第182話 岩鯨の炎剣(?)の作製


 リューズベルトの剣が魔法剣だということで、武器のことをよく知らないルーリアは見せてもらうことに。


「わぁ、綺麗な剣……」


 柄の部分にある繊細な羽飾りは透き通り、剣身も水晶で出来ているかのように澄んでいる。これで攻撃を受けたら割れてしまいそうな儚い見た目だが、その実はものすごく硬い。重さもそれなりにある。


 魔法剣は使い方によっては盾にもなるそうで、同属性の攻撃によるダメージを減らせると教えてもらった。上手くいけば相手の攻撃を無効化できるらしい。

 ルーリアが作ろうとしている岩鯨の炎剣は火属性の剣だ。剣の出来次第では、火属性の攻撃や魔法を防げるようになる。


「全属性の魔法剣とかあったら、すごそうだな」

「そのリューズベルトの剣がそうだぞ」


 冗談のつもりで言ったレイドに、ウォルクスはニッと笑う。ルーリアとレイドは目の前にある伝説級の剣に視線を落とした。


「えっ、これが?」

「これって、そんな代物だったのか」


 生まれつき備わる勇者の力と聖竜の加護。

 そして全属性に耐性のある魔法剣を持つリューズベルトは、強さだけで言うなら歴代の勇者の中でも最強級だとウォルクスは自慢する。


「しかし、そのリューズベルトに平気な顔で付いて行ける人物が現れるとはな」


 ウォルクスにじっと見つめられ、セルが困った顔をするとリューズベルトはそれをとがめる。


「ウォルクス、セルの詮索は止めろ」

「詮索じゃない。強さに感心しているだけだ。……まぁ、パーティにいてくれたらいいなとは思うが」

「……済まない。私はある家の養子となっている。そこまで自由に出来る身ではない」

「あ、いや。別にセルが謝ることじゃ……」


 思わぬ形で耳にしたセルの身の上話に、その場はしんみりとした雰囲気となってしまう。リューズベルトに睨まれ、ウォルクスは口を噤んだ。

 重くなってしまった空気を流そうと、ルーリアは話題を変える。


「そういえば、リューズベルトとセルって味の好みが似ていますよね」

「……味の、好み?」


 辛い物と匂いの強い物が苦手ですよね、と言えば微妙な顔となる。二人は気にしていなかったようだけど、手に取る料理がほとんど一緒だったのだ。


「今日、二人が選んでいた物も全く一緒でしたよ」

「……そう、なのか」

「…………」


 リューズベルトは顔を逸らしてしまったけど、セルが少しだけ顔を赤くして照れているから、仲良しだなぁと思って眺める。すると、リュッカとエルバーから手招きされた。


「何ですか?」

「いや、あれは二人きりにさせた方が面白いと思って」

「……え?」

「おチビちゃんにはぁ、まだちょっと早いかもぉ。知らなくてもいい世界の話だよぉ~」

「……?」


 禁断の男同士の友情がどうだとか。

 リュッカが何を言っているのかよく分からなかったけど、ここはリューズベルトとセルが仲良くなる場面で、他の人は邪魔をしてはいけないらしい。


 その後、頼んだ料理が次々と運ばれてくると、テーブルの上はあっという間に賑やかになった。

 注文した物以外にも、大皿料理などがテーブルの中央に置かれる。


「ぷっ。あの二人、動きがぎこちなくなってる」

「やぁだぁ~、付き合いたてのカップルみたぁい~」


 と、謎の会話で盛り上がるリュッカとエルバー。


「あれ? レイド、食欲がないんですか?」


 あまり料理に手が伸びていないように見えて声をかけると、そうではないが、と返ってくる。


「いや、ルリが作った料理の方が美味かったなと思って」

「……! あ、あり、がと、ございます」


 思わず、顔が熱くなってしまった。

 誰かと比べるのは良くないと思いつつも、自分の作った料理を美味しいと言ってもらえてとても嬉しくなる。つい顔がにやけてしまいそうになるのを必死に抑えた。



 ◇◇◇◇



 無事に手に入れることが出来たラウドローンの角を家へと持ち帰る。土色の角と、赤黒い角の二本。


「はあぁぁ~~~、どうにか終わりましたぁ~~……」


 椅子に座るのと同時に、どっと疲れが押し寄せてくる。テーブルの上で伏せっていると、その向かいの席にガインが腰を下ろした。


「今日は本当に済まなかったな。まさか、あんなことになるとは思わなかった」

「もう、本当ですよ。あれを見た瞬間、わたしは頭の中が真っ白になりましたから」

「……済まん」

「あら、何かあったのですか?」


 賑やかな二人に微笑みかけ、エルシアは香草茶を淹れてガインの隣に座った。


「リューズベルトはどうでしたか?」

「話には聞いていたが、本当にオズヴァルトにそっくりだった。思わず、その名前を呼んでしまいそうになった」


 エルシアから柔らかい視線を向けられ、ガインは遠い昔を見るように目を細める。


「まだ若いから多少粗さはあるが、強さだけで言うなら、リューズベルトはすでにオズヴァルトを越えているだろうな」

「……そうですか」


 ガインがエルシアに今日あった出来事を話し始めたのを見て、ルーリアは茶に魔虫の蜂蜜をたっぷりと入れる。それをひと息に飲み干し、魔力を回復させた。


「ちょっと外に行ってきます」

「今から武器を作るのか?」

「はい。たぶん問題ないと思いますけど、材料が変異体の角に変わったので、ちゃんと作製が出来るか確かめてきます」

「分かった。気をつけるんだぞ」

「はい」


 いつもだったら『後日にしなさい』と言われるところだけど、材料が変わってしまったのはガインのせいでもある。今日は止められることもなかった。

 ルーリアはフェルドラルを連れ、他の材料とラウドローンの角を運搬用の魔術具で包み、火蜥蜴サラマンダーのレシピを手にして外へ出た。前回、エルシアが剣を作った場所へと向かう。


 魔法剣の作製は途中まで済んでいるから、あとはその続きをするだけだった。

 手元のレシピを何回も読み返して頭に入れてから、ラウドローンの角に向き合う。火魔法で熱を加え、じっくりとラウドローンの赤黒い角を溶かしていった。


 自分の周りを氷魔法で覆い、火魔法を強めていく。やはりすごい熱だ。地面はすぐに黒く焼け焦げた色に変わっていった。

 形を失った角や金属塊はドロドロに溶けて火色に染まっている。熱が広がらないように、周囲には水の膜を張り続けた。

 額に珠のような汗を浮かべながら、ルーリアは気を抜かないように慎重に鍛冶を進める。


 完全に材料が溶けて混ざり合ったところで次の工程に移ろうと、地属性の粉を入れようとした。

 すると、パシッ! と音を立て、粉が弾かれる。粉は叩き落とされたように地面に散ってしまった。


「っ! どうして!?」


 慌ててレシピを見直したけど、手順は間違っていない。何で……!?


「姫様。主体が変異体の角ですと、他に使用する素材も少し変わるのではないでしょうか?」

「それって、レシピ通りにはいかないってことですか!?」

「恐らくは」

「…………そんな……」


 せっかくみんなに協力してもらったのに、ここまで来て失敗だなんて。肩を落として火色の塊を見つめていると、フェルドラルはガインが折った方のラウドローンの角を手にした。


「変異体の角の品質に釣り合わずに弾かれたのでしたら、こちらなら馴染むのではないでしょうか?」

「その角を……?」


 同じ地属性の物であれば問題はないとフェルドラルが言うので、粉にして試してみる。

 すると今度は弾かれることもなく、吸い込まれるようによく混ざった。


「これ、大丈夫でしょうか? レシピとはだいぶ違いますけど」

「エルシアほどレシピから外れている訳ではございませんので、許容範囲だと思いますわ」

「……それならいいんですけど」


 ちょっと不安は残るけど、他の方法も思いつかないから、そのまま作製を続けてみた。

 ラウドローンの角の粉をよく混ぜ、それを冷やし、圧力をかけ、また熱を加える。それを何度も繰り返した後に、剣の形に成形していった。


「で、出来ましたぁ」


 そうしてついに、一本の剣を完成させることに成功する。初めて作ったからか、まっすぐではなく少し曲がっていた。


「良かったぁ……。とりあえず剣にはなりました」


 ルーリアがホッとして額の汗を拭うと、剣を手にしたフェルドラルが小首を傾げる。


「……姫様、これは剣ではなく刀では?」

「かたな?」


 出来上がったのは、紅い色の刃に黒い焔のような模様が描かれた片刃の剣。

 リューズベルトが使っている魔法剣と比べると、剣身は細くて軽い。攻撃を受けたら折れるのでは、と心配になる薄さだった。

 作ろうとしていた岩鯨の炎剣は両刃の長剣だったはずだけど、この剣は反ったように曲線を描いている。残念ながら失敗作だろうとルーリアは思った。


「……あれ?」


 ちゃんと魔法剣になっているか、魔法で出した薄い膜を切って属性を確認しようとしたところ、火と地と闇が切れたような気がした。


「…………」


 これはどういうことだろう?

 武器に詳しくはないので、見ても何も分からない。明日レイドに渡して、いろいろ試してもらえば何か分かるかも知れないけど。


「ま、いいか」


 レシピ通りの作製には失敗してしまったけど、とりあえず結果としてレイドに渡そうと思い、鞘に収めた剣を布で包んだ。



 ◇◇◇◇



「……はぁぁ~~~……」

「どうした、クレイア。ため息なんかついて」


 サンキシュに帰ったクレイドルは、その足で私兵団に顔を出していた。結局、角が手に入ってしまい、ため息が漏れる。


「……なぁ、ハロルド。仮にだが、とてつもなく高価な品をもらってしまった場合、何を返せばいいと思う?」

「高価な? どれくらいの物だ?」

「……例えば、億超えの品、とか」

「億!?」


 こんな質問、するのもどうかと思うが、ハロルドは真面目な顔で一緒に悩んでくれた。本当に良い人だ。


「クレイアは金持ちに貢がれてるのか」

「いや、そういう訳では」

「うーん、そうだなぁ……」


 腕を組んで首をひねっていたハロルドはパッと顔を上げ、力強くクレイドルの背中を叩いた。


「もうあれだな。それを受け取るなら、諦めて身体で払え!」

「!? 身体で!?」


 それは騎士でいうところの生涯の忠誠を誓うようなものだろうか?

 ヨングは優秀な鍛冶職人でも魔法剣を一から作るのには、ふた月ほどかかると言っていた。

 その間に金を用意するか、それとも何か別の品を用意するか。


「…………」


 元はと言えば自分でまいた種だが、どうしてこうなったとクレイドルは遠い目をした。


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