第139話 ちょっとズレてる


 ガインが前に言ってた『エーシャ』という名前の人物が、まさかエルシアの偽名だったなんて。

 シャルティエはすでに気付いている目で、ルーリアを見ていた。あれは誤魔化せそうにない顔だ。


「あ、あの……ナキスルビアさんは、その人のことを恨んだりしていないのですか?」


 自分の母親のことだと分かると、もう涙も引っ込んだ。むしろ謝り倒したい気持ちでいっぱいだ。


「恨み、ねぇ……。まぁ贅沢を言ってもいいのなら、あのパーティはないわーって言いたいかしら」

「えっ、勇者パーティって、そんなにひどいの?」


 ルーリアも同じことを思ったが、シャルティエが先に尋ねてくれた。


「勇者は性格が悪くて荒れてるし、回復士は金持ちの男探しばかり。一番まともな剣士は明るい人だけど、現状を何とも思ってなくて。メガネは……知っての通りよ」

「あぁ~、それはきっついね」


 シャルティエが素直な感想を述べる。

 それにしても、仲間に性格が悪いと言われてしまう勇者とは?

 エルシアはリューズベルトのことを『根は優しい良い子だ』と言っていたけれど、その根はどれだけ深いところにあるのだろう?


 ルーリアは心の中で、ナキスルビアに土下座した。

 ごめんなさいッ!! ウチのお母さんが巻き込んだ上に、そんなとこに放り込んで。本っ当にごめんなさいッ!!


「確かにパーティには問題があるけれど、こうやって私のために泣いてくれるルリのような子がいてくれるだけで、救われたような気持ちになれるわ。ありがとう、ルリ」

「…………ナキスルビアさん。あまり力にはなれないかも知れませんが、わたしに出来ることがあったら何でも言ってください」


 せめてもの償いにと思って口にすれば、ナキスルビアは少し照れた顔をする。


「……じゃ、じゃあ。良かったら『お姉ちゃん』て、呼んでみてもらってもいい?」

「えっ。そんなことでいいんですか?」

「ええ」


 ルーリアはナキスルビアのマントからぴょこっと顔を出し、ちょっと照れた顔で見上げた。


「……お、お姉、ちゃん……」

「ルリ、そこは名前も呼んであげなきゃ」

「あ、はい。……ナキスルビアお姉ちゃん」

「……~~~ッ!」


 ナキスルビアは顔を手で覆い、ふるふると身体を震わせた。


「っこれで明日からも頑張れるわ! ありがとう、ルリ」

「…………あ、いえ」


 何だろう。ちょっと一瞬だけ、ナキスルビアはフェルドラル属性なのかも、と思ってしまった。



 午前の授業を終えると、ナキスルビアは自分の所属する軍部の区域へと帰っていった。

 午後からは軍事学科の授業に出るらしい。

「また明日もよろしくね」と言っていたので、これからも菓子学科に通うことに決めたようだ。


 午後の授業が始まる前の、休憩時間。

 菓子学科の学舎近くの小川のほとりで、ルーリアはシャルティエから先ほどの話の質問を受けていた。


 木陰にある木製のベンチに座り、シャルティエが音断の魔術具を使用しているから、他の人には会話が聞こえないようになっている。

 サクラの花びらがひらひらと、穏やかな春の陽射しの中を舞っていた。


「さっきの話のエーシャって人。エルシアさんだよね?」

「……うっ」


 やっぱりシャルティエにはバレていた。


「偽名のことは、わたしもさっきの話で初めて知りました」

「勇者パーティにいたことは?」

「……それは、知っていました。フェルも、元々はお母さんのパートナーだったんです」


 それを聞いたシャルティエは、妙に納得した顔をした。


「あー。だから契約がなくても、ガインさんはフェルさんを信用していたんだね」


 例え本人同士の仲が良くなかったとしても、今まで一緒のパーティで戦ってきたのであれば、互いに生命を預けていたも同然。きっと暗黙の信頼関係にあったのだろうと、シャルティエは頷いていた。


「それにしても、いくら自分がパーティを抜けるからって、大金を出してまでナキスルビアを勇者パーティに置いていったのって、ちょっと変じゃない? 何か訳があったのかな?」

「それは、お母さんに聞いてみないと分からないですね。それよりも、どうしてロードスフィアの人たちは自分たちでお金を稼ごうとしなかったんでしょう? 大切な家族をお金と引き換えにするなんて。わたしには信じられません」


 家族がナキスルビアと金を引き換えることに反対しなかったと聞き、ルーリアはショックを受けていた。

 そんなの、家族じゃない。そう叫びたくなる気持ちを、ぐっと呑み込んでいる。


「そこは私たちが口を出せる話じゃないだろうね。ロードスフィアは一年のほとんどを氷で覆われていて、物の生産には向かない国なんだから。だからと言って、先祖代々の土地を捨てる訳にもいかないんだろうし。価値観の違いだってあると思うよ。その土地の文化や苦労を知らない私たちが、簡単に非難してはいけないと思う」


 シャルティエの言っていることも分かる。

 けれど、ルーリアは納得できなかった。

 子供も生産物だと見るのなら、それを売るのは商いだ。自分たちが物を作って売っているのと何も変わらないと言われてしまえば、それまでのこと。けど、頭では分かっていても、心の中にあるモヤモヤが晴れることはなかった。

 そんな重い空気を読んでか、フェルドラルが話題を変えてくれる。


「そういえば姫様。料理学科の話を聞いておかれた方が宜しいのでは?」

「あ、そうでした。シャルティエ、今日からわたしも料理学科に行こうと思います。どんな様子か聞かせてもらってもいいですか?」

「えっ! 本当に? どうしたの、急に」


 驚いた顔のシャルティエに、ルーリアは昨日の農業学科での話を聞かせた。

 どうして自分が料理をしたいと思ったのか。

 レイドと話して、それに気付いたこと。

 ガインたちを喜ばせたい。そのために、肉料理も頑張ってみようと決意したこと。

 ルーリアの話を聞いていたシャルティエは、あごの下に手をやると口元をニヨッと緩めた。


「ほほーぅ。かたくなだったルリの心を、言葉だけで解きほぐした男の人が農業学科にいたと」


 意味ありげな物言いにルーリアが首をひねると、シャルティエは身を乗り出した。


「ねぇ、どんな人なの? そのレイドって人。格好良い?」

「どんなって言われても……。背が高くて親切な普通の人ですよ」

「えー……。ルリが言う普通って、ちょっと当てにならない気がする」

「えっ、どうしてですか?」


 ルーリアの中では『普通』は褒め言葉だ。

 普通でいることは、とても難しいことだと考えている。疑われる意味が分からない。


「だってルリの周りって、普通の人がいないじゃない。何気に強かったり美形だったり。たぶんだけど、その中で育ったルリは、その辺りの感覚が他の人とは違うと思うよ」

「えぇっ?」


 地味にショックだ。ここまではっきり他の人と違うと言われるなんて。自分では普通に出来ていると思っていたのに。

 

「例えばだけど、フェルさんを見てどう思う?」

「フェルですか?……綺麗だと思いますけど」


 そう言って視線を向けると、フェルドラルはちょっとだけ照れたような顔をする。


「じゃあ、ナキスルビアは?」

「綺麗なお姉さん」

「エルシアさんは?」

「綺麗だと思います」


 自分の親を褒めるのは変かも知れないけど、客観的に見てそう思うし、アーシェンたちもそう言っていた。シャルティエは「なるほど」と頷き、次の質問に移る。


「じゃあ、ガインさん」

「普通です」

「ユヒムさん」

「……普通?」

「入園式の時に挨拶をしたセルは?」

「えっ?……普通、じゃないんですか?」


 ルーリアの答えを聞くと、シャルティエは残念そうに苦笑いした。


「うん。ルリに男の人を見る目がないってことだけは十分に分かったよ」

「えぇっ。何でですか!?」


 そんなバカな。ショックを受けるルーリアを余所に、シャルティエは自分のカバンの中から、一枚の紙を取り出した。


「これを見て」

「これは……何ですか?」


 その紙には、男性の名前がズラッと並んでいる。


「これはね、衣部と芸部の女生徒が作った、今年の男性生徒の格好良い人ランキングなの」

「ランキング?」

「順位って意味だよ。これを見て自分の感覚と違っていたら、他の人とズレてるって思った方がいいと思うよ」

「な、なるほど」


 ルーリアは紙に書かれた名前を目で追っていった。


「名前が上にあるほど順位も上って意味ね。ちなみにランク分けもされてるから」

「じゃあ、勇者様は一番上の組ということなんですね。あっ、セルさんも」


 レイドは真ん中辺りにあり、ついでにエルバーの名前も真ん中の組にあった。


「そこに名前が載ってるってだけでも、その人は周りから『格好良い』って思われてるってことだから。人の見た目に順位をつけるのは失礼かも知れないけど、これは芸軍祭でも毎年恒例になっているイベントだからね」


 芸軍祭のことは入園式の時に説明があった。

 学園で行われる秋の大祭、芸軍祭。

 芸部と軍部が主体の祭りで、もちろん他の学部もそれぞれ参加する。ダイアグラムにある他の学校でいうところの文化祭である、という話だった。

 そこで美男美女を決める投票があるらしい。


「ルリはこのランキングを見て、男の人に対する自分の感覚のズレを見直した方がいいかもね」

「……ぅぐ。はい」


 そうは言われても、人は見た目じゃなくて中身だって言っていたような?

 ……うーん。何とも難しい。


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