16 Sなお姉さん

 ナターシャは蹴りを入れられたが、次の日は痛みもないらしく、体の他の場所も異常もなかった。

 なかったのだが…………。


 目の前には仁王立ちのシュナ。

 彼女の背後には、楽しそうに見つめるメイヴと申し訳なさそうな顔のナターシャが立っている。


 「私、言ったわよね?」


 そして、俺は正座をさせられていた。


 「へまをするな、バカなことをするなって」

 「バカなことをするなとは…………」

 「うるさいっ。同じようなものよ!」


 シュナは俺の周りをゆっくり歩き始めた。

 コツコツと足音が響く。

 これはシュナさんはかなり怒っている…………な。


 「それで昨日はぁ? 外をぶらぶら歩いてぇ? パト…何とかさんにあってぇ? そんでもって、そいつからキスにされそうになった?」

 「…………はい。そうです」


 はぁと重い溜息が頭上から聞こえてくる。上をチラ見すると、シュナは肩をすくませていた。


 「あんた、本当にヘタレねぇ。そんなやつからとっとと逃げておけばいいものを。そのせいでナターシャに怪我をさせたとか、本当にあんたバカね」

 「…………」


 俺は、何も言えません。

 そもそも、俺が外に出かけなければ、パトリシアにも会うことがなかったわけで。


 「ったく、何もなかったからいいけれど。本当にあんた、しっかりしなさいよ。私ならたとえ、パト…………」

 「パトリシア」


 「そ、そう、そいつよ! そいつに会って勝手にキレてきても、一切ナターシャに怪我なんかさせないわよ」

 「まぁまぁ。私に特に何もなかったし、そんなに怒らないでシュナちゃん」

 「ふん」


 怒ってすねたシュナは俺に顔を合わそうとはせず、そっぽを向いていた。

 次はパトリシアを見かけたらすぐに逃げよう。うん、そうしよう。


 「ねぇ、今度のクエストのことなんだけれど」

 「そういや、どれ受けるか決まっていなかったな」

 「でしょ? そこでなんだけれど、これ、受けてみない?」


 そう言ってナターシャが見せてきたのは、1枚の紙。そこには奇妙な目玉の絵とSSと書かれた文字、説明があった。


 「これってまさか、SSクラスのクエストか?」

 「そう! 多くの冒険者が嫌う、マッドアイボール!」


 俺たちは先日高難易度のクエストを受けたが、そのクエストはSクラスのもの。SS以上のクエストはまだ受けたことがなかった。

 SSクラスも俺たちなら全然行けそうだし、受けてもいいな。

 

 「よし、次はそのクエストを受けよう!」

 

 そうして、SSクラスのクエストを受けることにした俺たちは、一応準備していくために、次の日に討伐しに行くことに。

 準備といっても、剣の調子を見るぐらいで暇になった俺は、宿の地下にある飲み屋へ向かった。

 

 少しお腹が空いたし、ちょっとだけ食っていくか。

 と向かうと、そこにはメンバーの1人がいた。


 「早い時間から飲んでいるんだな、メイヴ」

 「そうね。準備は終わったし、特にすることもなかったから、ちょっとばかし飲もうと思って」

 

 メイヴは優雅にワイングラスを揺らす。

 4本のワインボトルが机にあったが、そのうち3つはすでに空っぽ。

 まさか、これ1人で飲んだっていうのか? 


 メイヴを見ても、いつもと変わらない様子。

 こりゃあ、コイツ酒にかなり強いな。

 突っ立っていると、メイヴが向かいの方の机をポンポンと叩いた。


 「スレイズも準備が終わって暇なんでしょ? 少しだけ飲まない? ナターシャはそのうち来ると思うわよ」

 「じゃあ、飲むとするか」


 俺はメイヴの向かいに座り、ビールを頼む。


 「なぁ、メイヴ」

 「なに?」

 「なんでお前はナターシャと組むことになったんだ?」


 すると、メイヴはグラスの中に入ったワインをそっと眺め、話し始める。


 「私ね、もともと1人で冒険者していたの」

 「え? 1人で?」

 「そう。1人で」

 

 1人で冒険者を…………か。

 確かにメイヴぐらいの強さなら、1人でやっていけるとは思うが。


 「まぁ、それには理由があってね。私には妹がいたんだけれど、昔のナターシャのように体が弱かった。動くことはほとんどできないし、妹の体を元気にできないかなと思っていたんだけれど…………」


 「妹は流行りの病にかかって、死んだ。私がどうこうする前にね。悔しかった。たとえ自由に体を動かせなくても、魔法でなんとかなったのかもしれないと思うと本当に悔しくて」

 「…………」


 「私さらに勉強したくなったの。お金が貯まったら、いつか魔法学校に通って、妹みたいに動けなくて、苦しんでいる人たちを助けていけたらいいなって思ってたの」


 そう話すメイヴは柔らかく微笑んでいた。本当にいいやつだな。


 「それで学費を稼ぐために、クエストをこなしていたんだけれど、ある日1枚の貼り紙が目に入った。そこに書かれてあったのはある女の子からの依頼だった。ねぇ、スレイズそこに何て書いてあったと思う?」

 「うーん。迷子の猫を探してください…………とか?」

 

 と答えると、メイヴはフフフと笑った。

 

 「迷子の猫って。今の流れてきにそれではないでしょうよ、フフフ」

 「いや、急に聞かれても分からねぇーよ。猫の迷子ぐらいしか思いつかないだろ」

 「いや、そんなクエストに目を止めるわけないじゃない、フフフ」

 「そんな笑うことないだろ…………それで? そこにはなんて書いてあったんだ?」


 「ええと、そこにはね、『私の体を強くしてください』って書かれてあったの。こんな依頼冒険者ギルドで初めて見て、最初は曖昧なクエスト内容だし、まぁいっかと思って放置して置いたの。でも、そのクエストだけ掲示板にずっと残っていてね。


 妹のこともあったし、その当時の私は少しだけ勉強していたから、もしかしたら力になれるかなと思って受けてみたわ」


 「…………それでナターシャに出会ったと」

 「そういうこと。ナターシャは魔法とか武術とかいろいろ教えていたんだけれど、飲み込みが早くて、3ヶ月足らずで普通に体を動かせていたわ」


 「3ヶ月!?」

 「うん。そう3ヶ月。その時だっかな? 私がナターシャにギルドに入らないかって誘ったの。それでナターシャと組んでパーティーになったわけ。だから、ナターシャは私の妹みたいなものね」

 「はぁ…………なるほど」


 話が一段落すると、メイヴはゆっくりとグラスを机に置く。

 その瞬間、妙なオーラを感じた。メイヴが笑みを浮かべているのにも関わらず、彼女から恐怖を感じた。


 …………。


 「それで朝の話のことだけれど」

 「…………はい」

 「次、ナターシャに怪我させていたら許さないから」

 「……………………はい」

 

 メイヴはシュナ以上にナターシャを大切に思っているのかもしれない。

 このパーティーにはいいやつしかいないな。本当に。

 そこに入れた俺は幸運。ナターシャに誘ってもらえて本当によかったと思う。

 

 よし。絶対にナターシャに怪我をさせてなるものか。

 ほぼないと思うが、ダメって時は俺が盾になって…………。


 「あと、スレイズも1人で悩みを抱えたり、自分を犠牲にしたりするようなことはしないで」


 メイヴはよしよしと言って、俺の頭を撫でてくる。


 「もう大切なパーティーメンバーの1人なんだから」


 ……………………本当にいいやつだ。

 メイヴのその手は温かく感じた。


 「スレイズ、メイヴ、やっほー。やっーと準備を終わったよー」

 

 と聞こえてきたのは元気なナターシャの声。

 振り向くと、ナターシャだけでなくシュナもやってきていた。

 

 「うわっ、メイヴ、もう2本も飲んでるー。スレイズも飲んでたんだね。2人何か話してたのー?」


 すると、メイヴは何かを思いついたかのように、ニヤリと笑った。


 「ナターシャが酔っぱらって起こした数々の事件をスレイズに話してたの」

 「えっ!?」

 「えーと、さっきあの話をしたから、次はあの話をしようかな」


 「え? ウソでしょ? ス、スレイズ、これ以上聞かないで! メイヴ、もうやめてよっ!」

 「あの日は確か…………」

 「わあぁ――!!」

 

 あたふたするナターシャ。それを見て楽しむメイヴ。

 ああ、メイヴはドが付くS側の人間だな。

 すると、シュナは俺の隣にちょこんと座り、ビールを飲み始める。


 なんか机が高くて飲みづらそうだな。高い椅子でもあればいいんだが。


 飲みづらそうなシュナをじっと見ていると、「なに? なんか文句でもある?」とでも言いたげな鋭い目を向けてきたので、何も言わないことにした。


 …………酔っぱらったナターシャが起こした事件かぁ。

 ちょっと気になるな。


 うん。

 メイヴに後でこっそり教えてもらおう。

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