第41話 仲間外れは嫌
──チリリン
しばらくすると、ユヒムとアーシェンが外から帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま、ルーリアちゃん」
「ただいまー」
……あれ?
いつもと違い、二人が少し浮かない顔をしているように見えた。
「外で何かあったんですか?」
「……ちょっと、ね。ガイン様はまだ森かな?」
自分たちのわずかな表情を読んだルーリアに感心しつつ、ユヒムはいつもの笑顔を浮かべる。
「はい。一度は帰ってきたんですけど、少し前に急用を思い出したって出て行きました」
「急用? 何だろう」
外に目を向けるユヒムの手には手紙があった。
「お父さんに手紙ですか?」
「いや、これはガイン様宛ではないよ。フィゼーレからの手紙なんだ」
「フィゼーレさんから、ですか?」
フィゼーレはユヒムの3つ下の妹だ。
今年で14歳になる。
ユヒムは父であるギーゼの後を継いで行商をしているが、フィゼーレは店の方の後を継いでいる。
「お店で何かあったんですか?」
「いや、ウチじゃなくて。この辺りで流行り病が広がってきている、って連絡があったんだよ」
「流行り病!? 大変じゃないですか!」
「うん、そうなんだ。それでガイン様にちょっと、ね」
なるほど。流行り病が広がっているのなら、間違いなくウチの蜂蜜の出番だ。
「お父さんを呼んできましょうか?」
「いや、今すぐにどうこうといった話じゃなくて、まだ様子見なんだ。店の方にも、念のために予備の蜂蜜を届けておいた方がいいかなぁ、ってくらいの状態だから。ルーリアちゃんは何も心配しなくて大丈夫だよ」
「……そう、ですか」
ユヒムの口調はのんびりとしたもので、慌ててガインを呼びに行こうとしたルーリアは、ひとまず息をついた。
この辺りは以前も何度か流行り病が広まったことがある。その時はガインたちが陰で動き、病にかかった人たちに蜂蜜を配って終息させたらしい。
ルーリアは熱を出したことはあっても病にかかったことはない。急激に体調が悪くなり、次々と人に伝染するのが流行り病だと聞いている。
ひどい時は大勢の人が生命を落とすことになるそうだから、決して気は抜かない方がいいだろう。
「けっこう広い範囲で症状が出ているらしいからね。今は情報を集めて──」
「……ユヒム」
外のことを話そうとするユヒムをアーシェンがひと睨みする。
「あ、ごめん。ルーリアちゃん、本当に心配しなくて大丈夫だからね」
別に隠さなくても……とルーリアは思ったが、アーシェンは余計な心配をかけることを嫌っているところがある。それでも仲間外れにされたようで、ルーリアは少し寂しい気持ちとなった。
「わたしも何かお手伝いが出来たらいいんですけど……」
そう呟くと、アーシェンは目を瞬いて呆れた顔をする。
「なに言ってるの。ルーリアちゃんは一番大切な仕事をしてるじゃない」
「……えっ?」
「そうそう。いくらオレたちが動いても、肝心の蜂蜜がなかったら何も出来ないのと一緒だよ。ルーリアちゃんも立派な仲間だよ」
…………仲、間……。
「? ルーリアちゃん?」
そんなことを二人から言ってもらえたのは初めてで。どちらかと言えば、いつも除け者にされていたルーリアは仲間という言葉に胸が熱くなった。
……仲間。嬉しい!
緩みそうになる口元を手で隠し、それを誤魔化すように台所に走った。流行り病は笑っていい話題ではない。
「あの、すぐにお茶、淹れますね」
バタバタとティーポットやカップを用意する。
すると、機嫌の良さそうな顔をしたガインが裏口から入ってきた。
「ガイン様、報告があります」
ユヒムは流行り病について、外で集めてきた情報をさっそくガインに伝えた。
今のところ確認されているのは、ミリクイードとダイアランの2か国だけだ。
「……かなり範囲が広いな。蜂蜜の心配はいらない。すぐにでも手分けして回った方がいいだろう」
「分かりました。明日、オレたちは近くの町から回ってみます」
「くれぐれも無理はするなよ」
「はい、承知しました」
いくら仲間と呼んでもらえても、外の話には参加できない。ルーリアは三人のいるテーブルにお茶とクッキーを運んだ。
「あの、良かったらどうぞ」
「あら? これ、ちょっと前に教えたクッキー?」
「はい。今日一人で作ってみました」
「え、こっちは……?」
教えていないお菓子があることに、アーシェンは目を丸くする。クッキーなら確かにレシピは教えたし、見本に1、2個ほど魔法で焼いて見せもした。けど、オーブンもないのにどうやって? 応用するにしても早すぎる。
「そっちは思いつきで作ってみたんです」
「……そう」
少し恥ずかしそうに答えるルーリアに、アーシェンはついクセで商人の目を向けた。
オリジナルのクッキーを手に取り、じっくり眺めて真剣な顔で口にする。その様子を側で見ていたルーリアは、落ち着かない顔でそわそわしていた。
自分の作った物を人に食べてもらうことが、こんなにもドキドキするなんて。
言葉にならない緊張に包まれる。
「……美味しい」
アーシェンのそのひと言に、ルーリアは思わずグッと手を握りしめた。
「本当ですか!? 本当に美味しいですか!?」
「ええ。とっても美味しいわよ」
「~~~……っ。良かったぁっ!」
喜んで声を上げると、アーシェンたちは息を呑んでその様子を見つめていた。自分を凝視している三人にルーリアが驚く。
「ど、どうしたんですか? みんな驚いた顔して……」
「……いや。お前のそんな笑った顔、初めて見た」
ガインがぽつりとこぼす。
……顔?
ぺたぺたと触ってみても、自分ではよく分からない。
「ルーリアちゃん、すごいわね、これ。お店で売ってても不思議じゃないくらいよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「うん。これは美味しい」
ユヒムも食べて褒めてくれた。
ルーリアは思いきってクッキーの載った皿をガインにも差し出す。
「あの……これ、お父さんに食べてもらいたくて作ってみました。良かったら食べてみてください」
面と向かってだと、ちょっと照れる。
ガインも少し照れた顔をしていた。
「……ああ、もらおう」
クッキーを噛じり、ガインはルーリアの頭をクシャッと撫でた。
「美味いな」
ガインが照れた顔でルーリアに微笑む。
じわじわと嬉しさが込み上げてきた。
その様子を見ていたユヒムとアーシェンは、不器用な父娘のやり取りにクスッと笑い合う。
ルーリアたちの微笑ましい姿が珍しくて、つい笑みがこぼれたのだが、ガインはそれを見逃さなかった。すぅっと眼光を鋭くする。
「……お前ら、あとで久しぶりに相手してやるから覚悟しておけよ」
「ゔッ!」
ガインの言うこの『相手』とは、『戦闘訓練の相手をする』という意味だ。行商をするには多少の戦闘力も必要だと、たまにガインは二人に戦い方を教えている。
その相手をすると聞いたユヒムは引きつった笑顔を浮かべ、アーシェンは諦めたような表情となった。
よほど厳しいのだろうか?
ルーリアは今まで一度も戦闘訓練をしたことがなかった。自然と興味が湧いてくる。
「戦闘訓練って何をするんですか?」
「んー……そうね。ユヒムが剣で、私が魔法かしら。それを使ってガイン様と模擬戦をするんだけど」
「ガイン様が反則級に強くてね。いつも一方的に遊ばれてるだけだよ」
ルーリアはガインの戦う姿を見たことがない。
だから反則級と聞いても、二人を相手にしてもお父さんの方が強いのかぁ、くらいにしか思わなかった。
「お父さんは人型のままですか?」
「そうだが」
「わたし、お父さんの猫が見たいです」
思ったことを口にするとガインは口の端を引きつらせ、ギシッと固まる。
「……?」
「っはははははは!」
「ふふっ、あははは!」
直後、なぜかユヒムとアーシェンが爆笑した。
「な、何ですか!? わたし、そんなに変なこと言いましたか!?」
「あははは。ルーリアちゃん、それ。エルシア様が酔われた時の台詞だよ」
ユヒムが笑いながら涙目をこする。
「えっ!? お母様がお酒を飲んだ時に?……なぜ?」
首を傾げるルーリアの両肩をガシッと掴み、残念なものを見る目でガインは力なく言った。
「……頼む、ルーリア。酒癖だけはエルシアに似ないでくれ。それと、俺は猫じゃない」
「……え……?」
ルーリアは幼い頃から『ガインは猫だ』とエルシアから聞かされていた。
「お父さんが……猫じゃない!? えっ? じゃ、じゃあ、お父さんは何なんですか?」
ルーリアが真面目な顔で質問すると、ユヒムとアーシェンは笑いを堪えきれなくなり吹き出した。
「…………俺は虎だ」
エルシアには何度も言ったはずなのに。
そう呟いてガインはガクッと肩を落とした。
「……虎? それはどういう……」
「ルーリアちゃん、虎は大きい猫だよ」
「ユヒム、お前」
「え? 猫じゃないけど、大きい猫……?」
さっぱり意味が分からない。
「ガイン様。せっかくですから、ルーリアちゃんに見せてあげたらどうですか?」
「お前まで。なに言ってんだ、アーシェン」
ユヒムたちは『虎』の姿のガインを見たことがあるようだ。またも仲間外れを感じてルーリアは悔しくなった。
「二人ばっかりずるいです! わたしもお父さんの虎が見たいです! わたしも戦闘訓練に参加します!」
「!?」
ルーリアの勢い任せの宣言に、三人の表情は凍りついた。
「……ルーリアが……戦闘、だと!?」
「ちょっとこれは予想外かも。でも、ケガとかしたら大変だよ?」
「あら、エルシア様のこともあるし、案外分からないわよ?」
ユヒムは心配そうな顔をしているが、アーシェンは参加に賛成してくれているようだ。
決定権はもちろん、ガインにあるのだが。
「ん~、ルーリアが戦闘かぁ。大丈夫か?」
「大丈夫です。わたしも参加します!」
一度決めたら引き下がらない。
頑固なところは昔から変わっていなかった。
「……絶対に無理をしないと約束するなら」
ガインはルーリアに甘かった。
こうして『虎を見る』という目的のため、ルーリアは模擬戦に参加することとなった。
3対1。ルーリアたち 対 ガインだ。
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