第119話 冬の間は養蜂はお休み
ついでということもあり、ガインは祭りの夜にクインハートと話したことをエルシアに聞かせた。
現在の神官たちの力不足。エルシアに教えを乞いたいと言っていたこと。神の眼の使い手が、今の神殿には一人もいないこと。
「……え、一人も……?」
「ああ。それでクインハートはお前に会いたがっていた。俺はお前については何も話していない」
「…………そう、ですか」
力不足は本人が努力しなければどうにもならないが、『教えを乞いたい』という話にエルシアは妙な違和感を覚えた。教えなら、神官長であるベリストテジアがいれば事足りるはずだ。それが、なぜ……?
「……クインハートは一人で来たのですか?」
「いや。神殿騎士を一人、供として連れていた。クインハートと会う前、俺たちはそいつと先に会っていたんだ。俺が騎士見習いをしていた頃からの知り合いで、信頼は出来ると思う。知っているか? キースクリフという騎士なんだが」
エルシアはその名前を耳にすると、あからさまに不快そうな顔をした。
「ええ、知っています。先代の勇者様と神殿に行った際、夜遅くに私の寝所に忍び込んで来た不届き者です。部屋を間違えたなどと言っていましたが、勇者様のお守りを頂いたその日に発動させた、騎士の風上にも置けない者です」
先代の勇者のお守り。
ルーリアは自分の左手首を見つめた。
透き通った水色の宝珠が揺れている。たぶん、これのことだろう。発動したということは、何かあったのだろうか?
「……ほう」
この時、ルーリアは気付いていなかったが、ガインは今までとは比べ物にならないくらい爽やかな笑みを浮かべていた。
次に会った時が楽しみだ。そんな呟きが聞こえたような、聞こえないような。
「そういや、ルーリア。ユヒムから相談が来ていたぞ」
「……相談? 何のですか?」
「俺にもよく分からんのだが、骨がどうとか」
骨!! 何の話かすぐに分かった。
ルーリアがユヒムの屋敷に滞在していた時に、隣の部屋に集めてもらった呪いの悪魔召喚セット──じゃなかった、
あんなに部屋いっぱいに頼んでおいて放置とか、ガインにバレたら絶対に怒られる。
「あ、あのっ。それなら、わたしからユヒムさんに連絡を入れておきますので大丈夫です。その、お父さんは気にしないでください」
えへへと愛想よく笑うと、ガインはジロッと鋭い視線を飛ばしてきた。
「……その反応は怪しいな。何の話か聞かせてもらおうか」
ひぃッ!
「あぁあ、あの、変な物ではないですよ。お父さんにも渡した、お守りの材料です。課題発表の日に、みんなに渡したじゃないですか」
ああ、あれか。と、ガインの眉間のシワが消える。
「……俺はあの時、ルーリアが作った魔術具に助けられたんだ。だが、せっかく作ってくれたのに、そのほとんどが壊れてしまった。済まない」
「い、いえ。そのためのお守りなんですから。少しでも役に立てたのなら、わたしはとても嬉しいです」
これはもしかすると上手く誤魔化せるチャンスかも知れない。
「壊れてしまったのなら、また新しい物を作りますね。さっきの話は、ユヒムさんの所にまだ材料が残っているから、その連絡をしようかと思って……」
「そうだったのか。疑って済まなかったな」
「い、いいえ。全然、大丈夫です」
よしっ。何とか誤魔化せた!
ルーリアが心の中でガッツポーズをしていると、それを見ていたエルシアが頬に手をついた。
「ガイン。お守りも良いのですが、それだけですと少し不安です。ちゃんと魔法が使えるように、いろいろと教えてあげたいのですけれど、構いませんよね?」
「……あ、ああ。教えるのは構わないが……どんな魔法だ?」
エルシアが普通に教えるとは思えない。
ガインは少し引いた目になった。
「自分の身を守るための魔法です」
「それは防御魔法だけか? それとも攻撃魔法もか?」
「どちらも含めて、いろいろです」
「……うーん」
エルシアの教え方が極端なことを知っているガインは、眉間を押さえて考え込んだ。
その間にルーリアは、この前からずっと気になっていたことをエルシアに尋ねた。
「お母さん。フェルドラルとの魔法対決で使ったのは、属性が違うだけで同じ威力の魔法だったんですか? 最終的な詠唱名が一緒でしたよね?」
エルシアが答えるより先に、フェルドラルが会話に入ってくる。
「あれはエルシアの方がわずかに優勢でしたわ。同程度の魔法ですと、風では闇に敵いませんので。まぁ、わたくしの場合は後追いで重ね掛けして、威力を上げるつもりでしたが」
あの通り魔さえ邪魔しなければ、とフェルドラルは舌打ちしそうな顔になる。
「同じ系統の攻撃となりますと、フェルドラルの唱えた古代魔法と、私の唱えた旧魔法、それから特有スキルで発動させるものの三種類あるのです」
「え、スキル? あれと同じくらいの攻撃がスキルにもあるんですか?」
「ええ、あります。先代の勇者様が邪竜討伐の際に使っていましたので、間違いないですよ」
ちなみに同じ属性の極大魔法と極大スキルをぶつけた場合、その攻撃は相殺されるらしい。ただし、周辺への被害はもれなく甚大なものとなるそうだ。
「……すごい。勇者様のスキルと同じくらいの魔法。お母さん。わたし、いろんな魔法を習ってみたいです!」
「では姫様も、ご一緒に本を読まれますか? わたくしが読んでいる物も、それなりに面白いですよ」
「ルーリアには補助魔法くらいしか教えていませんでしたね。今度、攻撃魔法の他にも移動魔法も教えてあげましょう。とても便利なのですよ」
魔法の話で盛り上がる三人を、ガインは不安そうに眺めた。止めても無駄なのは、もう分かっている。
「……頼むから、いきなり極大魔法とか教え込むなよ、お前ら」
この台詞も、きっと無駄になるだろう。
◇◇◇◇
それから何日か経った、ある晴れた日。
シャルティエが家に遊びに来た。
あれから無事に仲直り出来たことを伝えると、シャルティエは自分のことのように喜んでくれた。本当に良い友達に恵まれたのだと、深く感謝する。
「どう、ルーリア。お菓子作りは
「今のところは順調ですよ。これもシャルティエのレシピのお蔭です。ありがとう、シャルティエ」
「んーん、どういたしまして。それにしてもこの辺りって、冬の間は外に出ることも出来ないよね。いつもは何して過ごしてるの?」
部屋の窓から見える一面の雪景色を眺め、シャルティエは眩しそうに目を細めた。日の光を反射した真っ白な雪はキラキラと輝いている。
「いつもは蜂蜜酒や果実酒を作ったり、薬を調合をしたり、あとは魔術具作りでしょうか。家の中で何かを作っていることが多いですね」
「そうなんだ。ルーリアの作るお酒は、ちょっと興味あるかも」
窓から離れてベッドに腰を下ろし、シャルティエはセフェルを撫でた。
「ねぇ、何か今日、セフェル元気ないね」
「最近ずっとこうなんですよ。蜂蜜を食べているから、病気ではないと思いますけど。冬だからでしょうか? セフェルは寒いのが苦手みたいですから」
セフェルは気怠そうにゴロンと寝転がり、しっぽだけをパタパタさせている。
エルシアもガインも厚着を嫌うから、家の中は冬でも春のように暖かい。一階には暖炉もある。妖精のことがよく分からないだけに、ちょっと心配だった。
「あ、そうそう。猫の元気がない時は、ミルボラの実が効くって聞いたことがあるよ」
「ミルボラの実? それって何ですか?」
ミルボラは暖かい地域に自生している
その実を乾燥させて粉にした物を、セフェルのように気怠るそうにしている猫に与えると、たちまち元気になるんだとか。
猫とは言っても妖精だから、効くかどうかは分からないけど、とシャルティエは言う。
「そんな物があるんですか。それは珍しい物なんですか? 手に入りにくいとか?」
「ううん、割と簡単に手に入るよ。良かったら明日にでも持ってこようか?」
ちょっと迷ったけど、セフェルが元気になるのなら、と頼むことにする。
「……あの、シャルティエ。シャルティエは香水とかって詳しいですか?」
「香水? 作るの? 使うの?」
「作る方です」
課題発表の時、ガインが敵から追われて苦労したという話を聞いたルーリアは、護身用に香水作りをしてみようと密かに考えていた。
「作る方かぁ。私はあんまり詳しくないんだよね」
「本格的な物じゃなくていいんです。どちらかと言えば、気軽に使える物が欲しいので」
「それならフィゼーレさんに聞いてみるね。確かケテルナ商会で香水の取り扱いがあったはずだから」
「はい。いろいろ頼んでしまってすみません」
「大丈夫だよ、任せておいて」
そして、次の日。
シャルティエはさっそく、ミルボラの実と香水作りの材料を持ってきてくれた。
「香水の材料は、すぐにフィゼーレさんがそろえてくれたよ。初めて作るなら、この辺りがいいだろうって」
持ってきた小瓶と道具を、シャルティエが丁寧にテーブルの上に並べていく。
香水の主な材料は、アルコールと精油だ。
精油は花や果物、植物から抽出した物が多いらしい。色とりどりの綺麗な小瓶が並ぶ。
「香りの元って、たくさんあるんですね」
「これはほんの一部だよ。今回のは、材料を混ぜ合わせるだけの簡単な物なんだって。詳しい作り方はこの紙に書いてあるって、フィゼーレさんから預かってきたよ」
受け取った紙には、道具の使い方とお薦めの組み合わせが書いてあった。
「ここには花畑もあるし、ルーリアなら精油も自分で作れるんじゃない? そうすればオリジナルの香水も作れるね」
「オリジナルですか。慣れたら挑戦してみたいですね」
ルーリアとシャルティエは思い思いに精油の小瓶を手に取り、試しに香水をいくつか作ってみることにした。
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