第239話 投票企画の舞台裏


 集合時間が近付いてきたのでクレイドルと別れ、ルーリアは集合場所へと向かう。


 場所は闘技場の裏舞台となる、布で仕切られた一画だ。そこに運営本部の大きな円形のテントがある。簡素な布張りの造りで、創食祭で尋問を受けた時のテントに似ている。あの時のことを思い出すと、中に入るのを躊躇ってしまった。


 ……もう参加者は集まっているんでしょうか?


 テントの入り口の布をめくり、中の様子をそっと窺う。ざっくり見たところ、五十人くらいはいるようだ。割と人が多い。

 中で待つとしても、誰かに話しかけられたら困る。出来るだけギリギリのタイミングで入りたいと考えていると、後ろから声をかけられた。


「こんな所で何をうろうろしている? 中に入らないのか?」

「ひっ! い、いえ、あの……」


 慌てて声をかけてきた人を確認すると、そこに立っていたのはセルギウスだった。

 こちらを見て軽く驚いている。


「ルリは……どうしてその姿に?」


 ……バ、バレてるっ!


 なぜか普通に名前を呼ばれてしまった。

 クレイドルといい、どうしてこうもあっさりと見破られてしまうのだろう?


「……あの、すみません。この姿の時は名前を呼ぶのを止めて欲しいです」


 困った顔でお願いすると訳ありと受け取ったのか、セルギウスは神妙な顔で「分かった」と頷いてくれた。


「あの、セルも投票企画でここに?」

「ああ。神から脅迫状が送られてきた」


 やっぱりあれは脅迫だったんだ、と苦い顔のセルギウスを見て何とも言えない気持ちになる。

 女子生徒に人気があるセルギウスが呼ばれるのは避けようがないだろう。


 ……あ、女子生徒に人気で、ってことは。


「どうした、セル。中に入らないのか? オレは顔を出したらすぐに帰るぞ。この時間に来いとしか言われてないからな」


 もしかして、と思ったら、不満たっぷり顔のリューズベルトが歩いてきた。やはり呼ばれていたようだ。


「……誰だ? セル、お前の知り合いか?」


 リューズベルトはこちらに気付くなり、警戒するように目つきを鋭くする。


「あ、いや。この者は……」

「──なんてな」

「あっ……!」


 セルギウスが答えを返す前に、リューズベルトはルーリアの左腕を掴んで引き寄せた。グイッと服の袖をめくり、手首にあるお守りに視線を落とす。


「やっぱりルリか。何してるんだ?」

「え、えっと……あ、あははー」


 ……だから、何でこうもあっさりと!?


 バレてしまっては仕方がないので、二人には事情を話した。来たくて来た訳ではないし、出来るだけ正体を隠したいのだと伝えておく。

 リューズベルトとセルギウスは企画に参加するのを断るつもりで、ここに来たらしい。


「……なるほど。ルリは理衣祭で目をつけられたのか」

「あの時は、まさかこんなことになるなんて思っていませんでした。それにしても、二人ともよくわたしだと気付きましたね。どうしてすぐに分かったんですか?」

「オレはエーシャと似ていたからピンときた」

「私は……何となくだ」

「……何となくでバレる程度なんですね、わたし」


 自分なりに対策を考えて頑張ったのに。

 ちょっとへこむ。


「まぁ、前の祭りで目立つようなことをしたルリは自業自得だな」

「……うぅっ」


 それには返す言葉もない。

 小馬鹿にするように見下ろしてくるリューズベルトを、ぐぬぬ……と睨んでいると、納得がいかない顔でセルギウスは眉を上げた。


「……私は目立つようなことは何もしていないのだがな。なぜ呼び出されたのか」


 真剣な顔で思い当たるものがないと考え込むセルギウスに、リューズベルトは呆れた声を投げつける。


「顔だ、顔。セルはどうせ、何のためにここに呼ばれたのかも分かってないんだろう」

「お前は分かるのか?」

「……それが素なら、この話の続きはメガネの前でした方がいいな。きっと血の涙を流して喜ぶ」

「……?」

「セルはお父さんとお母さん、どちらに似たんですか?」


 いきなり話題を変えたからか、一瞬だけ不可解そうな表情を浮かべ、セルギウスは懐かしむような目をしてゆっくりと口を開いた。


「……私は、母親似だと言われている」

「神様がなさろうとしているのは、この呼び出しで集まった人たちの中から自分好みの容姿の人を選んで、投票して楽しむ企画なんだそうです。投票するのは来園した人たちらしいですよ。セルのお母さんが素敵な人だったのなら、似ていると言われたセルが呼ばれるのは自然なことだと思えませんか?」


 自分は母親、セルギウスも母親、リューズベルトは父親。それぞれ親からもらった良い所が選ばれたのだと思うと、ちょっと嬉しくなるというか、そんな気持ちにならないかと自分の感じたことを話してみる。

 するとセルギウスはハッとしたように目を見張り、「そういう呼び出しか」と、嬉しそうな声で呟いた。


「……父さんの、か。オレの姿を見て、父さんのことを思い出すヤツもいるのかも知れないな」


 過去の勇者は人々の記憶からすぐに忘れ去られてしまう。リューズベルトはそう言って切なげに目を伏せた。


「自分の親が選ばれた、というルリの考えは私も良いと思う」

「わたしは自分が選ばれたなんて思えませんでしたから。お父さんとお母さんの子供だったから選ばれたんだと考えたら、自然と納得できただけの話です」


 リューズベルトは「まぁ、確かに」と、セルギウスと顔を見合わせ、小さく肩を竦める。


「そこまで言われたら行くしかないか」

「ああ、そうだな」

「あ、リューズベルト。わたしの名前は呼ばないでくださいね。一応、この姿のことは秘密なんですから」

「ああ、分かった。……分かるヤツにはすでにバレてると思うけどな」


 意地悪そうに唇の端を上げるリューズベルトの背中を押し、二人をテントに押し込む。

 わざと間を空けてから自分もテントに入った。


 この姿の自分に知り合いはいない。

 二人とは、あくまで他人を装いたいと思う。


 ただ、集合時間ギリギリに入ったせいか、運営本部の人の目に留まるなり着替え室へと直行させられる。


「すみません。時間がないので説明は省かせて頂きます。このまま着替え室の中で立ってお待ちください」

「え? え?」


 いったい何が起こるのだろう。

 周りの慌ただしい雰囲気に身構えていると、


『やぁ、みんなそろったね』


 と、楽しげな神の声が響いてきた。


『今からみんなには女神たちが一生懸命に考えた衣装に着替えてもらうよ。着替えって言っても、こっちで勝手に着せ替えるから。そのまま立ってるだけでいいよ』


 ……えっ?


 そう思った次の瞬間には、パッと着ていた服が変わった。今まで着ていた服は足元のカゴの中に入っている。


「えぇえぇぇっ!?」


 周りからも「うわっ」とか「きゃぁっ」といった驚いた声が聞こえてくる。


 そして驚くことに、この着替え室にある鏡。

 魔術具で変化した後の、大人の姿を見ることが出来ている。よく見ると顔には薄らと化粧が施されていた。

 普段、自分では見ることのない人族での大人の姿にテンションが跳ね上がる。


 ……ぅわぁ! この鏡が欲しいっ!


『この衣装は参加賞としてプレゼントするから、各自で持って帰っていいよ。ちなみに女神の加護付きで、装備としては中々の物だから。これで戦闘する勇気がある人は使ってみてね』


 戦闘、と聞いて、着せ替えられた衣装に改めて視線を向ける。


 ……わ!! これが衣装!?


 ルーリアが着せ替えられたのは、胸元が大胆に明いた純白のロングドレスだった。

 ちょっとだけ、シルトとマティーナのデザインに似ているような気がする。


 背中もガッツリ明いていて、かなり色っぽくて大人っぽい。身体のラインがくっきりと浮かび上がっている。

 頭と耳と首と腕回りに白い羽根飾りがあり、両手には肘よりも長い手袋がはめられ、足は白いレースと羽根飾りが付いた靴を履いている。

 スカートの部分には、なぜか縦の切れ目が深く入っていて、動いたらいろいろと問題がありそうな状態となっていた。


 こ、これ、縫い忘れ!?

 恥ずかし過ぎるんですけど!?


 これで戦闘なんて無茶すぎるだろう。

 見せてはいけないものまで見えてしまいそうだ。間違いなく戦う相手が自分の羞恥心となる。


『じゃ、あとは係の人に従ってね。ボクはみんなを紹介する時にまた参加するから』


 あらかたの用は済んだようで、神の声の気配がフッと消える。その瞬間に、ルーリアの顔はサァッと青ざめた。


 ……ちょ、ちょっと待ってください、神様!?


 せめて! せめて、この縫い忘れをどうにかして欲しかった!


「では皆様。舞台にご案内いたしますので、着替え室から出てきてください」


 係の声が淡々と企画を進行する。


 嫌ですけど!

 思わず、大声で叫びそうになった。

 ガヤガヤと話す人の声と、次々と着替え室から出て行く参加者たちの足音に焦りが募る。


 ……ど、どうしよう。


 こんな姿では恥ずかしくて出て行けない。


「どうしました? 何か問題でもありましたか?」


 なかなか出てこようとしないルーリアに、係が声をかけてくる。


「大丈夫か?」

「どうした? 何かあったのか?」


 やや潜めた声でリューズベルトとセルギウスが尋ねてきた。迷いなく声をかけてきたということは、着替え室から出ていないのは自分だけなのだろう。

「うぅぅ~……」と頭を抱え、ルーリアは自分の羞恥心と戦う。参加することを嫌がっていた二人の背中を押すようなことを言っておいて、自分だけ逃げるなんて許されないだろう。


「……ご、ごめんなさい! その、ちょっと、いえ、かなり恥ずかしくて!」


 覚悟を決めてシャッと着替え室のカーテンを開けると、テントの中はシンと静まり返った。


「…………」

「…………」


 リューズベルトとセルギウスが目を見開いて、こっちを見ている。


 ……っああぁぁあっ! やっぱり変なんだ!


 二人は高級そうな布をふんだんに使った豪華な騎士服に身を包んでいた。物語の中で姫を助けに行く王子とかが着ていそうな、ちょっと派手な衣装だ。

 リューズベルトは白、セルギウスは黒を基調としている。防御力が高そうだし、割とそのまま戦闘も行けるのでは? と、思ってしまった。

 二人ともよく似合っていると思う。


「では舞台の準備が整いましたので、皆さん、こちらへ付いて来てください」


 ぞろぞろと、参加者たちはテントの外へと向かう。ここを出たら人目に晒されるのだと思うと足が竦んだ。


 ……ぅぐぅっ。


 こんな恰好で人前に出るなんて。

 もし両親が見ていたら、どうしてくれるのか。


 セルギウスが心配そうに見てきたので、にこりと微笑み返し、ドレスの裾を踏まないように両手で軽く摘まみ上げながら、ルーリアは仕方なくテントの外へ出た。


「…………え?」


 テントの外はなぜか石舞台の上だった。

 そして、たった今出てきたばかりなのに振り返ってもテントはない。


 ……え? どういうこと?


 舞台に立つ参加者たちの周りには、目隠し用の布のような物がぐるっと囲うように浮かんでいた。

 係は参加者たちに指示を出し、一列の横並びに立たせていく。全員が並び終わると、係の姿はすぅっと消えていった。


『さぁ、みんなお待たせ。芸軍祭名物・美男美女コンテストを始めるよ!』


 投票企画の開始を告げる神の声が闘技場内に響き渡ると、大きな歓声が湧き起こった。


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