第253話 本祭
今日は芸軍祭の二日目、本祭だ。
芸軍祭の中でも一番来園者が多い日だと言われている。その理由はトーナメント戦にあった。
トーナメント戦の最終的な順位を決めるのは明日の後夜祭だが、今日は対戦数がそれなりに多く、しかも強者ぞろいとなるから賭け事が一番盛り上がるらしい。
ちなみに昨日は全員の1回戦目があり、一日でシュトラ・ヴァシーリエが30戦も行われたそうだ。
そんな日なので、菓子学科の課題も昨日の倍だ。今日は気合いを入れて、千個のシュークリームを売り切りたいと思う。
「おはようございます、グレイス」
「おはよう、ルリ」
今日の課題分のシュークリームを受け取るため、ルーリアは菓子学科の調理室にいるグレイスのもとを訪れていた。
「グレイス、すみません。ちょっとお話ししたいことがあるのですが」
「あら、何かしら?」
ルーリアは祭りが始まって忙しくなる前に、昨日家で決まったことをグレイスにも話すことにした。もちろん神殿の話は抜きにして、だけど。
「……まぁ。じゃあ、お家の都合で四日後から当分の間は学園をお休みするんですね?」
「はい。両親がいない間は、どうしても家を留守にする訳にはいかなくて……」
「お仕事の都合ならば仕方がないですものね」
グレイスは残念そうに頷いた後、頬に手を当て少し考え込んだ。
「……そうですね。それでしたらルリにはお休みしている間、良い物を貸してあげましょう」
「良い物、ですか?」
……何だろう?
グレイスは鍵が掛かっていた書棚から、一冊の紙の束を取り出した。本というよりは表紙を付けて紐で縛っただけの物だ。
「これは今まで菓子学科に通っていた生徒たちが残した、故郷に伝わるお菓子や珍しい食材をまとめた資料です。これを貸し出しますので、お休みの間に作ったり書き写したりして勉強してみてください」
受け取って少しだけ中を覗いてみたけど、びっしりと手書きの文字が書かれ、内容もかなり濃いもののように思える。
「こんな貴重な物を貸してもらってもいいんですか? ありがとうございます」
知らない土地のお菓子や珍しい食材!
聞いただけで、わくわくする。
これはきっとシャルティエも喜ぶだろう。
頑張って書き写して、いつも料理のレシピを見せてくれているシャルティエに今度は自分が見せてあげよう。
「じゃあ、今日も頑張ってくださいね」
「はいっ」
グレイスに資料のお礼を伝え、シュークリームを運搬用の魔術具で包み、模擬店のある闘技場周辺へと向かう。
今日も昨日と同じ場所だ。
他の学科の生徒たちも模擬店の準備を始めている。
今日のルーリアの予定は、課題のシュークリームを販売することだけだった。昨日の倍の数だから、丸一日はかかると見ている。さすがに今日は自由時間も取れないだろう。
うん。今日も一日、頑張ろうっ。
「シャルティエ。おはよう」
「ルリ、おはよう。今日も頑張ろうね」
「はい」
シャルティエはいつもと変わらない笑顔を返してくれた。それだけで、自分の中の不安が少しだけ薄れたような気がする。
「あのね、シャルティエ」
ルーリアはシャルティエにも、しばらく学園を休むと伝えた。
「う~ん、そっかぁ。寂しくなるけど、フェルさんがいない間は仕方がないね。ルリの安全が第一だし。出来るだけ早く通えるようになるといいね」
「はい。あと、休み中の課題にって、グレイスから良い物を借りました。書き写したらシャルティエにも見せますね」
「えっ、良い物? なになに?」
そんなおしゃべりをしながら模擬店の準備を終えたルーリアたちは、花火の音と共に二日目の本祭を迎えた。
昨日の人出もすごかったけど、今日はあれ以上になるのだろうか。接客は昨日ひと通りこなしたので、少しだけ気持ちに余裕があった。よほどの珍客が来なければ大丈夫だろう。たぶん。
正門の方で赤い花火が上がり、人の波が流れ込んでくるのは昨日と一緒だ。あっという間に地面が見えなくなり、昨日より人が多いと感じられた。
模擬店の方も闘技場に人が押し寄せるのと同時に忙しくなる。
「シュークリーム3個ちょうだい」
「はい、ありがとうございます!」
嬉しいことに絶え間なくお客が来てくれて、人の列が途切れることはない。よく見たら、昨日買ってくれた人がまた並んでくれていた。
……うわぁぁ、めちゃくちゃ嬉しい!!
「たくさん欲しいんだけど、箱とかに入れてもらえる?」
「はい、大丈夫です。いくつでしょうか?」
「じゃあ、20個お願いね」
「はいっ、ありがとうございます!」
昨日シャルティエから「もしかしたら明日は、たくさん買ってくれる人も来るかもよ?」と言われ、箱をいくつか用意しておいて良かった。
ありがとう、シャルティエ!
こんなに長い時間、大きな声を出し続けたのは初めてかも知れない。まとめて買っていってくれる客もいたので、昨日よりシュークリームの減りが早い気がした。
この調子だったら、自由時間が取れるかも?
そんなことを考えていると、足元からちょいちょいとマントを引っ張られる感覚があった。
「……んっ?」
見ると、そこにはなぜか小さくしゃがみ込んだランティスがいる。
「えぇっ!? ラ、ランティス? 何してるんですか、そんな所で?」
他の客に聞こえないように、少し
「……ルリのシュークリーム食べたい。買いに来たけど、並ぶのは嫌」
えぇっ! ど、どうしようっ?
困ってキョロキョロ辺りを見回すと、モップル先生と巡回中のグレイスと目が合った。
グレイスは足元にいるランティスに気付き、手で大きく
……うん、ダメっぽい。
「ランティス、ごめんなさい。先生たちにバレています。販売は並んだ人からじゃないと出来そうにありません」
「うぅー……」
ぐっと口をへの字に曲げ、ランティスは小さく唸っていじけた。何となく、耳もしっぽもしょんぼりしている雰囲気だ。
「あの、もし今すぐでなくても良かったら、今度、家で作って持ってきますよ?」
「ほんとっ?」
ランティスはバッと勢いよく顔を上げ、キラキラとした瞳で見つめてきた。
知っている人にシュークリームを食べたいと言ってもらえたのは初めてだから、自分としてはとても嬉しい。
「はい、約束します」
「分かった。じゃあ、今度お礼に何か採ってくる」
「えっ……?」
それだけ言い残すと、ランティスは人波を飛び越え、あっという間に姿が見えなくなった。
……な、何かって、何だろ?
虫とかじゃなければいいなぁ、なんて思ってしまった。実は蜂以外、虫は苦手だったりする。
「シュークリームを5つくれ」
「はい、ありがとうございますっ!」
そんなこともありながら、午後に入って少し経った頃、シャルティエから少し遅れてルーリアも無事にシュークリームを完売させることが出来た。
やった、やった! 完売ですよ!
終わったぁぁ~~~!!
ずっと目まぐるしく動いていたから時間が経つのは早かったけど、終わると同時にぐったりとした疲労感と、飛び跳ねたくなるような達成感が込み上げてくる。
……この後、どうしよう?
早く家に帰った方がいいような気もするけど、でも、家に帰ったら嫌でも神殿のことを思い出してしまう。
ガインたちと一緒にいる時間も大切にしたいけど、ここでの時間も、いつまで続けられるか分からないから大事にしたい。
……あと、もう少しだけ、学園にいよう。
少し迷った後、ルーリアは模擬店を片付け、闘技場の中へ入って行った。
闘技場の入り口にある薄い膜を通り抜けた瞬間、直接ドンと響くような大音量の人の声が全身に叩きつけられた。
激しい興奮と絶叫と熱狂が場を埋め尽くす。
「ッうっしゃあぁああぁぁ~~ッ!!」
「そこだァッ! やっちまえぇー!」
「くっそ! そこは下からだろォがーッ!!」
ひいぃッ! こ、怖すぎるッ!!
まるで観戦席にいる人たちの方が何かと戦っているようだった。
石舞台のスクリーンに目を向けると、そこにはクラウディオの姿がある。相手は知らない人だ。
……あ、クラウディオ、トーナメント戦に出られたんですね。
先生に「出してくれよ~!」と頼み込む姿が安易に想像できてしまった。石舞台に立つクラウディオは好戦的な笑みを浮かべ、とても楽しそうだ。
……他の人の結果はどうだろう?
観戦席は今日もすごい人だ。
どうにか空いている席を探して座り、ルーリアは芸軍祭のしおりに目を通していった。
……えぇっとー。
「あっ、2回戦目でウォルクスとレイドが当たっちゃってる」
これはクレイドルが勝っていた。
ナキスルビアはランティスに負けている。
あとは、リューズベルトが勝っていて、セルギウスはこの後すぐの対戦のようだ。
その他の名前を知っている人で勝ち進んでいるのは、今戦っているクラウディオとアトラル、人族グループのエグゼリオくらいだった。
「課題は終わったのか?」
「わっ!?」
頭の上から聞こえてきた声に驚いて顔を上げると、クレイドルが立っていた。
「よ、よくここにいるって分かりましたね」
「別にずっと見張ってた訳じゃないぞ」
今日は子供の姿だから、前の席の人に丸ごと隠れるくらいなのに、本当に鳥人は目が良いのだと感心してしまう。
「あの、昨日はありがとうございました。シュークリームはどうにか完売できましたよ。レイドはウォルクスと対戦だったんですね」
「ああ。まぁ、トーナメント戦だからな。こればっかりは仕方ない」
クレイドルにトーナメント表の見方を教えてもらい、昨日の内に次はウォルクスと戦うことが決まっていたことを知った。
「そうだ、ルリ。今日、手持ちはあるか?」
「……手持ち?」
どういうことだろうと思って首を傾げると、クレイドルは何かを企んでいるような顔をする。
「姫様に金銭の要求をしてくるとは、随分と不躾な鳥ですね」
「あ、そうか。今日は付き添いもいたんだな」
フェルドラルにも手持ちがあるか確認して、それなりに持っていると知るとクレイドルはニヤリとする。
「それならちょうど良い。ちょっとだけルリを大人の遊びに誘おうかと思ってな」
「……大人の遊び?」
クレイドルは親指を立て、クイッと舞台に向けて倒した。
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