14 キスして?

 俺はブルースターフォックスを倒すと、ふぅーと息をついた。

 そして、手のひらを見つめ、自分の成長を実感する。

 本当は剣を使って倒したかったが、上級魔法が使えたからよしとするか。

 

 「スレイズ…………お前…………」


 ん?

 振り向くとそこにいたのは、以前俺を追い出したベルベティーン。驚いた表情を浮かべていた。


 「声が聞こえたらと思ったら、ベルベティーンたちだったのか…………体、大丈夫か?」


 俺はベルベティーンに手を差し伸べる。 

 しかし、ベルベティーンは俺の手を振り払う。自分でなんとかよろよろの体を立ち上げていた。


 弱った姿を見せるなんて、ベルベティーンらしくないな。


 俺はさっと周囲を見渡す。

 すると、少し離れたところにも見知った顔が。


 あれはパトリシア? エリィサもいる。

 彼女たちは何が起こったのか分からなさそうに、ポカーンとしていた。


 一時すると、2人は現実に意識を取り戻し、ベルベティーンを心配してか、こちらに走ってきた。


 「おい、スレイズ」

 「ん? なんだ?」

 「さっきの爆発ってお前がやったんじゃあないだろうな?」


 俺が答えようとすると、女子2人が言ってきた。


 「そんなわけないでしょ」

 「兄貴はレベル24。あんな上級魔法が使えるはずがない」


 確かに前の俺なら上級魔法はおろか、中級魔法すらまともに使えなかった。

 なんかはっきりと「俺がやりました!」って言いにくい雰囲気になってるな…………。

 そこで、俺はそっと呟いた。


 「…………あれやったの、俺なんだが…………」

 

 ちらりとベルベティーンたちの反応をみる。

 すると、3人とも口をあんぐり。驚きが隠せないようだった。


 「はぁ? 本気で言ってるのか?」

 「ああ…………というか俺以外にここにいないだろ?」

 「そうだが、かといって、レベル24のお前ができるとは思えない」

 

 ベルベティーンの意見に頷くパトリシアとエリィサ。

 これは信じてもらえそうにない。もういっそのこと全部話そう。

 

 「俺、ファーストキス覚醒したんだよ」

 「ファーストキス覚醒? はぁ? なんだそりゃ?」


 …………うーん。

 自分から話し始めたけれど、改めて考えると、この覚醒の説明するのは少し恥ずかしいな。

 キスした相手ナターシャの名前は伏せて話すか。


 「その…………ファーストキスしたら…………覚醒したんだ。その覚醒で、俺のレベルは24から989。固有スキルもスキルアップした」

 「はぁっ!? 989?」

 

 ステータスを見せる。

 それでベルベティーンたちはとりあえず納得してくれたようだった。


 まぁ、信じられないとでも言いたげな顔を浮かべていたが。

 すると、エリィサが「ふーん」と呟き、細い目を向けてくる。


 「ねぇ、兄貴。ファースト……キスしたんだよね?」

 「…………ああ」

 「そのキスって誰としたの————」

 

 その時、遠くから声が。


 「スレイズ! どこに行ったの!?」


 俺の名前を呼ぶその声。

 その声が近づいてくると、草むらが揺れ、彼女が現れる。

 …………俺についてきたのか。

 

 草むらから現れたのはナターシャ。彼女は必死になって俺を探していたようだった。

 

 「やっと見つけた! 全くもう、突然走り出すんだから。どこに行ったかと思ったよ」


 俺の隣まで歩いてくると、ナターシャは俺の左肩を掴んだ。

 

 「ごめん、ちゃんと言えばよかった。ベルベティーンたちを助けていたんだ」

 「…………ベルベティーン?」


 ナターシャはゆっくりと3人の方へ顔を向ける。


 「え? なんでベルベティーンが?」

 「お前、ナターシャ…………なのか?」

 「そうだけれど…………」


 困惑気味のナターシャとベルベティーン。ベルベティーンは目を丸めて、固まっていた。

 しかし、空気を読まないエリィサは俺に問い詰めてくる。


 「それで? 兄貴、キスの相手って誰?」

 「…………」


 エリィサの圧力に負け、俺はナターシャの方へそっーと目を向ける。何も知らないナターシャは首を傾げていた。

 エリィサは察して、ハッと息を飲む。


 「うそでしょ、ナターシャちゃん。兄貴とキスしたの…………?」

 「な、な、な、なんでエリィサちゃんがそのこと知ってるのっ!?」


 慌てふためくナターシャ。彼女の頬は赤く染まっていた。

 ベルベティーン…………そんなに睨むなよ。

 モテるお前はキスなんて何回でもぐらいあるだろ。


 キスの話は深掘りされたくなかったので、俺は気になっていたことを尋ねることにした。


 「ベルベティーン、お前らなんでここにいるんだ? 所属ギルドからかなり離れているだろ?」


 王都とデルフィニュームの間にはチャイブという中核都市がある。その都市にあるギルドにベルベティーンたちは所属していたはず。

 すると、ベルベティーンは顔を背けて、チッと舌打ちする。

 

 「俺たちはウルフハウルに移籍したんだよ…………クエストを受けて、ここに来たんだ」

 「そうだったのか…………」


 いつの間に…………。

 まぁ、ベルベティーンたちは強かったし、スカウトが来てもおかしくないか。

 でも、ウルフハウルあそこに移籍したのか。

 確か、ウルフハウルとシルバーローズって少し険悪な仲なんだよな。


 「もういいだろ。ほら、行くぞ」


 不機嫌そうなベルベティーンはパトリシアとエリィサに支えられ、俺たちの前から去っていく。他のメンバーたちも彼について歩き始める。

 その時、パトリシアがちらりとこちらを見てきた。


 ん? 笑っている…………? 俺にか?


 パトリシアの笑みの理由が分からず、俺は思わず首を傾げる。しかし、彼女は何も言うことなく、ベルベティーンとともに去っていった。

 そうして、俺とナターシャだけが残され、その場には静かな風が吹く。


 「なんかベルベティーンたち、雰囲気変わったね」

 「ああ…………」


 俺たちの髪をなびかせる風は、どこか嫌な感じがした。




 ★★★★★★★★




 その日の夜。

 俺はなぜか落ち着かなかった。

 ベルベティーンたちと会ったせいだろうか…………。

 ベッドについても、寝ることもできなかったため、俺は外へと出た。

 

 俺と一緒にいた頃のベルベティーンは本当に強かった。

 ブルースターフォックスなんて、アイツらな余裕で倒せていた敵だったはず。


 そんなことを考えながら、俺は川沿いを歩く。

 街は意外にも静かで、家からこぼれ出る光が道を照らしていた。

 もっと中心部に行けば、まだ明かりはあるのかもな。


 見え挙げると、夜空には月がなく、静かに星々が輝いていた。


 ちょっと寒くなったな。帰るか。

 俺は宿に戻ろうと、くるりと踵を返す。

 前に1人の人が立ち止まっているのに気づいた。


 「遅くまで出歩いているのね」

 

 そこにいたのは笑みを浮かべる元カノパトリシア


 「パトリシア…………」


 彼女は追い出されたときと違って、それはそれはとても優しい笑みを浮かべていた。


 「ウルフハウルは街の反対側にあるだろ? なんでこんな所に?」

 「そんなことどうでもいいじゃない」


 パトリシアは俺に近寄ってくる。そして、体を摺り寄せてきた。


 「ねぇ、スレイズ。私とキスして?」


 キス?

 ――――――――――――はぁ?

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