閑話4・迷子のお嬢様


 ルーリアがダイアランのケテル邸に来て、三日目のこと。

 当然のことながら、屋敷で働いている使用人たちは誰もがルーリアの動向に注目していた。


 若旦那ことユヒムから、久しぶりに屋敷に帰ると連絡があったのは数日前のこと。

 そのユヒムが連れ帰ってきた特別な客人であるルーリアは、ケテル一族、ケテルナ商会、ひいてはそれに関わる全ての者にとっての恩人と言えた。


 使用人たちのまとめ役である執事のルキニーも、かつてダイアランの王城で騎士をしていた頃に、魔虫の蜂蜜屋に大切な家族を救われた一人だ。

 だからルキニーのルーリアを見る目は、屋敷の中で誰にも負けないくらい優しい。


 そんな経歴を持つルキニーは、ケテルの屋敷に信頼の置ける騎士や武人を何人も雇い入れている。

 ルーリア付きのメイドとなった、セイラ、ラミア、アチェットの三人も本業は騎士や傭兵だ。

 場によっては敵対したこともある三人は、互いのメイド服姿を見て必死に表情を繕っていた。


「ぶっは。セイラとアチェットがメイド服。何の冗談ですかねー」

「同じ服装をしている貴女には言われたくないですね、ラミア」


 ムスッとした顔で睨みつけるセイラは、手にしていたほうきを剣のように持って構える。


「おっ、やりますかー?」


 楽しげに口角を上げ、ラミアもほうきを槍に見立てて構える。と、パンパンと軽く手を叩く音が響いた。


「三人とも、遊んでいないで仕事をするように。ルーリア様がお一人で部屋を出られ、しばらく戻られていないとフィゼーレお嬢様がお探しです」


 ルキニーに『三人とも』と言われたことで、セイラとラミアは自分たちがアチェットから狙われていたことに気付く。


「たはー、これだから暗器使いは。狙いを外して花瓶とか壊さないでよね。給料が全部、吹っ飛びそう」

「外さなければ問題はございませんでしょう?」


 バチバチッと音が出そうな睨み合いをするラミアとアチェットを、ルキニーはコホンと咳払いで流す。元気なのはいいが、好戦的で困ったものだ。


「ルーリア様は似たような造りの並ぶ場所を覚えることが苦手でいらっしゃる。フェルドラル様は慣れるために放っておかれるようにおっしゃられたが、フィゼーレお嬢様はしばらくは手助けを、と話されています」


 まだ屋敷に慣れていないルーリアが万が一にもケガをしたりしないように、それとなく見守るよう、三人は言い渡された。


「貴女たちと一緒なのは不愉快ですが、仕方ありません。我慢しましょう」

「まあ、それはこちらの台詞でございます」

「あーぁ、これだから戦闘狂ってやだわー。呼吸するように煽ってくるー」


 自分のことは棚に上げ、ラミアが笑う。

 ただ仲が悪いだけに見える三人だが、実はある共通点があった。全員、過去に魔虫の蜂蜜で生命を救われたことがあるのだ。


 特に死を待つばかりの病に侵されていたアチェットは、魔虫の蜂蜜を作ったルーリアを神のように崇めている。

 その様子はさながら熱狂的な信者だ。

 過剰なほどに崇拝しているため、アチェットは未だにルーリアとまともに話せないでいた。


「いやぁ、それにしてもルーリア様の側付きは最高ですねー。美味しい料理の味見が出来て、手作りのお菓子までもらえちゃって」


 食べることが大好きなラミアは勝手に胃袋を掴まれていた。

 セイラはメイドの選抜に来ていたフェルドラルの底知れない強さに惹かれ、自ら側付きになりたいと名乗り出ている。

 その時、「ならば、まずは少女を愛でることからです」と、フェルドラルから謎の言葉を送られ、理解できないまま今に至る。


「さて、ルーリア様はどちらにいらっしゃるのだろう?」


 三人はそれなりに腕が立つ。

 人の気配を読むことも出来るのだが、ルーリアは無意識に風で痕跡を消しているため、居場所を掴むのは大変だった。どちらかと言えば目視で探した方が早い。


「そういえば、これから自分たちの持ち場を決めるって話になってたよね? それを賭けて勝負しない?」


 ルーリアを最初に発見した者が、それぞれの役割を自由に決める。ラミアの提案に二人は頷いた。


「いいでしょう」

「異論はございません」


 こうして早い者勝ちのルーリア探しが、三人のメイドによって繰り広げられた。



 ──30分後。


 屋敷中を探し回った三人だが、ルーリアはまだ見つかっていない。


「いったいどこに消えたんですかねー」

「西と北の別館にはいらっしゃらなかった」

「本館の各部屋にも、お姿はございませんでした」


 手ぶらで元の場所に戻ってきた三人は、不思議そうに首をひねるしかなかった。

 とそこへ、スタスタと歩いて中庭へ向かうフェルドラルの姿が。


「あ、フェルドラル様」


 声をかけようとするラミアにフェルドラルが視線を向けた。人差し指を立てて唇に当て、『静かにしろ』というジェスチャー付きだ。


 その様子に黙って付いて行くと、フェルドラルは中庭の外れにある茂みの前で立ち止まった。

 そっと覗くと、白い小花を付けた枝の下でルーリアが丸まって眠っている。道に迷い、ここで力尽きたらしい。ファーの付いた真っ白なコートにふわふわの服で、その姿は子ウサギのようだった。


「えぇー、冬にこんな所で寝るなんて。ルーリア様、マジですか!?」

「あぁっ、なんて可愛らしいお姿。まさしく天使でございます!」


 ラミアとアチェットは囁き声で慌てふためいた。こんな所で寝ていて身体が冷えたら大変だ。まさか迷子のお嬢様が寒空の下、こんな所にいるとは。


「なぜフェルドラル様は、ここにルーリア様がいらっしゃるとお分かりになられたのですか?」


 迷いがなかったフェルドラルの足取りに、セイラが疑問を投げかける。ルーリアを抱き上げて腕にかかえたフェルドラルは、妖しく微笑んで答えた。


「貴女には、まだまだ少女を愛でる心が足りません。もっと姫様のことだけを考えなさい。姫様が好みそうな場所を思えば、自ずと行き着く先は決まってくるのです」

「……それはつまり、私にはまだルーリア様の動きが読めていないと」


 真面目に返すセイラを、違うと思うけどなー、とラミアは微妙な目で見つめた。

 フェルドラルが細い糸のようなものを回収しているところをラミアは見ている。恐らくアチェットも気付いているだろう。


 だけど、これで賭けはなくなった。

 その話を三人でしていると、


「そうですね、良い機会です。貴女がたの役割はわたくしが決めましょう」


 そう言ってフェルドラルは三人の顔をしげしげと眺めた。


「貴女は姫様の入浴と着替えを。貴女は朝食の準備を。そして貴女は部屋の清掃をなさい」

「私が、ルーリア様を風呂に? アチェットの方が向いているのでは?」


 尋ねるセイラにフェルドラルとアチェットは声をそろえ、ハッと鼻で笑った。


「馬鹿ですか、貴女は。そんなことをしたら、この狂信者の目が潰れてしまうではないですか。使い物にならなくなります」

「そうでございます。ルーリア様の肌を直に目にするなど。私を殺すつもりでございますか?」

「……え、潰れ……? え、ころ……?」


 少女の裸で死ぬ傭兵とは? いやでも、アチェットなら逝けるかなー、なんて、ラミアは心の中で静かに突っ込んだ。

 明らかに自分たちの名前を覚えていないと分かるフェルドラルの割り振りだが、案外それぞれに合っている。


 そしてその後、目を覚ましたルーリアを風呂に入れようとしたセイラは、その大変さを思い知ることとなった。


「えぇっ、なんでお湯!? 本気でこれに入るんですか?……まさか、茹でられる!?」

「……え、茹で?」


 温かいお湯に浸かるなんて、ルーリアは今までに一度もしたことがない。それを知らないセイラは、全力で逃げるルーリアと屋敷中を追いかけっこすることになった。

 その途中、怯えて威嚇するルーリアと揉み合いもしている。


 風呂に入れようとするセイラとルーリアの攻防は、およそ一週間続いた。

 徐々に慣れたルーリアが大人しくなっていったのだが、その頃にはルーリアの方向音痴は屋敷中の者が知るところとなっていた。


 そしていつの間にか、屋敷の中で迷って涙目になっているルーリアを迎えに行くのは、セイラの仕事となっていた。


「……ぐす……っ。セイラさん……」

「セイラとお呼びください」


 そっと手を出せば、きゅっと握ってくる。

 その時に感じる気持ちが萌えだとフェルドラルは力説したが、セイラは無表情で首を傾げるだけだった。



 ◇◇◇◇



「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」


 メイドの三人がユヒムに呼び出されたのは、創食祭の前日のことだった。


「明日はみんなも知っての通り、オレやルーリアちゃんは祭りに参加することになっているんだけど。その時に、外で護衛についてもらおうと思って。いいかい?」

「いやいや、若旦那様。あたしたちはそっちが本職ですから」


 ラミアの言葉に、セイラとアチェットも頷く。

 それにその話は、少し前にルキニーからも聞いていた。明日は屋敷にいる他の護衛たちも、各々が動く予定となっている。もちろん三人に断る理由なんてない。

 ルーリアやシャルティエの見える位置にいて、もしガインやフェルドラルから指示が出た時はそれに従うように、との話だった。


「……あのぅ……」


 ひと通りの確認が終わると、アチェットはユヒムに向かって遠慮がちに手を上げる。


「何か気になることでも?」

「明日の祭りとは関係ございませんが、少し……いえ、かなり気になることがございまして」

「関係なくてもいいよ。話してくれるかい?」


 アチェットはコクンと頷き、そろそろと口を開いた。


「サンキシュから来ていた魔力屋でございますが、ルーリア様のお部屋に二度ほど忍び込んでございます」


 思いがけない報告に、ユヒムは目をぱちぱちと瞬いた。


「…………へぇ。それは確かに気になるね。詳しく聞かせてもらえるかい?」


 改めてテーブルの上で指を組んだユヒムは、周りを全て凍りつかせるような綺麗な笑みを浮かべた。


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