第7章・波乱の創食祭

第92話 慣れるまで時間が欲しい


 創食祭、当日の朝。


 ──ドドンッ!! ドンッ!!


「!?」


 ルーリアは初めて耳にする大きな爆発音で、ベッドから飛び起きた。


 ──ドンッ! バン! パパンッ!!


「えッ、な、何の音!? 攻撃魔法!?」


 部屋の中を見回すが、音がするだけで被害はない。


「フェルドラル!」


 名前を呼んで振り返っても、フェルドラルの姿はベッドにはなかった。頭の中はすでに大混乱だ。


 ──ドンッ! ドドン!!


「にゃにゃ!! にゃあぁァァ──ッ!?」


 ルーリアから少し遅れ、しっぽを思いっきり踏まれたようにセフェルが飛び起きた。

 全身の毛を逆立て、すぐにシャカシャカとベッドの下へ潜り込んでしまう。


 窓ガラスをビリビリと振動させ、同じ音が何度も鳴り響く。どうやらこの音は外から聞こえてきているようだった。

 窓から見える景色はいつもと変わらないから、何が起こっているのか全く分からない。


 敵!? この屋敷が襲われている?

 それとも、自分が知らない自然現象?


 部屋から出ようか考えたけど、状況が分からない中で怯えているセフェルを残して行くのは気が引ける。


「おはようございます、ルーリア様」


 そうして迷っている内に、フィゼーレが部屋を訪ねてきた。今日はメイドの三人がいないから、代わりに服を選んでくれるらしい。

 これだけの音が鳴り響いているというのに、フィゼーレはいつもと同じように、ふんわりと微笑んでいた。


「あの、フィゼーレさん。この音は何ですか? 大丈夫なんですか?」


 強ばった顔で尋ねると、これは『花火』といって祭り名物の一つであると、フィゼーレは笑って教えてくれる。毎年恒例のことで、祭り当日である今日一日は、ずっとこの音が鳴り響くらしい。


「……花火。これが一日中続くんですか」


 大きな音が出るだけで害のない物だと聞いても、ルーリアは落ち着かない。こんな音が一日中だなんて。祭りって、いったい何なのだろう?


 呆然とするルーリアはさておき、フィゼーレは手早く服を選ぶと髪も綺麗に整えてくれた。

 今日は歩き回るから動きやすい服の方が良いと、短いスカートが選ばれている。タイツという物を下に穿いているから、そこまでスカートのすそを気にする必要はないそうだ。

 街中でフェルドラルに男の人の目が潰される心配がなくなり、ルーリアはホッとする。


「姫様、お着替えがお済みでしたら下に参りましょう。皆そろっておりますわ」


 ルーリアを呼びに来たフェルドラルは、メイド服ではなく冒険者が身に着けるような服装をしていた。


「今日はフェルドラルも服を変えているんですね」

「ええ、さすがに悪目立ちする訳には参りませんので。狩人装備にしてみました」

「……何を狩るつもりなんですか?」

「んふ。それは姫様次第ですわ」


 怖っ。やっぱりスカートのすそは気にしよう。




「おはよう、ルーリア。夜はちゃんと眠れた?」


 一階に下りて部屋に入ると、すぐにシャルティエが寄ってきた。祭り用におめかししてきたと分かるシャルティエは、暖かい色のコートとマフラーがピンク色の髪に似合っていて、とても可愛らしい。


「おはよう、シャルティエ。ちゃんと眠りましたよ。でもあの……花火、とかいうのに驚いて目が覚めました。すごい音ですね、あれ」

「あー、あれね。初めて聞いたのなら驚くかもね。お祭りの気分を盛り上げるための演出だと思えばいいよ」

「あれで盛り上がるんですか。……って」


 その時、ルーリアは部屋の中に知らない人がいることに気付いた。ユヒムと話をしているから顔は見えないが、白金プラチナ色の髪で背の高い男がいる。戦闘向けな体型から考えると、ユヒムの護衛だろうか?


「あ、あの、シャルティエ。あの男の人は誰ですか? お祭りには五人で行くって聞いていたんですけど?」


 こそっと小声で尋ねる。するとシャルティエは、笑いを堪えた顔で口元を押さえた。


「……?」


 その反応の意味が分からなくて、ルーリアは隣にいたフェルドラルを見上げた。が、フェルドラルも同じように口元を押さえただけだった。


 二人とも何だというのだろう?

 男の存在は気になるが、側に行ってまで話しかける勇気はない。気を取り直してシャルティエと祭りの話をしていると、予定していた出発の時間が近付いてきた。


「姫様、そろそろ外へ向かうそうですよ」

「……え? あの、フェルドラル。お父さんがまだ来ていないみたいなんですけど?」


 ガインに何かあったのだろうか。

 ルーリアが真剣な顔で心配していると、隣にいたシャルティエが堪えきれなくなった顔で急に吹き出した。


「ぷっ、はははははは! ルーリア、本っ当に気付いてないの?」

「……え?」

「姫様、ガインでしたら姫様がこの部屋に入られた時から、ずっといますわ」

「…………へ?」


 二人の視線は、ルーリアがさっき誰かと尋ねた白金色の髪の男に向いている。


「ま、まさ、か……」


 ルーリアが驚きの目で見つめていると、その人物はくるりと振り返った。


 白金色の髪に、深緑色の瞳。

 姿形はガインだが、色が完全に違っていた。


「っええぇぇえェ────ッ!?」


 だ、誰ですか、この人ッ!?


 色違いのガインなんて違和感しかない。

 その姿を目の当たりにしたルーリアは呼吸を忘れて固まった。


「…………っ」


 怖い、怖い怖い怖い、怖いぃ……っ!


 じりじりと扉まで下がり、みんなが見守る中、そっと通路に出てパタンと扉を閉める。その音を合図に、ルーリアは全速力で逃げ出した。


 あんな色のお父さんは、お父さんじゃありません────ッッ!!


 この日、ルーリアはこの屋敷に来て初めて、一度も迷わずに自分の部屋に辿り着くことが出来た。




 逃げ込んだベッドの下で、セフェルと一緒にカタカタと震える。しかしフェルドラルにあっさり見つかり、シャルティエの魔術具でセフェルと一緒に丸洗いされた。ひどい。

 そして今、二人に両腕を固められ、一階へと連行されている。


「どうして逃げ出したの? あのガインさんもすっごく格好良いじゃない」

「……だって、自分のお父さんの色が急に変わっていたんですよ? 怖くないですか?」

「えー、私は面白いと思うけど?」


 その柔軟性が羨ましい。


「なるほど、姫様は2Pカラーが苦手なのですね」

「……えっ? ツーピー?」

「まぁ、あれですわ。ガインが一人増えたと思えば……」

「余計に怖いですよ、それ!」


 ガインは一人で十分だ。と言っても、目の前にいるのは色違いのガインだが。


「ルーリア、お前のためにみんなが集まってくれているのに、どうして逃げたりしたんだ? ちゃんとしないか」

「……うぅっ、は、い……」


 腕を組み、自分を見下ろすガインに目を合わせられない。声はガインなのに、どうしても色に抵抗がある。


「…………お父さんがいけないんです」

「何?」

「いつものお父さんじゃないから、怖いです」


 つい本音がぽろっと漏れた。


「…………怖、い?…………俺が?」


 ルーリアに怖がられること。それを何よりも恐れているガインは顔色を変えた。


「……おい、ユヒム」


 低く唸る獣のような声と共に、ガインは鋭い視線をユヒムに向ける。


「俺は今どうなっている? お前の寄越した魔術具は何がどう変わる物なんだ?」

「いやっ、あの、それは……。ガイン様が人族に見えるようになる魔術具……の、はずなんですけど。ただ、見た目の色がちょっと変わっていて……」


 それを聞いたガインは、壁にあった鏡に自分を映した。


「……? 何も変わっていないと思うが」

「魔術具を身に着けている本人には、変身後の姿が確認できないんです。ガイン様は……その、今は髪の色が白金で、瞳の色は深緑になっていまして……」


 ユヒムの声が消え入りそうに小さくなっていく。白金で深緑、エルシアに似た色だ。ガインは何となく、今の自分の姿を察した。


「……何でそんな仕様なんだ?」


 口の形だけなら笑顔に見える。

 しかし、その声には苛立ちが混ざっていてユヒムを慌てさせた。


「あ、あのっ、これは……エルシア様が用意してくださった魔術具でして」


 その名前が出た途端、ガインの顔から表情が抜け落ちた。


「…………エルシアかぁー……」


 ならばユヒムを責めるのは筋違いだ。

 ガインは諦めを込め、深いため息をついた。


「あいつがやったんじゃ仕方ない。ルーリア、我慢するんだ。俺だって好きでこの姿でいる訳ではない」

「……う。……は、はい……」


 慣れるには時間がかかりそうだが、ルーリアは小さく頷いた。


「もう時間もないから簡単に済ませるぞ」


 ガインはみんなを集め、ルーリアにはこれからの説明を、他の者には最終確認を行った。


 課題発表のある会場へは、この屋敷の地下にある通路を使って向かうそうだ。不測の事態が起こった時も、出来るだけ地下通路を使って避難するように指示が出た。


 この屋敷の地下にはいくつもの通路があり、アーシェンの実家であるビナー家の屋敷や、ダイアグラムの街のいろんな場所と繋がっている。

 まずは敷地の外にある別の建物まで移動して、そこから地上に出て祭りに参加する予定だ。


 普段はフィゼーレとイルギスが地下通路を管理しているそうだが、今日はガインの許可が下りている者以外は誰も入れなくなっている。

 現在この通路に入ることが出来るのは、ガイン、ルーリア、フェルドラル、ユヒム、シャルティエの五人だけだ。


「もし何かあったら、シャルティエは何をおいても自分の身の安全を考えるように。遠慮なく俺たちとは無関係を装ってくれ」

「……分かりました」


 会場までの道順など、ひと通りの確認が終わり、いざ出発という時。ルーリアは腰に付けたカバンから、いくつかのお守りを取り出した。


「あの、これ……わたしが作ったお守りです。念のために着けておいてください」


 ルーリアはガインとユヒムの手の平にジュリスの指輪を乗せた。シャルティエがはめている指輪と同じ物だ。


「お前、いつの間に……」

「昨日、ユヒムさんに材料をそろえてもらって急いで作りました。それから……」


 パラフィストファイスの還印をガインに。

 相手に攻撃をそっくり返す、フィーリアの首飾りをユヒムとシャルティエに。

 初めは驚いた顔をしていた三人も、ルーリアが真剣に使い方を説明すると黙って魔術具を身に着けてくれた。


「あと、お父さん。少しかがんでもらえますか?」

「あ、ああ」


 片膝を立ててガインが腰を落とす。

 その背に回り、ルーリアは髪を束ねている紐を外した。はらり……と、肩に落ちた白金色の髪を手で梳いてまとめ、デキーラオの髪飾りで留める。野性的な装飾の髪飾りはガインによく似合っていた。


 この髪飾りもお守りではあるが、強い反撃性を持っている。身に着けた者に殺意を持って近付けば、毛皮の毛の一本一本が長い針となり、相手に降り注ぐ無数の鋼の雨となる。

 自分がガインたちに渡した魔術具は、お守りという名の人を傷つける凶器かも知れない。


 でも、それでも。

 わたしはみんなを守りたい!


 ルーリアは覚悟を決めると、自分の指にもジュリスの指輪をはめた。


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