第110話 魔力屋を名乗る乱入者
裏口の扉を開けると思った通り、外は真っ白な雪で何もかもが覆われていた。
今、出て行ったばかりのエルシアたちの姿が、もうどこにも見えない。
これでは探すのも難しいだろう。と、ガインと話していた、ちょうどその時。遠くで大きな爆発音がした。
「……………………」
ルーリアとガインは無表情のまま、そろってその方向に顔を向ける。見えたのは、空に向かって高く昇る雪煙だった。
あ、うん。行きたくない。
素直にそう思えた。
ガインも同じ顔をしている。
「…………行くぞ」
「…………はい」
重い気持ちを押し込め、白虎の姿になったガインの背に乗り、ルーリアたちは爆発のあった方へと向かった。
「あ、あそこです!」
家から見て東の方角。魔族領との境にある山脈に向かって行くと、向かい合う二人の姿を発見した。
「雪崩が起こるかも知れませんから、少し高い所に行きましょう」
『分かった』
エルシアとフェルドラル、そのどちらも見て取れる小高い丘へと移動する。
『
自分たちがいる場所だけ、円を描くように火魔法で雪を解かした。
『どうだ? 何をしているか分かるか?』
ルーリアは地面に降りると、すぐに二人に目を凝らした。ガインも人型に戻り、その隣に並ぶ。
「んー、と。今はフェルドラルが風、お母さんが地の魔法を使っています。そんなに大きな魔法は使っていません。お互い様子見のような状態なので、たぶん大きな一撃を放つタイミングを計っているんだと思います」
魔法のことはさっぱりなガインに、ルーリアが状況を解説する。エルシアたちは小さな魔法をぶつけ合い、睨み合っていた。
「大きな一撃だと!?」
「魔法で勝ち負けを決める場合、物理攻撃と違って、大きな一撃を放つ方が実力差も分かって早く決着がつくんです。あの二人の性格を考えると、少しずつ削り合うよりも一気に勝負をつける方を選ぶと思います」
「……なるほど。しかしそれは……その、大丈夫なのか? 大きな一撃と聞いても、オレにはよく分からん。……さすがに手加減くらいはするよな?」
自分で言いながら、ガインは不安の色を濃くにじませる。恐らく、その反応は正解だろう。あの二人が手加減をするとは思えない。
「お父さん、最悪の場合を覚悟しておいてください。生命を落とすことはなくても、大ケガはすると思いますから」
「……了解した。一応、蜂蜜は持ってきたが……たぶん、ルーリアの回復魔法の方が早いだろうな」
「そうですね。それに生命に別状がなくても、蜂蜜が飲み込める状態とは限りませんから」
「…………そうだな」
ルーリアとガインが息を詰めて見守る中、探り合いを続けていた二人の動きが止まった。
シン……と静まる、真っ白な世界。
しかし徐々に、辺りの空気が変わっていくのが、肌に触れる風の圧で感じられた。
強大な力に支配され、恐れるような色の風が波のように広がる。例えるなら、嵐の前によく似ていた。
フェルドラルが風を掴み、自身の持つ魔力と共に術を織り上げていく。
『
静まり返った雪原に、凛としたフェルドラルの声が響く。
「お父さん。これ、従属契約の時と同じ古い文言です!」
「あの黒歴史とか呼んでたやつか!?」
ルーリアたちに一瞬で緊張が走る。
詠唱の長い古い魔法が、小さな魔法だとはとても思えない。それにフェルドラルが黒歴史と呼ぶ魔法は、ルーリアの知るところの古代魔法によく似ていた。
『黄昏より紡ぎし 遥かな闇夜
色無き虹の 音無き声を聞け……』
フェルドラルの詠唱に重なるように、エルシアの澄みきった声が聞こえてきた。
「お母さんの詠唱は何の魔法か分かりません。闇……でしょうか? これも古い魔法だと思います」
「…………あの、馬鹿……」
エルフは本来、光属性の魔法を得意とする。
それなのに、ここでこの魔法を持ってくるということは、相当強さに自信があるものなのだろう。
『
『闇底に繋がれし 奈落の鎖を断ちて
果てなき深淵 その影を透かし
二人の詠唱が重なり続く。
ガインは顔に焦りを浮かべた。
魔法のことを知らなくても、本能が警鐘を鳴らす。
「どうにか二人を止められないのか!?」
「すでに魔力が集まってきています。あれだけ大きな魔法ですから、両方とも途中で解除するのは無理だと思います」
魔法を止めることが出来たとしても、残された魔力が暴走したら意味がない。
「──おや、何かお困りですか?」
「「!!?」」
バッと、反射的に動く身体。
突然、聞こえてきた聞き覚えのない男の声に、ガインとルーリアは瞬時に身構えた。
弾かれたように声がした方に目を向けると、そこにはルキニーのような執事服に身を包んだ男が、美しい姿勢で立っている。
サラっとした青い髪に、金色の瞳。
ガインと同じくらいの背で、スラッとした印象。歳は人族であれば20代前半くらいに見えるが、まず雰囲気からして人族ではないと分かる。何よりも気配がない。
雪山を背景に、見るからに場違いな服装のその男は、ルーリアとガインに向け、柔らかく微笑んだ。
「……何者だ。どうやってここに入ってきた?」
結界はエルシアが結び直したばかりだ。
警戒心を剥き出しにしたガインは、ルーリアを自分の後ろに隠した。そして、いつでも攻撃に移れるよう握った拳に力を込め、その男に向き合う。
「ああ、失礼。そんなに警戒しないで頂きたい」
身構えたガインを見た男は、何も持たない手の平を見せ、戦う意思がないことを強調した。
「ワタシは通りすがりの魔力屋です。驚かせてしまったのなら、申し訳ありません。このくらいの結界でしたら、ワタシは簡単に通れてしまうのです」
「……その魔力屋が何の用だ?」
ガインは隙のない鋭い目で、その男を睨みつける。深緑色と金色の視線が絡んだ。
フッと、魔力屋の男が視線を緩める。
「いやあ、なかなか最近お目にかからないほどの強い魔力反応がありましたので。近かったものですから、ちょっと様子見に寄ったまでです。ですが……あれは放っておいたら、この辺り一帯が吹き飛びますけど。宜しいのですか?」
魔力屋の男は微笑んだまま、そう言った。
「辺り一帯! そんなに大きな魔法なんですか!?」
「ほぼ、極大魔法同士の激突だと考えて間違いないでしょう」
どうやら手加減どころか、全力での殴り合いだったらしい。あとの心配とか周りへの配慮とか、何も考えていないようだ。
『
『始まりに等しき 暗き瞑目
闇に照らされし 絶えぬ黒焔
こうしている間も二人の詠唱は続く。
「あの黒髪の女性も渋い言句を引っ張ってきましたね。闇の旧魔法ですか。これを使えるのは相当なのですけど。お知り合いですか?」
「……ああ」
魔力屋の男に怪しむ目を向けるのと同時に、ガインは表情に焦りを映していた。
「何やらお困りのようでしたので、つい声をかけてしまったのですが……。もしあれを消したいのでしたら、宜しければワタシがお手伝いしましょうか?」
「えっ! あれをどうにか出来るんですか?」
「ええ、もちろんです」
ガインは迷った。
普段なら、いきなり現れた知らない者に頼ったりはしない。何をおいても怪し過ぎる。
だが今回は、それ以外には手の打ちようがないほどに差し迫った状況だった。
「……今、この場に手持ちはないんだが」
「ああ、お代ですか? あれほどの魔力なのです。あれを頂けるのでしたら、それで十分ですよ」
「…………分かった。頼む」
ガインは悩んだ末、男に協力を依頼した。
「良いご判断かと。ご利用ありがとうございます」
魔力屋の男は口の端を上げると、丘の上から足を踏み外したように飛び下りた。
「えっ!!」
慌ててルーリアが丘下を覗き込む。
高さはそんなになくても、執事服で飛び下りる姿は、どこか異様だった。
その、直後。
バサッと大きく羽ばたく音がしたかと思うと、背中のコウモリに似た大きな翼で魔力屋の男は空を飛んでいた。エルシアとフェルドラルのいる中間辺りに向かい、翼をはためかせている。
「なっ!! あの男、魔族か!?」
ガインが目を見開き、声を上げた。
「魔族……?」
獣人とどこが違うのだろう?
前に鳥の獣人の少年を天使と間違えたルーリアは、魔力屋の男を悪魔みたいだと思った。
エルシアとフェルドラルの詠唱は、大詰めを迎えている。
『
『
七つの鐘を打ち鳴らし 終焉を告げよ……』
そして、あとひと声で詠唱が終わり、ついに極大魔法が放たれようという、その時。
魔力屋の男は優雅につま先を地面に着け、二人の間に降り立った。
『
『
二人から同時に、極大魔法が放たれた。
空間をねじ切りそうな巨大な魔力の塊が、魔力屋の男に一直線に向かう。
「なっ!」
「えッ!?」
自分たちの放った攻撃の直線上に立つ人影に気付いたフェルドラルとエルシアは、即座に表情を強ばらせた。そんな所にいたら、間違いなく死ぬ。
その甚大な緑風と黒闇の魔法の
魔力屋の男は悠然とした笑みを浮かべると、左右に広げた手の平で二つの極大魔法を同時に受け止め、その膨大な魔力ごと、吸い取るように一瞬で消し去ってしまった。
チラチラと、余韻のように粉雪が舞い散る。
魔力屋の男は流麗に一礼すると、エルシアとフェルドラルに向かい、余裕の笑みを覗かせた。
「ご馳走様でした」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます