第203話 妖精との雇用契約
「今日も楽器の練習か?」
言われてみれば、今日は海の家に行ける日だ。
中に行くのかと尋ねてくるバハルに、ルーリアは緩く首を振る。
「今は中には行きません。二人に話があってきました」
「話?」
「アタシたちに、なの?」
二人はキョトンとした顔を見合わせる。
「はい。本当はマーレにも一緒に話を聞いて欲しかったんですけど」
「マーレもなの?」
「それなら通信用のアイテムで中と繋ぐか?」
「えっ、そんな便利な物があるんですか?」
バハルはカウンターの上に、『モニター』と呼ばれる四角い卓上鏡のような物を置いた。
「これを使えば向こうと話せるぞ」
「本当ですか。ありがとうございます」
バハルがモニターの横にあるボタンを押すと、向こうの海の家のカウンターが映り、すぐに波の音が聞こえてきた。
「おーい、マーレ! いるかー?」
バハルが画面に向かって呼びかけると、ひょこっとマーレが日に焼けた顔を出す。
「あれれ、珍しいね。どした?」
「ルリからアタシたちに話があるらしいの」
ラメールはルーリアが見えるように、少しだけ横にモニターをずらした。
「へぇ、ルリが? 何だい、話って?」
「はい。実は……」
海の家の期間が過ぎたら、解毒草の栽培のために妖精である三人を雇いたいと、仕事の邪魔にならないよう手短に話す。
「三人は次の仕事とか、もう決まっていますか?」
「オイラは特にないよ。2か月も真面目に働くんだ。しばらくはのんびりしようと思ってる」
「アタシもなの。サンキシュに戻って、ゆっくりするつもりなの」
「ボクもだ」
良かった。三人とも次の予定はないらしい。
話を聞くと、三人のように他の国で仕事をする妖精は珍しいそうだ。だいたいの妖精は、生まれ育った場所で一生を過ごすらしい。
「ところで、ルリの言う解毒草の栽培って、何をするんだ?」
「そうですね。解毒草の管理が一番ですけど、畑の柵が壊れていないか見て回ったり、肥料をあげたり、育った葉を収穫したり、でしょうか」
「なんだ、楽勝だな」
魔物や害獣はガインが退治してくれるし、水やりや草むしりはエルシアが魔法で済ませてくれる。特に難しいことはないはずだ。
そう思ったけど、話を聞いたラメールは渋い顔をしている。
「ルリ。悪いけど、アタシは解毒草の栽培は合わないの」
「えっ、合わない?」
「アタシは畑仕事より解毒薬を作る方が合うの」
「えっ。それは、ラメールは調合が出来るということですか?」
「そうなの。アタシの得意分野は調合なの」
なんと! それは有り難い。
解毒薬の調合は、空いた時間にちょっとずつするつもりでいた。だけど、作れる量には限りがある。解毒草の収穫量が多くなってきたら、エルシアに手伝ってもらおうと考えていたのだ。
しかし、エルシアに頼むと魔改造される危険がある。武器であるフェルドラルに頼むのもどうなのだろうと悩んでいたから、大助かりだ。
「それならラメールには薬の調合をお願いしたいです。バハルとマーレはどうですか?」
「ボクは大丈夫だ。仕事ってよりは森に遊びに行くようなもんじゃないか」
「オイラも大丈夫だよ。それで、期間はいつからいつまでだい? それと、こっちも」
マーレは人差し指と親指で丸を作る。
これはコインを意味しているらしい。
期間も賃金も、ガインと話をして決めてある。
「とりあえず期間は卒園の頃までです。場合によっては仕事の延長をお願いするかも知れません。その時は、また改めて相談させてもらいます。賃金はいくらくらいがいいとか、希望はありますか?」
希望額が高かったら値下げ交渉というものもあるらしいが、そこまで出来る自信はない。
「その仕事は住み込みかい? それとも通い? それによっちゃ、希望額も変わってくるかな」
「どちらでも好きな方を選んでもらって大丈夫です。寝泊まりするための部屋もありますので」
もし全員が住み込み希望なら、しばらくは一階の客室を使ってもらい、その間にガインたちに専用の山小屋を建ててもらう予定だ。
場所は解毒草の畑の近くとなる。
「転移するだけの魔力が勿体ないから、オイラは住み込みがいいかな」
「アタシも住み込みがいいの。調合するなら魔力も使うから、その方が便利なの」
「じゃあ、ボクも。転移分の魔力は節約したいからな」
三人とも住み込み希望のようだ。
ラメールが調合を手伝ってくれるなら、魔力を回復させるために魔虫の蜂蜜も渡そうと思う。
「あの、転移で使う魔力って、妖精にとっては負担が大きいんですか?」
「なに言ってるの。誰にとっても転移は魔力がたくさんいるの。ホイホイ使えるものじゃないの。特に転移は光と闇の属性持ちじゃないと、魔術具に使う魔力は倍かかるの」
「……倍?」
ラメールが言うには、火属性の魔石を使った魔術具に、火属性持ちの者が魔力供給をした時の消費魔力を1とするなら、水属性の魔力しか持たない者が魔力供給をすると、消費魔力は2、つまり倍かかるらしい。
魔石には、どの属性の魔力でも流すことは出来るが、自分が持たない属性の魔力を供給することは、とても負担が大きいのだとか。
光と闇の魔力を生まれつき持つ者は、とても少ないらしい。
ラメールたちは
ちなみに時の魔術具は例外なく、誰もが魔力を3倍消費するそうだ。今まで全く気付かなかった。
そのことをラメールに話すと、
「それは変なの。知らなくても、あれだけ魔力が減るのに気付かないはずないの」
と、鈍いにも程があると呆れられてしまった。
「ルリは属性をいくつ持ってるの?」
「えっと、6ですけど」
「6!?」
「6だって!?」
「6! それは本当なの!?」
なぜか三人とも一斉に驚いた顔をする。
「ルリは魔女なのか?」
「い、いいえ。違いますけど」
「人族で6属性持ちの女のことを、昔から魔女って呼ぶんだ。これはすごいことなんだぞ!?」
「え、そうなんですか?」
そういえば前に会ったリヴェリオ王子も、そんな感じのことを言っていたような気がする。
ルーリアが何も知らないとみると、バハルは魔女について話をしてくれた。
魔女とは『魔女の森』に住んでいる、人族とは思えないほどの魔力を持った女性のことで、長命で若々しく美しい姿の者が多いらしい。
魔女の森はミリクイード、サンキシュ、ツィーリーハピアの3か国の国境が重なる秘境にあると言われている。
大きな魔力を生まれ持ったために人族の
その魔女が暮らす魔女の森は、足を踏み入れたが最後。生きては戻れないと言われている、とても恐ろしい場所なのだそうだ。
そんな話があるものだから、三人は魔女の森に連れて行かれるのでは!? なんて考えが頭をよぎったらしい。
……あー……。
そういえば、今は人族に変身しているのだった。この姿で6属性持ちとなったら、魔女だ! と言われても仕方ないのかも?
三人を雇うことになれば、自分が人族でないことはすぐに分かることだ。誤解を解くためにも、それは先に伝えようと思った。
「あの、わたしは魔女ではありません。詳しい話をするためには、先に契約が必要となるんですけど、ここだけの話、人族でもありません」
「なぁんだ」
「あら、そうだったの」
契約に関しては、エルシアから特に気をつけるように言われていたことだ。その話になると、三人は真面目な顔となった。
「どんな契約なの?」
「働く場所と、そこで見聞きしたことについては、誰にも何も教えないというものです。それと、そのために魔術具を身に着けてもらうことになります」
ルーリアは魔術具を一つ取り出し、三人に見せた。手首に着ける、いつもの許可証だ。
「なるほど。契約は仕事内容の守秘義務込みってことか」
「はい。もちろん、仕事場所は魔女の森なんて恐ろしい所じゃないですよ。近くには綺麗な花畑もある、自然豊かな所です」
と、さりげなく仕事環境の良さをアピールしておく。三人は話し合い、結論を出した。
「仕事内容と魔術具の装着は問題ないぞ。あとは、こっちだな」
バハルもマーレと同じように人差し指と親指で丸を作り、ニッと笑う。
「あの、学園からは2か月でいくらくらいもらっているんですか?」
参考までに聞いておきたいなぁー、なんて思ったけれど。
「それは秘密なの」
ラメールは口の前で指を交差させた。
ですよねー、と諦める。
「ひとまず、7か月分てことかい?」
「はい。受け取り方はひと月分ずつでも、まとめてでも、どちらでも大丈夫です」
にっこり笑顔で答えると、マーレはニヤリと笑い返してきた。
「へぇー。まだ子供なのに、ルリは金払いの良い経営者なのか。末恐ろしいな」
「わたし一人の力ではありません。お父さんから借りているだけです」
ガインからは「貸すなんて面倒くさい。勉強代としてくれてやる」と言われたけど、さすがに気が引けた。だから今回の解毒草代と妖精の雇用代は、『借りている』ということにしてある。立派な借金持ちだ。
「なるほど。娘に激甘な父親か。つけ入る隙が多そうだな~」
くくっ、とマーレは黒い笑みを漏らす。
さすが妖精。油断しない方が良さそうだ。
交渉の結果、三人を7か月間、雇うことになった。賃金は一人当たり、200万エン。
一人ずつ契約を交わし、その場で許可証を身に着けてもらう。これにて交渉は終了となった。
「また後で来ると思いますけど、その時は何も知らない顔でお願いします」
「分かったの」
「あいよー。彼氏持ちは大変だなー」
「なっ! か、彼氏じゃないですっ」
「へぇー。んじゃ、遊び?」
「なんだ。あいつ、ルリに
「ルリ、悪女なの」
「なんて人聞きの悪い!?」
とんでもないことを言い出した妖精たちに、くれぐれもレイドには変なことを言わないように念を押し、ルーリアは部活で賑わう闘技場へと向かった。
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