第146話 決着からの勧誘


「もうっ、仕方ないなぁ~っ」


 唇を尖らせ、リュッカは身に着けていた指輪に触れる。すると淡い光が身体を包み込んだ。どうやら魔力を回復させるアイテムを使ったようだ。


魔法攻撃無効解除フルーク・サイファス癒しの加護解除ソウクヴァン・カイズ

 速度減少グドゥン・ア・スール攻撃力減少グドゥン・ギルス防御力減少グドゥン・ガーズィニー……』


 先ほどと同じように、リュッカはルーリアが掛けた補助魔法を打ち消していく。


「あぁ~もう! 加護消しとか面倒くさいぃ~」


 愚痴をこぼすリュッカに負けじと、ルーリアも無詠唱魔法でレイドを補助する。風魔法で動きを速め、地魔法で足場を作っていく。

 そしてウォルクスの足元だけを凍らせ、滑りやすくしていった。


「詠唱魔法と無詠唱魔法を同時に使うなんて。やるじゃないか、あの子。ウチに欲しいな」


 レイドと剣で斬り結びながら、氷を避けて後ろに下がるウォルクス。


「菓子屋にするには惜しいだろうが、間違ってもパーティに誘ったりするなよ。ルリは戦うことが嫌いなんだ」

「へぇ、まるで兄貴のような口ぶりだな」


 ウォルクスを追い詰めるように、レイドは勇猛果敢に攻める。


眩き光をまとい輝けフィース・オ・ライテ暗き闇に身を沈めよフィース・オ・シルヴァ


 ルーリアはレイドの剣に光と闇の魔法を合わせ掛け、刃の輪郭をぼかした。

 詠唱魔法であっても同属性でなければ重ね掛けが出来ると、特訓の時に習っていたのだ。

 剣のつばから先の刃が揺らめき、その姿をおぼろげにする。


「なかなか良いアイディアだと思うけど、それ、リューズベルトの剣だろ。刃をぼかしたくらいじゃ間合いは変わらないぞ」

「そうか。じゃあ、今から出す攻撃を全て避けてもらおうか」


 余裕の表情を浮かべるウォルクスに、レイドは不敵な笑みを返し、素早く斬りかかった。

 リューズベルトの剣の間合いが身に染みていたウォルクスは、それを難なく避けていき──最後の一撃で、胸に深い傷を負ってしまう。


「ぐ……ッ、なッ!?」

「バカな、って顔をしてるな。今は種明かしをしてやるつもりはない」


 目を見開き、信じられないといった顔をするウォルクスに、レイドは追撃をかける。深い傷を負いながらもウォルクスはレイドから距離を取り、そこで石舞台に片膝を突いた。

 ポタポタとしたたり広がる赤い染みを目にして、リュッカが慌てた声を上げる。


「うそうそぉっ!? ウォルクス、何でぇっ!?」


 その隙にルーリアはもう一度、補助魔法の呪文を唱えた。


速度強化スィン・ア・スール攻撃力強化テイル・ギルス防御力強化テイル・ガーズィニー

 クリティカル率上昇アーケイル・ミハ物理被害軽減ヴォルファイト・ケイス

 魔法攻撃無効フルーク・ツェール癒しの加護ソウクヴァン・スィール


 ルーリアの詠唱が響くと、「えぇっ、またぁ!? しつこぉいぃ~!!」と、リュッカは顔色を変え、ウォルクスも歯を食いしばったような苦い顔になる。


彼の者に癒しのルクリ・ノアー──』


 リュッカが回復魔法を使うタイミングを見計らい、ルーリアは反撃に出る。狙いは無防備なリュッカだ。


疾く貫き雷光で満たせクイン・ファー・キルギド

 猛き雷よ 降りネール・フォート・ウて空を裂けル・キルギド!!』


 リュッカを蒼白い落雷が襲う。


「リュッカ!!!」

「きゃあぁあーッ!!」


 ウォルクスは落雷に反応して、魔法を斬るスキルを打ち込んだ。雷魔法は打ち消され、リュッカは無事だ──だが。


「目の前の敵より仲間か。さすが、勇者パーティの騎士だな」

「…………ぐ、ふッ……」


 ウォルクスはレイドの剣で胸を貫かれていた。


 レイドが剣を抜くと、ウォルクスの身体は大きく傾いて光に包まれる。そして石舞台の上に倒れ落ちる瞬間、淡い光の粒となって弾けるように消えてしまった。


「う……うそぉっ!! ウォルクスがっ!?」


 一人残されたリュッカは青ざめた顔をしている。


「ん? これ……もしかして対戦相手が二人とも戦闘不能にならないと終わらないのか?」


 レイドは何も変化が起こらない舞台の防御壁を見て、リュッカに剣を向けた。


「出来れば女を斬りたくはないんだが。斬らないと終わらないのか?」


 たった今、目の前でウォルクスを斬り捨てたばかりのレイドからの質問に、リュッカは涙目で声を震わせる。


「き、斬らないでえぇ~。気絶でも戦闘不能だもん。何とかしてよぉ~……」


 ふぅっ、と息を吐いたレイドは剣の柄の部分をリュッカに当て、気絶させた。


『対戦終了確認。シュトラ・ヴァシーリエを解除いたします』


 機械的な音声が響くと、石舞台を囲んでいた防御壁はサクラの花びらのように舞い散り、消えていった。


「すごいじゃないか! あの二人!」

「ウォルクスがやられたの、初めて見たぞ」

「誰だ、あの男!?」

「農業と菓子学科? 嘘だろ!?」

「ちっちゃい子は魔女じゃないのか!?」


 防御壁が消えたため、静かだった石舞台に観戦席の熱気と歓声が一気になだれ込む。大勢の人に注目されているということを、ルーリアはすっかり忘れていた。


「あ、おい。ルリ、大丈夫か!?」

『…………っ』


 足に力が入らない。レイドがすぐに支えてくれたけど、その声はやけに遠くに聞こえた。


「姫様!」


 フェルドラルが駆け寄ってくる。

 ルーリアを見るなり「魔力が……」と口にするが、自分が魔力を使い過ぎたことに気付いたところで、意識は途切れた。



 ◇◇◇◇



 目を覚ますと、真っ白な色が飛び込んでくる。

 課題発表の時の──ではないようだ。

 白い、布? ここはどこだろう?


 辺りを見回すと、ルーリアは知らない部屋の、知らないベッドに寝かされていた。

 その周囲には、白いカーテンが壁のように吊り下げられている。


「あ、やっと目を覚ましたぁ。ねぇ、おチビちゃん、起きたよぉ~」


 …………リュッカ……?


 足元の方にある椅子に座っていたらしいリュッカは、ルーリアが薄く目を開けたのを確認すると、すぐにどこかへと行ってしまった。


 不思議と静かな空間だ。

 いろんな薬のような匂いもする。

 まだ目が覚めていないような感覚でぼんやりしていると、フェルドラルが何かを持って入ってきた。


「姫様、お身体の具合は如何ですか? ひとまず、こちらをお飲みください。魔虫の蜂蜜です」


 フェルドラルから飲み物の入ったカップを渡され、魔力が減って倒れたのだと聞かされる。


『ッ!? まずっ!?』


 口にした蜂蜜湯は、変な苦さとザラつきがあり、ほんの少し酸っぱさもあるような微妙な味だった。


 えっ!? 蜂蜜? これが!?

 匂いも花というよりは、古い枯れ葉のような土に似た匂いがする。これは一般的に売られている魔虫の蜂蜜に、湯を注いだだけの物らしい。


「学園の癒部には、この程度の蜂蜜しか備えがないそうですわ」


 それでも少しは魔力が回復するからと、我慢して飲むように言われる。……うん、美味しくはない。魔力の回復も、かなり緩やかだった。

 これが本来の……天然の魔虫の蜂蜜の味なのだろうか? これと比べるなら、ウチの蜂蜜の方が品質は上だと胸を張って言える。味だけでなく、回復量もこれだけ違うのだから。


 ルーリアは対戦後に倒れ、そのまま癒部に運び込まれたという。ここは癒部の学舎の中にある病室だそうだ。リュッカは癒部の治癒魔法学科に所属しているから、先生に言われて付き添っていたらしい。

 そんなこと話していると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。


「ルリ、リュッカから目が覚めたと聞いたんだが。入っても大丈夫か?」


 カーテン越しに聞こえてきたのはレイドの声だった。フェルドラルにカーテンを開けてもらい、中に通してもらう。


「まだ寝ていた方がいいんじゃないのか? 無理はするな」


 部屋に入ってきたレイドは、身体を起こそうとするルーリアに心配そうに手を貸した。


『わたしは平気よ。人の心配より、貴方はどうなのよ?』

「まだ続いてたんだな、それ。オレの方は対戦後に元の身体に戻っている。今は何ともない」


 そう言って軽く胸を叩くレイドに、ホッと息をつく。そういえば、そういう話だった。

 良かった……。ルーリアが声を出さずに呟くと、レイドは安心したように表情を和らげた。


「そうだ。ルリが借りた剣も、一応、礼を言って返しておいたからな」

『あら、気が利くじゃない』


 と、深く頭を下げながら言う。


「本当に台詞と合ってないな。……ああ、それと、これ」


 チャリ……と音を立て、レイドはルーリアの手の平に小さな袋を乗せた。


(これはなに?)


 首を傾け、口の形だけで伝える。


「賭け金の取り分だとさ。リュッカが悔しがってたぞ。それはルリの分だ」

(えっ! お、お金!?)

「オレたちに賭けてたヤツが少なかったらしいからな。それなりにあるぞ」


 そう言ってレイドは、フッと口の端を上げる。


 う、うわぁ~……初めてのお金……。


 蜂蜜屋の看板娘の自分が、生まれて初めて手にするのが決闘の賭け金というのはどうなのだろう。ちょっと素直に喜べないかも。

 けれど、金は金だ。これはコタツ代にしようと思う。

 ルーリアが小さな袋を両手で持って目をキラキラさせていると、コンコンと軽く入り口の柱を叩いてから、ウォルクスが部屋に入ってきた。


「ちょっといいかな、レイド」

「ん? オレにか?」


 ウォルクスも決闘の時の傷はどこにも残っていなかった。ケガは元通りになるようだ。魔力だけ減ったままになるのだろうか? その辺りはよく分からない。


「何の用だ?」

「勧誘に来た。レイド、俺たちのパーティに入らないか?」

「それは断る」

「即答だな」

「それはそうだろう。オレにはオレの都合がある」


 ウォルクスは「確かに」と小さく笑い、真面目な顔をレイドに向けた。


「それはいいとして、先生たちからレイドを軍事学科に誘ってくるように言われたんだ。農業だけじゃ勿体ないってさ」


 それを聞いたレイドは呆れた顔でため息をつく。


「あのおっさん。やっぱり言ったことを守るつもりなんかサラサラないじゃないか。お前もまた面倒なことを引き受けてきたな」

「俺としても、訓練の相手としてレイドがいてくれると助かるんだ。まだ授業が始まって間もないとはいえ、気軽にシュトラ・ヴァシーリエに誘えそうなヤツが少なくてな」


 ウォルクスはあんなことがあったばかりだというのに、また命懸けの決闘をしたいと言う。

 レイドに対しても嫌な顔どころか、親しみを込めたような目をしていた。信じられない。


「…………訓練、か……」


 レイドは少し考えるように遠い目をした。

 そこにウォルクスが小声で何かを伝え、レイドは再び考え込む。


 ……農業……止めたりしないですよね?


 真剣な表情で悩むレイドを見て、ルーリアは不安な気持ちになった。


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