第118話 終わってなかった家族会議
天候が悪くなると、天井にある明かりだけでは家の中が暗くなる。ルーリアはカウンターに置いてあったランプに火を灯し、テーブルの上に置いた。
こうしてランプの灯りを見ていると、ほんの少しだけ夜の時間にいるような気分になれる。だからルーリアは天気が悪い日も嫌いではなかった。
「お母さん。お父さんが呼んでいますから、そろそろ出てきてください」
「…………ルーリア。私はもう、全てに自信を失くしました」
あれからエルシアは台所で膝を抱え、どんよりと遠い目をしている。ここを落ち込む時の定位置にするのは勘弁して欲しい。
「お母さんには魔法や魔術具作りや調合があるじゃないですか。わたしはいろんなことを知っているお母さんを尊敬しているんですよ」
「……ぐすっ。こんな毒々しい料理しか作れない母親でもですか?」
あれから何回か試したのだろう。
調理台の上には失敗作と見られる危険物がいくつか置いてあった。
「それだって、あのフェルドラルが『作り方が全然分からない』って言っていたんですから、きっとすごいことなんだと思います。わたしはお母さんから習いたいことがいっぱいあるんですから、元気を出してください」
「……本当に? こんな私でも良いのですか?」
「もちろんに決まってるじゃないですか」
どうやったら普通の食材でそうなるのか、本気で聞きたい。エルシアの料理については、ガインがもっと早くに本当のことを話してくれていれば、と思いもする。
けれど、生命を懸けて守ると言っていたルーリアを忘れて逃げ出すほどなのだ。前に食べてしまった時は、よっぽどひどい目に遭ったのだろう。
さっき外に出た時とは、まるっきり立場が逆だけど、どうにかエルシアを台所から引っ張り出すことに成功した。
前回の家族会議は、二人の過去の話をしたところで終わってしまっている。これからその続きをするそうだ。セフェルは暖炉の前にクッションを置き、幸せそうな顔で眠っていた。ちょっと羨ましい。
「エルシア、この前の色の変化についてだが、お前の意見をルーリアにも聞かせてやってくれ」
「……はい。ルーリアが闇色に染まった原因ですが、あれはやはり邪竜に関係していると思います。邪竜は人々の負の感情を力の源としている存在ですから。ルーリアが負の感情を持ったことで、その影響が強く表れたのだと私は考えています」
負の感情……良くない考えをルーリアが持てば、また同じことが起こるだろうとエルシアは話す。
「そうならないためにも、ルーリアには自分を大切にしてもらわないといけません。今回のことで、それに気付いてくれたと私は思っています」
「ルーリアが自分を大切にすることを、俺もエルシアも望んでいる。それは分かってくれたんだろう?」
今までは両親に憧れ、人の役に立つことだけを考えてきた。けれど、それだけではダメなのだ。
「……はい。よく分かりました」
ルーリアが自分を大切にしなれば、ガインとエルシアの今までの努力を無駄にしてしまう。二人を、悲しませてしまう。
「だからと言って、無理に明るく振る舞おうとしたり、我慢したりするのは駄目だぞ」
「……うっ。む、難しいですね」
「そう難しく考えなくても大丈夫ですよ。私もガインも、ルーリアにはいつも笑っていて欲しいだけですから」
その話が落ち着くと、ガインは学園の入園案内書をテーブルの上に置いた。
「次にこれだ。正直、エルシアはどう思っている? ルーリアが学園に通うとしたら賛成か? それとも反対か?」
学園は外の世界にある。特に人族の国については、エルシアの方がガインより詳しい。エルシアが危険だと判断すれば、学園行きはなくなるだろう。
「私は……これは、ルーリアが決めるものだと思っています。外に出るのは心配ですが、ルーリアが行きたいと望むのであれば、応援したいと思っています」
「そうか。ルーリアはどうだ? お前はどうしたい?」
ルーリアの心はシャルティエのレシピを受け取った時から決まっている。
「もし無事に課題に合格できたなら、その時は学園に通ってみたいと思っています。……も、もし、贅沢を言ってもいいのなら、もっといろんなことを学んでみたいです」
ルーリアが自分の望みを口にすることは滅多にない。ガインとエルシアは顔を見合わせ、頷き合った。
「お前の気持ちはよく分かった。心配ではあるが、お前が望むのであれば、俺たちはそれを応援しよう」
「ルーリアにはまだ伝えていなかったのですが、来年の春にはリューズベルトたちも学園に通わせようかと考えています」
リューズベルトって……。
「えぇえっ! ゆ、勇者様がですか!?」
自分の学園行きを許してもらえたことよりも、そっちの方がビックリだ。現役の勇者が、今さら何を学ぶというのだろう?
「リューズベルトは勇者だけあって力はあるのですが、精神面ではまだまだ未熟なのです。私はすでにパーティから外れましたから、あまり口出しはしたくないのですが、他の仲間もまだ若いですし。ルーリアの話をガインから聞いた時に、学園ならちょうど良いと思ったのです」
勇者だけでなく、その仲間も一緒に通わせるつもりだという。
剣士のウォルクス、魔法剣士のナキスルビア、魔法使いのエルバー、回復士のリュッカ、その四名だ。
戦うための技術もだが、魔法や調合、魔術具の知識も学ばせたいらしい。
「勇者様が……」
それにしても勇者パーティが全員そろって学園で勉強とは……すごい話だ。
でもそれだと学園で悪目立ちしてしまうのでは? と心配すると、勇者が人目を集めるのはいつものことだから、どこにいても大差はないという。それに勇者たちが周囲の目を引けば、ルーリアが少しくらい失敗しても目立たなくなるから、とエルシアは微笑んだ。
…………何だろう。
エルシアの言い方だと、ルーリアが勇者を利用しようとしているように聞こえてくる。
「学園に通うことになっても、ルーリアはリューズベルトたちとは出来るだけ関わらないようにした方がいいだろうな」
「えっ、どうしてですか?」
「前にも話したと思うが、勇者パーティってだけで、どこでどんな恨みを買っているか分からないんだ。余計な揉め事に巻き込まれないようにするためだ」
その話をルーリアの隣で聞いていたフェルドラルは、フッと鼻で笑った。
「素直に言えばいいではないですか、年頃の男に近付いて欲しくないと。仮に姫様に近付いてくる悪い虫がいたとしても、わたくしが排除いたします。安心なさい、ガイン」
「……まぁ、仕方ないか。頼む」
…………頼む?
「……え、フェルドラル? もしかして、学園に付いてくるつもりなんですか?」
「当然ですわ」
「それは……いくらフェルドラルでも無理ですよ。学園生でもないのに」
そう言うと、フェルドラルは入園案内書の小さな文字を指差した。そこにはこう書いてある。
『付き添い人・一名まで可』
……付き添い? 何、それ。
「わたくしが、行きます」
「任せた」
「…………ええー」
いつものことながら、ルーリアに選択権はなかった。
話題は次に移る。
学園には『法部』という学部があり、その中の裁判学科には、教師役として神官が一人、神殿から派遣されることになっている。
神官といえば、ミンシェッド家だ。
その辺りはどうすればいいかと尋ねると、ガインが答えた。
「その話については、来年の一年間だけなら、誰が神殿から来るのかすでに聞いている。クインハートという名前の神官だ」
「……クインハート?」
その名前、どこかで聞いたような……。
「あ、思い出しました。その人は課題発表の時に、わたしとシャルティエの尋問に立ち会った神官様です」
「何だ、ルーリアも会ったことがあるのか」
「クインハート!? 確かその者は伯母様の……。ガインはなぜその名前を? その者は危険なのですよ?」
神官の名前を聞いた途端、エルシアは表情を強ばらせた。エルシアの中では、クインハートはベリストテジアの手の者という認識だ。
「落ち着け、エルシア。祭りの夜に俺は本人に会っている。お前も見たんだろう?」
「ええっ、そんな……どうして!?」
記憶を覗かれたガインは、エルシアも知っているものだと思っていた。だがエルシアは初めて耳にしたような顔をしている。
「祭りの夜にガインを助けたのは、その者です。わたくしも一緒に会っていますから、間違いありませんわ」
「…………ガインが、助けられた? ミンシェッドの者に? 何かの罠ではないのですか? もし、ここが知られてしまったら──」
フェルドラルの言葉を聞いても、エルシアは信じられないと取り乱す。
「フェルドラルにも調べてもらったが、俺たちの後をつけるとか、そういったことはなかった。……お前、この前、俺の記憶を覗いた時に、その辺りも一緒に見たんじゃなかったのか?」
「……っ。あ、あの時は、その……フェルドラルと、二人で、いたところを…………」
エルシアの声がごにょごにょと小さくなっていくと、ガインは小さくため息をついた。
「見ていないんじゃ、しょうがない。これは俺の直感だが、あの神官は大丈夫だと思う」
「……どうしてそう思えるのですか? ミンシェッドの者なのですよ? それに知っていたのなら、私が話題に出さないはずがないのに。どうしてすぐに言ってくれなかったのですか?」
問題ないと言いきるガインを、エルシアがなじる。ガインはエルシアの両腕を掴み、強い視線を向けた。
「言えば、お前は冷静さを欠いた状態で動き回り、余計なことに手を出しかねないと俺が判断した。今こうして話をしたのも、フェルドラルに協力してもらって安全が確認できたからだ。俺はルーリアだけでなく、お前のことも守りたいんだ。……分かって欲しい」
自分のことを心配するガインの真剣な眼差しに、エルシアはそれ以上、言葉が続かなかった。
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