第198話 理衣祭の舞台裏


 裁判があった日の放課後、セルは闘技場の通路を急いでいた。今日は部活に出る前に、レイドと会う約束がある。

 待ち合わせ場所は、闘技場の地下に繋がる階段近くの小さな休憩スペース。

 今回はラス──付き添い人のラスチャーは連れてきていない。


「済まない、待たせたか」


 レイドはすでに来ていた。


「いや、大丈夫だ。それより話って何だ?」


 こうして二人だけで話をするのは初めてとなる。呼び出しに応じて来てくれてはいるが、警戒している様子は見て取れた。


「地下に部屋を用意している。そこで話をしたいと思ったのだが、構わないだろうか?」

「地下?……いつもの場所じゃ駄目なのか?」


 レイドは率直に戸惑った表情を見せる。


「他の者には聞かれたくない話だ」

「……!」


 分かりきっていたことだが、一気にレイドの警戒心が剥き出しとなった。それなら、と下手に隠さず正直に話すことにする。


「ルリのことだ」

「!? ルリの?」


 ルリの名前を耳にした途端、レイドの表情には驚きと険しさが加わった。表情が豊かで羨ましいと思う。


「……なぜ、それをオレに?」

「お前だからだ。これは他の誰にも話すつもりはない」


 真剣に返せば、レイドも表情を引きしめ、まっすぐな眼差しを返してくれた。


「……分かった。話を聞こう」


 薄々こうなることを予想していた顔のレイドを連れ、地下にある音断部屋へ向かった。


外界音断カーシャ・エイク外形隠遁ルジオラ・フィルグ痕跡消去アウス・ルウト


 部屋に内側から鍵を掛け、さらに補助魔法を重ねて掛ける。先に断りは入れたが、レイドの表情に悪い意味で緊張が追加された。


「……セルほどの者が随分と警戒しているんだな。そんなに大事な話なのか?」

「ああ、そうだ」


 ルリの話をするためには、まず自分のことを話さなければいけない。非常に苦手なことだ。レイドとは違う意味で、少し緊張していた。

 とりあえず椅子に座るよう伝える。


 ……さて、どこから話すべきか。


 レイドの信用を得るためには、やはり自身を明らかにするのが最善だろう。

 いきなり敵対視されることだけは避けたいのだが、これについては話してみないことには分からない。


「レイド。ルリの話をする前に、私自身のことを知ってもらいたい。先に言っておくが、私に敵意はない。それだけは分かって欲しい」

「……即答で分かったと言ってやれなくて済まない。話を聞いた上で判断することになるが、それでもいいか?」

「ああ、それで構わない」


 ひと呼吸して、気を落ち着かせる。


「私はティスフェルのセルギウス・ヒューズベルだ」

「──っ、ヒューズベル!?」


 瞬時、レイドの目は驚きで満たされた。

 それと同時に自分からは安堵の息が漏れる。

 良かった。少しは名を知っていてくれたようだ。話す手間が省ける。自分は名も姿も、あまり知られてはいない。レイドが知らない可能性の方が高かった。


「レイドは、マルクトにあるローアレグンのクレイドル、だな」

「!!」


 逆にクレイドルは有名だった。

 聖なる火の山に住む、美しい鳥人の双子の兄妹。兄の名はクレイドル、妹はアスティア。

 その兄の方を、フェアロフローの魔鳥の女王は目の色を変えて探していると聞く。


 マルクトに隣接する魔族領の領地は、北東に竜人族の治める『ティスフェル』、南東に魔王の治める『首都・キルヒライズ』がある。

 南にはエミルファントの治めるフェアロフローがあり、北は海で、西はミリクイードとなっている。

 マルクトの東の領境。ティスフェルとキルヒライズとの間には、大きな川がある。この川があったから、リンチペックが東側の領地に広まることはなかった。


「ヒューズベルを名乗っているということは、ティスフェルの領主の養子ということか」

「ああ、そうだ」

「……どうりで」


 激しい動揺を見せた後、クレイドルはハッとして鋭い目付きとなった。


「……どうして、オレの正体を?」

「私は『魔眼』というスキルを持っている。魔法や魔術を見破るものだ。魔術具を使った変身も私の前では意味を成さない」


 入園当初からクレイドルであることを知っていたと伝えれば、様々な思いを巡らせているようだった。

 故郷を魔鳥の女王に滅ぼされ、今も追われている身だと聞いているから無理もない。


「それで、ルリの話だが」

「あ、ああ。そうだったな、済まない」


 本題を切り出すと、クレイドルは自分のことを後回しにした。それだけルリのことを大切に思っているのだろう。自分が無条件でクレイドルに信頼を寄せている理由は、こういったところにあるのだと思う。


「ルリを守るために、クレイドルに協力してもらいたい」

「ルリを……守る? 何からだ?」

「……消滅からだ。今のままだとルリは邪竜の誕生に呑み込まれて、その存在を失くしてしまうことになる」

「な……ッ!?」


 愕然とした表情で固まるクレイドルに、理衣祭で起こったルリの変化について話して聞かせた。

 あの時、ルリは闇に呑み込まれそうになっていたのだ。



 ◇◇◇◇



 コンテストでルーリアの出番が終わり、闘技場に沸き起こった歓声を聞きながら、セルギウスは小さく息を吐いた。


 先ほどは間に合って良かった……。


 学園内で風の動きが支配されたように変化したのは、これが二度目だった。


 一度目は、学園が始まって三日目の朝。

 ルリの付き添い人のフェルが風に干渉した時。

 確かエルバーがルリの写真をバラ撒いたから、とか。よく分からない理由だった。


 二度目は、つい先ほど。

 ルリが学園内にある全ての風を静止させた。

 まさか、ルリの魔力がこれほどとは。

 自分の全魔力を用いても止められるかどうか分からないと感じたのは初めてだった。

 あの時ルリを止めていなければ、あの五人は跡形もなく消し去られていただろう。


 ……いや。『ルリを』ではないな。


 あれはルリの意思ではない。

 邪竜の影響を受けての行動だったはずだ。

 もしあれで人を殺めてしまい、罪の意識に囚われていたら、ルリは一瞬で邪竜に呑み込まれていただろう。全く、あの人族どもは余計な真似をしてくれる。


「セル様、お許し頂けるのであれば、あの者たちはこちらで対処いたしますが」


 つい苛立ちを顔に出してしまっていた。

 控えていたラスチャーが紅く目を光らせ、うやうやしく伺う。

 当然、このまま放っておく気などない。


「女は放っておけ。男からは関わった者だけに見える形で証拠を取れ。その後は好きにして構わない。だが、神に難癖をつけられても面倒だ。学園に籍がある内は生かしておけ」

「は、かしこまりました」


 ラスチャーは紅い瞳を細めて笑むと、早々に姿を消した。


 それにしても、とルリの付き添い人のフェルについて思い返す。主の気質が変わっていても気にしていないようだったが、あの攻撃的な思考はもしや……と、腰に帯びた黒剣に手をかける。


『クロムディアス、お前の知り合いか?』


 自身の胸の内で声をかけると、黒剣は目を輝かせるように金色の魔石に光を灯した。


『申し訳ございません。ワタシはその質問に答えることが出来ません』


 含みを持たせた柔らかい笑みを浮かべるように、黒剣は自分の主に声を返す。


 魔剣・クロムディアス。

 人型になることが出来る、神が創造したという魔術具の武器。セルギウスは今まで、クロムディアスの他に人型となる魔術具の武器を目にしたことはなかった。


『そうか。それが答えか』

『良いご判断かと』


 否定ではなく、『答えられない』。

 やはり魔術具の武器だったか。


 セルギウスは以前、クロムディアスに尋ねたことがある。他にも人型となる魔術具の武器は存在するのか、と。

 その時の答えは、他の魔術具について話すことは許されていない、だった。つまり、あるということだ。しかし詳しくは尋ねられない。

 恐らく、制約か何かがあるのだろう。


 なぜルリがそんな物を所持しているのかは不明だが、守りの一つとして親が持たせているのかも知れない。先のラウドローン討伐で見た父親は、本人が困るほどの過保護ぶりだった。


 ……ラスチャーに任せたから問題はないとは思うが、念のためにもう一度、ルリの様子を見ておくか。


 セルギウスは魔法で姿を消し、コンテストの舞台裏へと向かった。

 しかしそこで、コーデリアとダミアが文句を言いにやって来た場面に出くわしてしまう。


 シルトたちが足止めをしている間に先回りし、ルーリアを逃がそうとセルギウスは考えた。

 だが、まだ着替えが済んでいないのか、カーテンは閉じている。そこへ四人がなだれ込んで来て、セルギウスは仕方なく壁際に身を寄せることになった。


「ちょっと聞いてるの!? 開けるわよ!」


 焦れたダミアが着替え室のカーテンを開け放つと、セルギウスは壁際に立っているルーリアと向き合う形となった。


 ──!! ッな、なぜそんな姿で!?


 ルーリアにセルギウスの姿は見えていないが、その逆となると、一糸まとわぬ姿がはっきりと見えてしまっていた。しかも大人の姿でだ。


「じゃあ、呼び出しをかけても問題ないってことね。まぁ、嫌だと言っても来てもらうけど」

「お仲間のモデルにも逃げないように伝えときなさい」


 耳障りな言葉を吐き捨てたダミアたちが去ると、セルギウスはその場にしゃがみ込んだ。


 ……本当に、余計なことをしてくれる。


 思わず、今からでもダミアたちを消し去ってしまおうかと考えてしまった。

 これは、ルリに謝罪したくても出来ない。


『フッ。我が主は本当に可愛らしい』

『…………言うな』


 しばらくの間、セルギウスはひどい自己嫌悪に陥った。自分はなんて間が悪いのか、と。


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