第247話 演奏会デート―後
二日ぶりに訪れた大ホールは、この日のために豪華に飾りつけられ、通路には金の縁取りの赤い絨毯が敷かれ、入り口近くの天井には、まばゆく煌めく大きなシャンデリアが輝いていた。
……う、わあぁぁ~~……す、すごい!
入園式の時とは違い、とても贅沢な雰囲気となっている。
大ホールの中にいるのは誰も彼も着飾った人ばかりだ。男性は礼装、女性はドレス姿が多い。
人々の会話から、今年の学園にはダイアランの王族がいるから芸軍祭の芸部の催しが貴族たちの社交の場と化していることを知った。
……わ、わたし、こんなフードを被った灰色の地味な服でいていいんでしょうか?
シャツとズボンに上着を重ねているクレイドルはそこまで違和感はないけれど、明らかな自分の場違い感に顔も身体も強ばっていく。
リューズベルトが目立つと言っていた意味を、身をもって思い知った。
周りにいる綺麗な装いの女性たちと、影のように顔を隠した自分の服装を見比べ、消えてしまいたくなるような暗い気持ちになってしまう。
こんな自分と一緒にいたら、クレイドルにまで恥ずかしい思いをさせてしまうのではないだろうか。
ルーリアは俯いてギュッと口を引き結んだ。
「あら、あれは噂の菓子職人ではありません?」
「まぁ、可哀想に。いくら男性たちにちやほやされているとは言っても、ドレスを用意することも出来ないのね」
「ふふふ、せっかく戴いても見世物用の女神様のドレスでは社交には向きませんもの」
「私のお友達のお姉様は、あの菓子職人からひどいことをされましたのよ。顔にカエルを貼りつけられて、大ケガをさせられたのですって」
「まぁ、恐ろしい。野蛮な庶民はこれだから嫌ですわ」
傲慢な貴族特有の人を見下す視線をルーリアに向け、わざと周りに聞こえるように数人の女性が馬鹿にして嘲笑う。
「ルリ、済まない。ちょっとだけ付き合ってくれ」
「……え、レイド……?」
ぐいっとルーリアの腕を強く引くと、目付きを鋭くしたクレイドルは演奏会の会場には入らず、大ホールの外へ出てしまった。
そのまま足早に大股で歩き、どんどん大ホールの入り口から遠ざかって行く。
……あぁ、やっぱり一緒にいて恥ずかしかったんだ。
少し力のこもった手と荒い足音から、クレイドルが苛立っているのだと分かる。さっきまで楽しそうにしていたのに、自分がそれを壊してしまったのだ。
チケットのことも、服装のことも、何にも知らなかったから。クレイドルだって演奏会を楽しみにしていたのに。
バッと掴まれている手を振り払い、ルーリアがその場にしゃがみ込むと、クレイドルは慌てて振り返った。
「ど、どうした!?」
「……っ。ごめ、ごめん、なさい。わたしが、ちゃんと演奏会のこと、調べておかなかったから。レイドに恥をかかせて……っ。せっかく、楽しみにしてたのにっ。わたしが、台無しにして。本当に、ごめ、なさ……っ」
ボロボロと涙が溢れて止まらなかった。
服装を馬鹿にされたことよりも、演奏会に行けなくなったことよりも、チケットまで用意してくれたクレイドルに嫌な思いをさせてしまったことが辛くて、勝手に涙がこぼれていく。
ルーリアの泣き顔にぎょっとしたクレイドルは、その背中を撫でながら慌てて口を開いた。
「ッ済まない、ルリ。違うんだ!」
「……っく……違、う?」
涙に濡れた顔をルーリアが傾けると、クレイドルは「あぁあ~~」と、さらに苛ついたような声を上げ、髪をグシャッと掻き上げた。
「あんなアホみたいな女にやられっ放しじゃ悔しいから、やり返すために外に出ただけだ。あれだけルリが楽しみにしていたのに、演奏会に行かないなんて選択肢はない」
クレイドルはポケットから布を取り出し、ルーリアの目元を優しく拭う。
「ルリがそんな風に思っていたのに、説明もせずに連れ出して悪かった。これ以上、ルリが嫌な思いをしないで済むようにするから、ここは任せてくれないか?」
あまりにもクレイドルが困った顔をするから、何をしようとしているのかも聞かずに、ルーリアはこくりと頷いた。それを見て、クレイドルはホッと息をつく。
そうと決まれば……と、クレイドルは大ホールの裏口へ回り、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉から平然とした顔で入って行った。
「おい! ここは関係者以外は、」
と、さっそく呼び止められても「衣部のシルトとマティーナに呼ばれて来た。案内してくれ」などと、しれっとした顔で言う。クレイドルに任せると返事をしたルーリアは、大人しくその後を付いて行った。
「あれっ? 二人してどうしたの?」
不思議そうな顔をするシルトとマティーナにクレイドルは大ホールの入り口近くであったことを話し、演奏会の間、演劇の衣装を貸して欲しいと頼んだ。
「何その女の人たち~。ムカつく~」
「でも、劇の衣装を勝手に個人に貸したら、さすがに先生に怒られるんじゃないかな?」
「それなら宣伝に使うと言えばいい。今年は新しい劇にしたことで、客層が若いヤツらに偏っているんだろ?」
「あ、な~るほど。それはいいね!」
芸部の人たちがそう話していたのを、クレイドルは聞いていたらしい。どんな劇をやるかは芸軍祭のしおりにも載っているので、衣装を着て見せるだけで宣伝になるそうだ。
マティーナが先生から宣伝の許可をあっさりもらってくると、とんとん拍子で劇の衣装に着替えることになった。もちろん、クレイドルも一緒だ。一人だけでは恥ずかしいから、道連れとなってもらった。
「おぉお~~、すごい! ルリが着ると王族じゃなくて、砂漠の女神ジグザールになるねっ!」
「うっとりするくらい綺麗~~」
「……うっ、あ、ありがとう、ございます?」
二人は大袈裟に褒めてくれるけど、本当にすごいのは驚くほど軽く、ため息が出るくらい美しい衣装の方だ。
透ける布を何枚も重ねて作ってある衣装は、星の光のように小さな宝石が散りばめられていて、動くときらきらと光を反射する。
とても素敵な衣装だけど、自分が着るとなると豪華すぎて恥ずかしさの方が勝ってしまった。
「うんうん。レイドもいいね。なかなか似合ってるよ!」
「ちゃんと王族してる~。ルリの方が女神すぎるから、残念ながら人だけど~」
褒めてるのか
「無理を言って済まない。借りていく」
「うん。華麗に登場して、うるさいヤツらを黙らせちゃえっ!」
「ルリは無理しないでね~」
「はい。ありがとうございます」
そんな感じで再び大ホールの入り口へと向かう途中、珍しくクレイドルがニヤリと黒く笑った。
「ルリ、本気で黙らせるぞ」
……おおぅ。
クレイドルは相当怒っているようだ。
ちょっと怖い笑顔のまま紐状の腕飾りを外していく。外してしまっていいのだろうか。
「人を辞めるんですか?」
「女神の隣に立つには、これくらいしないとだろ」
「レイドがその姿で出るのなら、わたしなんて誰の目にも入らないですよ」
大ホールの入り口から中へ入ると一瞬だけザワッと声が上がり、シンと静まり返った後、あちこちから息を呑む気配だけが伝わってきた。
男性も女性もクレイドルに目が釘付けとなり、息をしているのか心配になるくらい固まっているのが分かる。ルーリアもかなりドキドキしていた。
「ルリ、手を」
「はい」
クレイドルに差し出された手を取り足を進めると、腕と足に重ね着けている輪がシャンと鳴る。
長い黒髪の毛先に飾りつけた、たくさんの小さな鈴がシャラシャラと軽やかな音を立てていく。
ほぅ……っと、クレイドルを見た人たちからは魂が抜けるような息が漏れ出ていた。
人が避けて出来た道を進んでいると、別の方向からも人が避けて出来た道を歩いてくる人がいる。
誰かと思えば、この国の第三王子、リヴェリオ・ダイアランだった。その後ろには護衛のダンテと数名の近衛騎士がいる。
「良かった。気分を害して帰ってしまったかも知れないと知らせを聞き、心配していました」
人垣の一角へ流れるリヴェリオの目の動きをルーリアが追う。すると、すっかりクレイドルに心を奪われた顔の女性たちがいた。先ほどルーリアを馬鹿にしていた女性たちだ。
「王族の客人とも言える貴女を
すぅっと細められたリヴェリオの視線に気付いた女性たちは、ザッと顔面蒼白となりカタカタと小刻みに震え出した。それを見てフッと唇の端を上げたクレイドルは、リヴェリオの顔をじっと見据える。
「どうやら下界は騒がしいようだ。砂漠の女神には静かな上界から音を愛でていただきたいのだが、相応しいオアシスはあるだろうか」
「ええ、そのつもりでここへ来ました。こちらへどうぞ」
二人の会話の意味が分からないルーリアは、気付いたら二階の席へと案内されていた。
……えぇぇっ!? どういうこと!?
ここは一般の生徒が使うことはない王族や上級貴族のための貴賓席で、割と広めの個室にゆったりと座れる長椅子と飲み物などを置くためのテーブルがあった。
椅子に座って舞台を覗き込めば、全体がよく見渡せるようになっている。そんな場所にいるのは、自分とクレイドルだけだった。
「ど、どうしてこんなことに!?」
「下は口うるさいヤツらが多いから、気を遣ってくれたんだろ。特等席で良かったな」
「!? いやいやいやいや!」
良いとか良くないとかの話ではないと思う。
せっかく劇の衣装を借りてきたのに、宣伝をしなくてもいいのだろうか。
しかしすぐに開演の時間となり、会場内の照明が薄暗く落とされ、下ろされていた舞台の幕が上がり、華々しく演奏会が始まった。
舞台の上には大小様々な楽器を手にした人たちが並び、次々と音楽を奏でていく。
楽しい音、切ない音、荘厳な音、軽快な音。
明るい音に暗い音と、いろんな楽器の音が重なり合い、一つとなる。
全身で受け止める嵐のような音楽に、ルーリアは感動で鳥肌が立つほど心を鷲掴みにされた。
まるでそこに特別な感情でもあるように、自分の気持ちが大きく揺らめいていく。
言葉を失うほど強く心を打たれ、耳に響く音の群れに胸が熱くなる。無意識に胸の前で手を握りしめたルーリアは、降り注ぐ音の心地好さに溺れるように酔いしれていた。
全部で八曲の音楽が演奏され、あっという間に予定されていた演奏時間は過ぎていく。
最後に『アンコール』というもので、もう一曲だけ演奏してもらい、今度こそ演奏会は幕を下ろしたのだった。
「……はぁ……。もう終わっちゃいました」
こんなに素敵な余韻を感じたことはないと伝えると、クレイドルはとても柔らかな笑みを浮かべ、ルーリアの頭をそっと撫でた。
「喜んでもらえたのなら良かった」
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