第12話 皿の上の魔王城
こくり、と小さくノドを鳴らし、目の前の皿を見下ろした。
あと四種類もある。
ピッコナの衝撃を引きずったままだから、警戒心は否応なく高まっている。まるで魔王城に攻め込んで手強い敵を倒した後に、『ヤツは四天王の中でも最弱』とでも言われたかのようだ。
……どれが魔王でしょう?
皿の上に並ぶ精鋭たちに気が圧され、迷った手はついつい小さい方へと伸びていく。
……では、コンフェイトを。
コンフェイトは小粒のお菓子で三つあった。
ピンク、水色、黄緑。一つずつ色が違う。
自然の色ではないと思うけど、どうしたらこんな色になるのだろう?
「これは……砂糖の塊ですよね? 色の違いが気になりますけど」
「あら、見ただけで分かるの?」
「砂糖は調合でもよく使いますから。そこだけでしたら」
小粒で形はトゲトゲ。
色が可愛いから、何となく口の中に入れるのを躊躇ってしまう。
……では、好きな黄緑色を。
ポイッと口に入れ、頬の内側で転がす。
………………うん。
あ、これが四天王最弱だったかも。なんて失礼なことを思いながら、コンフェイトと一緒に警戒心も溶けていく。
……普通に砂糖の塊、ですよね。
正体が分かってしまえば怖くない。
そう呑気に思っていたら、アーシェンの口の端が少しだけ上がった。
「……?」
と、次の瞬間。
あとわずかで溶け切りそうだったコンフェイトが口の中で一気に弾け、その直後に強い酒のような灼ける熱さがノドの奥を直撃した。
「──ッ!! か、はッ!?」
思わず間抜けな声が上がる。
──!???
何が起きたのか分からなくなり、驚いて目を白黒させていると、我慢しきれなくなったアーシェンが笑い出した。
「ふふっ、あはははははは!」
~~や、やられたッ!
四天王に最弱はいませんでした……ッ!!
うぅ~……と小さく唸り、ノド奥に残る灼けたような感覚を涙目で訴える。
「アーシェンさん……これ、何ですか?」
声を絞り出して尋ねると、アーシェンは笑い過ぎて出た涙を拭いながら「知らないわよ」と、あっさり返してきた。そんなバカな。
「え……。中身を知らないんですか?」
ルーリアは愕然とした。
正体が分からない物を口にする日が来るなんて。
「何で作られているかは分からないけど……」
と、アーシェンはこのコンフェイトについて知っていることを話してくれた。
通常のコンフェイトはただの砂糖の塊で、今回のこれが特別に作られた物であること。中身は酒ではなく、有害な物でもないこと。ただただ、人を驚かせるためだけに生み出されたお菓子であること。作り方は企業秘密だそうだ。
……何ですか、それ。きぎょうってなに?
ルーリアは今、料理|(とアーシェン)の恐ろしさを身を持って知ったような気がした。
食べ物で遊んではいけないと言われていたのは何だったのか。
少しやるせない気持ちになり、誰かを巻き込みたい衝動に駆られながらも、再び警戒心全開で皿を見つめた。もう油断はしないと心に誓う。コンフェイトの残り二つは後回しだ。
……あと三つ。
次はクッキーにしよう。
タルトとパイ、そのどちらかが魔王だとルーリアは判断した。
サクサクサクサク……無言で食べている。
「!!」
これは……!
予想以上に好きな味かも知れない!
香ばしくて少しほろ苦い中に、甘みの付いた木の実が細かく刻まれて入っていて……って、これ……。
頭をよぎったのは忘れもしない『サクサク』だった。6年前に旅の少年が作ってくれた思い出の味だ。あの少年が作ってくれた方がずっと美味しかったけど、あれによく似ている気がする。
実際には、いま食べているクッキーの方が味も素材の質も格段に上なのだが、サクサクはルーリアの中では超えようがないほどの存在となっていた。思い出とは、時が経つほど美化されるものである。
あの時の粉が何かは分からないけど、今なら同じような物を買ってきてもらうことも出来るはずだ。そのことに気付き、ルーリアは身震いした。
……もしかして、サクサクを作れる!?
心の中に期待が満ち溢れていく。
二度と食べられないと思っていたサクサクを、自分の手で作れるかも知れない。
ルーリアは何も目に入らないくらい真剣な表情となった。
えっと……これは穀物か何かを粉にして油で練って、それから木の実を刻んで砂糖で味付けして、それを混ぜ合わせて形を整えて焼いて──。
どうしたらクッキーが作れるか。
あの時、少年はサクサクをどう作っていたか。
必死に考えていたら、いつの間にか目の前にあるお菓子のことも忘れ、一人で夢中になっていた。
「……ルーリアちゃん、難しい顔してるけど大丈夫? 美味しくなかった?」
困った顔で覗き込むアーシェンが目に映り、ハッとする。
「え、……っあ。いえ、すみません。わたし、変な顔になっていましたか?」
慌てて両手で顔を挟み、ぐにぐにと揉みほぐした。
いけない、いけない。完全に自分の世界に入っていた。お土産をもらって一緒に食べているというのに、失敗だ。
ルーリアはクッキーがとても美味しかったことを伝え、食べながら思いついた作り方をアーシェンに話してみた。
「……と、そんな感じで似たような物が作れるかも、と考えていました」
相槌を打っていたアーシェンは感心したように、「さすが早いわね」と呟いた。
「ルーリアちゃんはまだ材料も知らない訳だし、細かいところで違いがあるのは当たり前だけど、だいたいは合ってるわよ。初めて食べたお菓子なのに……本当に料理したことないの?」
「残念ながらありません。なぜ今まで料理を知らなかったのか。たった今、絶賛後悔中です」
アーシェンに言われた通り、調合と料理はよく似ていた。材料の知識がある程度あれば、作り方は何となくイメージ出来そうだ。
それに作り方もいろいろあって、とても楽しい。調合よりハマってしまうかも知れない。
……っと、今はお菓子に集中しなきゃ。
ルーリアは皿に向き直った。が、次が問題だ。
ツヤのある琥珀色のパイと、鮮やかな黄色い果物のタルト。存在感のある両者を見比べ、ルーリアは迷った。
……この黄色い果物は何でしょう?
こんな果物は見たことがなかった。
遠い国の物だろうか? なんとも言えない濃い香りは作り物のように異状だ。
んー……じゃあ、パイからにしますか。
ひと口噛じり、すぐにツヤの正体は分かった。
人族が作るミツバチの蜂蜜だ。これが分からなかったら、蜂蜜屋の看板娘は失格だろう。
パイの中身は赤紫色の果物。
これは砂糖を加えて煮詰めてあるようだ。
柔らかくてとても甘いけど、元の果物が何かまではすぐには分かりそうにない。
他は……お酒が少し? それと変わった香りの何かが入っているような。
外側の部分はクッキーと似た香りだったから、もしかしたら同じ材料なのかも知れない。
パイを少し噛じっては考え込む。
その様子をアーシェンは優しく細めた目で眺めていた。
……つ、ついに来ました! 魔王タルト!
パイを食べていた時から、ずっと割り込んできていた甘い香り。その乱入のせいで、途中からパイの匂いが分からなくなっていた。
口にしてもいないのに他者を跳ね除けるとは。
さすがは魔王!
なんて圧倒的な存在感……!
と、冗談はさておき。
綺麗に形を整えられた半球状のタルトを見回し、どこから攻めようか考える。
すると、アーシェンから待ったがかかった。
「ルーリアちゃん、料理方法を考えるのもいいけど、タルトは難しいわよ? とりあえず最初は気楽に味だけを楽しんでみたらどう?」
そう声をかけられ、ハッとする。
言われてみればそうだ。
いつから『お菓子を食べる』ではなく、『料理方法を考える』に変わっていたのだろう。
指摘は図星だ。またもや一人で夢中になっていたルーリアは恥ずかしくなり、ただ素直に味わうことにした。
……結論。タルトは真の魔王だった。
黄色い果物が生なのか、そうじゃないのか。
それすらルーリアには分からなかった。
とにかく濃厚な甘い香りでしっとり食感の果物と、下に敷いてあるクッキーのような物との相性が素晴らし過ぎて。
ただ、ひたすらに美味しかった。
どんな風に美味しかったのか話そうとしても、知っている言葉が足りな過ぎて上手に伝えられない。その結果、自分には食べ物に関する知識が全くないことを知り、心から打ちのめされることとなった。
…………恐るべし、魔王。完敗です。
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