しいかと思いますわ」
どういう意味か分からず首を傾げるルーリアに、欠場したのは恐らくセルギウスであるとフェルドラルは告げる。
「誰かに何かを言われたか、あるいは自分で気付いたのかは知りませんが、トーナメント戦に出場する必要など全くないことに本人がようやく気付いたのでしょう」
「えっ、ようやくって?」
「これは出場者側の話になりますが、トーナメント戦では勝利した者に報奨金が支払われます。それが目当てで参加している者や、自分の力を外に知らしめるため、己の力量を試すためなど、何かしら参加理由がそれぞれにあるのです」
トーナメント戦で得られる報奨金は、とんでもない額になる時もある。だから軍部の者たちは、出場枠を決める序列にあれほど拘っていたのだとフェルドラルは言う。
「じゃあ、セルは……」
「あの者に大衆の前に出てまで、トーナメント戦に参加する理由があるとは思えません」
「それなら、今まではどうして?」
「姫様。あの者の性格をお考えになってみてください」
セルギウスの性格?……何だろう。
「…………真面目?」
「それです」
なんと。周りに出場を断る者が誰もいなかったから、当たり前に出るものだと思っていたのだろうと言われれば納得だ。学園の祭りだから、生徒のみんなが参加して当然だとルーリアも考えていた。トーナメント戦に参加する理由が、それぞれにあったなんて。
「でも、それだと真っ先にリューズベルトが欠場していると思うんですけど?」
「あの者は仮にも勇者です。大方、神に『勇者の強さを見せて人々を安心させるのも大切な役目だ』などと、
……神様が
もしかしたら声が届いているかも知れないのに、不敬な発言でフェルドラルに天罰が下らないが心配になってくる。
「しかし、こうなってきますと、準決勝の1戦目と決勝以外は読めない戦いになりそうですわ」
準決勝の1戦目は、リューズベルト対ランティスだ。
「その口ぶりだと、フェルの中ではリューズベルトは何をおいても信頼できる強さなんですね」
「ええ。不本意ながら、あの者の実力は幼い頃より知っておりますので」
セルギウスがいない今、フェルドラルはリューズベルト以外が優勝するとは考えていないようだ。
準決勝の2戦目は、エグゼリオ対アトラルだ。
これは因縁の、というか、言うまでもなく全力の殴り合いになりそうだと思った。
そんなことを考えていると、また運営本部から知らせが入る。
『この後、トーナメント戦は準決勝へと移ります。その前にご来場の皆様には、先日行われました美男美女コンテストの結果を発表させていただきたいと思います』
思わず「うげっ」とか、変な声が出そうになった。もうすっかり忘れていたのに。
「……ぅ、うわぁー……」
石舞台の上に浮かぶ大きなスクリーンに、コンテストの1~3位までの全身映像が映し出される。
映像はやたらキラキラと加工され、その横には投票者のひと言コメントがズラリと並んでいた。
『男性部門』
1位・ガイン
2位・セルギウス
3位・キースクリフ
『女性部門』
1位・セルギウスの婚約者?
2位・エルシア
3位・ルーリア
もちろん映像のみで名前は出ていない。
これはどう考えても目立ってしまった順に並んでいるだけだろう。
ガインに寄せられたコメントで多かったのは「イケメン婚約者の目の前で心変わりさせるとか」「焼きもち焼きの彼女を持つと大変そう」「泥沼な続きが見たい」などだ。
セルギウスには「女運悪そう」「どんまい」「ねぇ、今どんな気持ち?」と、微妙なコメントが並ぶ。
キースクリフへは「浮気者」「てめぇの顔は忘れちゃいねぇ」「浮気者」。
セルギウスの婚約者(?)には「いいぞ、もっとやれ」「俺もうずめられたい」「神ですら困惑」。
エルシアには「焼きもち最高」「魔王かと思った」「トーナメント戦に出て欲しかった」。
ルーリアには「巨乳に溺れる」「代われるものなら代わりたかった」「羨ましい」。
そんなコメントが大勢の前で映し出され、ルーリアは全力でダッシュして逃げたくなった。
……こ、これはめちゃくちゃ恥ずかしいっ!
しかし、隣で楽しそうに賭け事を始めたフェルドラルに今すぐ帰るとも言えず、ルーリアは準決勝の間、深くフードを被ってどうにか耐えたのだった。
◇◇◇◇
課題を終えたルーリアが闘技場へ入ってきたのを見て、クレイドルがいつものように観戦席へ向かおうとすると、リューズベルトから呼び止められる。
「レイド、少し話があるんだが、いいか?」
「……話? リューズベルトは今から準決勝だろ?」
「ああ。それは大丈夫だ。すぐに終わらせてくる。出来ればルリのいないところで話を聞きたいから、そのまま待っていてくれると助かるんだが」
名前を出して露骨に牽制してきたリューズベルトに、クレイドルは訝しむ目を向けた。
「……何の話だ?」
「ちょっと込み入った話だ。お前の気持ちを確認したい」
「オレの気持ち?」
そう言われ、自分があれほど苦労したランティスの刃さばきを難なく退け、リューズベルトは早々に準決勝を終えて戻ってきた。
自分とリューズベルトの実力差は分かっていたつもりだが、こうまざまざと見せつけられると内心は複雑だ。
「……それで、オレの気持ちの確認とは?」
「単刀直入に言おう。お前はルーリアをどう思っている?」
「──ッ!?」
音断の魔術具を使い、人気のない所でリューズベルトが問いかけてきたのは、まさしくクレイドルの気持ちについてだった。
しかもルリではなく、ルーリアと呼んでいる。
こちらが魔族であることも知っている可能性が高いと、クレイドルは判断した。
「……それを聞いてどうする?」
「オレは自分が誰の味方をするべきか、自分で判断したいと思っている。ルーリアはオレの親代わりとも言える恩人の娘だ。不幸にするヤツは絶対に許さない」
心の底まで見透すような澄んだ青い瞳に見据えられ、クレイドルは思わず息を呑んだ。
嘘をつくつもりはないが、誤魔化すことさえ躊躇わせる視線に腹を
「オレは今、自分の身の上が面倒な位置にある。だが、それらが全て片付いたら、オレはルーリアのために生きたいと思っている。そのために強くなる努力は続けるつもりだ。……もし許されるのなら、ルーリアの傍にありたいと、そう思っている」
クレイドルが自分の気持ちを正直に話すと、リューズベルトは目を見張り、何度か口を開け閉めした後、耐え切れなくなったように視線を逸らした。自分で聞いておきながら、照れたように顔を赤らめているのはなぜなのか。
「……その、済まない。オレが聞きたかったのは、ルーリアを都合良く扱おうとしていないか、とか、場合によっては戦いに巻き込もうとしているんじゃないか、とか。そういう話だったんだが……」
どうやら話の方向性が思いっきり違っていたらしい。クレイドルは手の平で顔を覆った。
「……その、レイドの気持ちは、分かった」
同情するように、ぽんと肩に手を乗せられ、クレイドルはその場にしゃがみ込んだ。
「…………」
あぁあぁぁッ! 何が悲しくて先にリューズベルトに告白しなければならないんだッ!?
そう叫びたいのを必死に堪えていると、リューズベルトは確認するように口を開いた。
「ルーリアは自分では大人のつもりでいるらしいが、周りはまだ子供だと思っている。……身体の成長が遅いのは知っているか?」
「ああ、本人から聞いて知っている」
「ルーリアの今の状態では、同じ早さで生きていくことは難しいだろう。魔術具を使って大人の姿になったとしても、それはルーリア本来の姿ではない。その辺りはどう考えているんだ?」
少し前までは、ルーリアとリューズベルトの接点はそこまで深くないと思っていたが、ここ最近で何かあったのだろうか。まるで兄妹のような口ぶりだ。
「オレはルーリアが大人になるまで何年でも待つつもりだ。その時になってルーリアが誰を選ぶかは、ルーリア自身が決めるべきだと考えている。自分の気持ちを一方的に押しつけるつもりはない」
「さすがにその辺りは大人だな。オレとしては、ここまでレイドの気持ちを知ってしまった以上、もう一人、同じように気持ちを知りたいヤツがいるんだが……」
これは尋ねるまでもなく、セルギウスのことを言っているのだろう。なぜか突然4回戦目の出場を取り止め、セルギウスは帰ってしまった。
「リューズベルト、その話はオレが自分でセルにしようと考えている。あの婚約者とか名乗った女が学園に現れてから、セルの様子が少し変だった。ルーリアもしばらくは学園を休むと言っていたから、それが終わって落ち着いた頃に話をしようかと思う」
「そうか。何度も同じことを尋ねるのは止めた方がいいだろうからな。セルに関してはレイドに任せる。結果だけ教えてくれ。もしセルがレイドに話そうとしない時は、悪いが口を挟ませてもらうぞ」
「ああ、それで構わない」
しかし、ここまでリューズベルトがルーリアのことを気にかけているとは思わなかった。
「そういえば、そういうリューズベルトはルーリアのことをどう思っているんだ?」
「オレか?……オレにとっては不器用でお節介な妹だ」
そう言って目を細めるリューズベルトを見て、ルーリアも同じことを考えていそうだな、と感じたことは黙っておいた。
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