第11章・夏の海と弦の音

第183話 剣ではなく刀のようで


 次の日、ルーリアは朝一番に住部の区域へと向かう。授業が始まる前のこの時間、レイドは農業学科の畑にいるはずだ。

 自分で持つと引きずってしまうから、出来上がった魔法剣はフェルドラルに持ってもらっていた。


「フェルは剣を持っても似合いそうですね」

「わたくしは弓ですので、剣を持って似合うとおっしゃられても反応に困りますわ」


 大鎌も剣も同じ斬る物だと思っていたけど、フェルドラルは違うと言う。弓や鎌は風の間を通すもので、剣は風を断つものらしい。違いがよく分からない。


「レイド、おはようございます」

「……ルリ? 朝からどうした?」


 育てている野菜を見て回っているレイドを見つけ、声をかける。この時間に畑に来ることはなかったから、驚かせてしまったようだ。


「剣が出来上がったので持ってきました。午前の授業で必要ですよね」


 フェルドラルから受け取った剣を笑顔で差し出すと、レイドは目を見開いて動きを止めた。


「………………は……?」


 信じられないといった顔で、剣とルーリアを交互に見つめている。


「どうかしましたか?」

「…………っいや、もう、出来た、のか?」

「はい。昨日、帰ってから作りました」

「…………そ、そう、か」

「はい、どうぞ」

「……あり、がとう」


 レイドは剣を受け取った後も、どこか遠い目をしていた。いつもと様子が違うからどうしたのかと尋ねると、魔法剣の作製はふた月ほどかかると聞いていたから、昨日の今日で出来上がってくるとは思っていなかったらしい。


「良かったら使ってみた感想を放課後に聞かせてください」

「……あ、ああ。分かった」


 その後、剣を抱えて畑の中でうずくまるレイドの姿が農業学科の生徒に目撃されるが、その話題がルーリアの耳に入ることはなかった。



 ◇◇◇◇



 菓子学科と料理学科の授業を終え、ルーリアは『話がある』とシャルティエを外のベンチに誘う。学舎の外は夏の陽射しが眩しく、とても蒸し暑かった。家のある森とは気候がだいぶ違う。


凍てつく霧よクイン・ファー、氷衣となれ・リンツェ外界音断カーシャ・エイク


 木漏れ日の中、周囲との音を断ち、氷魔法で少しだけ涼しくする。


「それで、話って?」

「これからの授業のことです。やっぱりシャルティエには、ちゃんと話しておこうと思って」


 ルーリアはずっと悩んでいたことを、シャルティエに打ち明けることにした。


「わたし、明日から料理学科に行くのを止めようと思っています」

「……ああ、やっぱりかぁ」

「気付いていたんですか?」

「うん。まぁ、何となくだけどね」


 シャルティエは仕方なさそうに微笑むだけで、理由を深く聞いてきたりはしなかった。


「ルリは他にやりたいことが出来たんだね。今度はどこに行くの?」

「理部の薬学学科です。どうしても調べたいことがあって」

「調べたいこと? 危険なことじゃないでしょうね?」


 シャルティエは鋭くも心配している目でルーリアを見つめる。


「大丈夫です。自分も大切にするって、家族と約束をしましたから」

「んー……それならまぁ、いっか。ルリ、その約束は絶対に忘れちゃダメだよ」

「はい」


 明日から理部に行く理由。

 それはもちろん、リンチペックのことを調べるためだ。家にある本は全て調べ尽くしたけど、弱点や解毒方法について、まだ何も分かっていなかった。


 このことは、みんなには秘密にしておくつもりだ。しばらくは家で作った料理を放課後用に持ってこようと考えている。

 そんな密かな決意をシャルティエに伝え、ルーリアは次の授業へ向かった。



「ルリ、ちょっと聞きたいことがある」

「えっ、あ、はい」


 農業学科の畑に到着すると、すぐにレイドが駆け寄ってきた。


「今朝、受け取ったあの剣だが。あれは火属性の魔法剣でいいんだよな?」

「え……っと、はい、たぶん」


 変異体の角を使ったせいで、もしかしたら属性が変わっているかも知れないと伝えると、レイドは腕を組んで考え込んだ。


「なるほど、あの角のせいか」

「何かあったんですか?」

「いや、聞いていた話と違うようだったから」

「あ、それで。試してみたんですか?」

「ああ。魔法が使えるヤツと少しだけ対戦をしてみた」

「どうでしたか? ちゃんと使えそうですか?」


 初めて作った物だから、途中で折れてレイドがケガをしないか、授業中もずっと心配をしていた。見た感じではケガはしていないようでホッとする。


「ああ、大丈夫だ。ルリ、あれは普通の魔法剣ではないんじゃないか?」

「えっ?」

「魔法剣は両刃が基本的な型らしい。あれは片刃で曲刀とまではいわないが反っている」

「あ、それはわたしも思いました。あの剣のことをフェルは『刀』と呼んでいましたけど」

「……刀。確かナーリアンの特産品だったか」


 ナーリアンは別名『火の国』とも呼ばれている地上界で4番目に大きな国だ。ヤンクルーや昨日行ったラングランナのさらに東、つまり極東にある。


「あの刀は軽くて使いやすい上に強度がある。刃の長さもちょうど良いし、衝撃にもしっかり耐えてくれる。それに斬れ味が、とにかくすごかった」

「属性はどうでしたか?」

「火属性に耐性があるのは確認した。他の属性はまだ確認できていない」

「そうですか」


 昨日、自分で試した時のことを話すと、レイドは口元を押さえて難しい顔になった。


「……さらに地と闇? ルリ、それが本当なら、あの刀はオレなんかが気安く受け取っていい品ではないと思う」

「でも、あの刀の素材を採取したのはレイドです。レイド以外に使える人はいません」

「…………そう、だった」


 気にせず使って欲しいと伝えても、レイドは頭を抱えていた。


「あれは恐らくルリが思っているよりも、ずっとすごい物だと思うぞ。鍛冶学科のヤツらが見たら、きっと何か言ってくるだろうな」


 そのレイドのひと言でハッとする。

 あの刀は火蜥蜴サラマンダーのレシピの魔法剣が元となっている。考えるまでもなく珍しい物だろう。

 それより火蜥蜴サラマンダーのレシピは、クレイアがガインを守るために教えてくれた大切な物だ。それなのに、自分はそれを勝手に作って人目に晒そうと……。


 ~~~……っ、変異体で良かった!!


 ルーリアは顔を両手で覆い、心の中で叫んだ。

 もし順調にラウドローンの角を採取していたら、レシピ通りに作った魔法剣を人前に出してしまうところだった。


「っレ、レイド。お願いが、あります」

「……な、何だ?」

「誰かに刀のことを聞かれたら、買った物だと言ってください」

「は!? それは無理だ」

「え、どうして!?」

「オレにそんな大金は用意できない」

「え、大金? じゃ、じゃあ、誰かにもらったことに……」

「そんな気前のいいヤツなんか、いる訳ないだろ。それも無理がある」

「ええー。じゃあ、どうしたら……?」


 必死になって二人で考えた結果。

 あの刀は、とある鍛冶職人の試作品であるということにした。レイドはその試し斬りを頼まれてしているだけ、ということで。


「……ご、ごめんなさい」

「……いや、いい」


 二人そろって仕方なしと、ため息をつく。



 そして、その日の放課後。


 みんなにも刀を作った人物については誰にも何も言わないようにお願いをした。幸いなことに、まだ誰も他の人には話していなかったという。手遅れにならなくて本当に良かった。


「そぉいえばぁ~、明日から海の家が解放されるねぇ~。おチビちゃん、レイドと行くんでしょぉ~?」

「あ、すっかり忘れてました」


 リュッカの話では、海の家が生徒に開放されるのは夏の2か月間のみ。それがちょうど明日からだそうだ。


 海の家は、神が創った楽園のような癒しスポットである。そこには広い空と綺麗な海があり、白い砂浜に囲まれた島が一つだけあるという。

 そこにいる間、現実世界での時間は経たないが、中では時が過ぎたように空模様が変わるらしい。


 滞在できるのは、一度で最長12時間まで。

 一度外に出てしまうと、次に入れるようになるのは48時間が経ってからだそうだ。

 神のレシピの試食と同様、持って帰れるのは知識のみ。中で何をしても、現実の身体に影響はないという。


 ただ、いくら影響がないからと言って、何をしてもいい訳ではない。中で過ごすには最低限のマナーを守り、人に迷惑をかけないようにしなければいけない。もしそれを破ってしまったら、その者は出入り禁止となる。

 過去には、それで学園を退園させられてしまった者もいたらしい。


「行き来できるのは記憶だけなんですね。それだと、楽器は持ち込めないんじゃないですか?」

「大丈夫だよぉ~。そのために海の家があるんだからぁ。そこで欲しい物を言えばぁ、大抵の物は貸してくれるよぉ~」

「えっ、楽器も貸してもらえるんですか?」


 これから楽器のことを聞こうと思っていたから、先に知ることが出来てちょうど良かった。


「……くそぅ。ロリちゃん、ほんとに男と二人で行くのか……」

「……? 確か、前もそんなことを言ってましたよね。どうして男の人と二人だと、そんなに嫌そうな顔をするんですか?」

「それはもちろ、ぅわっ!!」


 どーんと体当たりでエルバーを突き飛ばすリュッカ。


「それは行けば分かるよぉ~。とにかくめっちゃくちゃ綺麗だよぉ、海ぃ~」

「…………海……」


 本でしか読んだことのない海。

 見渡す限りの水って、どんな感じなのだろう。


「レイド、良かったら明日、一緒に海の家に行ってもらえますか?」

「ああ、約束してたからな。それは構わないぞ」


 リュッカの話を聞いてる内に海を見てみたくなったルーリアは、さっそく明日から楽器を教えてもらえるよう、レイドにお願いをした。


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