第25話
「お、やっとやる気になったのか?」
ライラがイルシアの前に歩み出ると、彼は嬉しそうに言った。
「そうね。イルシア君が大人しくコインを渡してくれる気がないようだから」
こんな茶番にいつまでも付き合っていられない。
ライラは素早く弓を構えてイルシアに向かって矢を射る。
ライラの放った矢は真っすぐにイルシアに向かって飛んでいったが、彼はいともたやすく槍で払い落とした。
「っはは! ちまちま様子見するのはなしにしようぜ。時間がねえんだからさ!」
イルシアがそう声を上げると、彼の背後に精霊が姿を現した。
先ほどの一次試験でライラが呼び出した精霊とは比べものにならない。
彼の持つ槍よりも大きく立派な姿をした高位の精霊だった。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだいイルシア君!」
ライラはイルシアの呼び出した精霊の姿を見てたまらず大声を上げてしまった。
ファルや受付嬢など、周囲にいる者たちが怪訝な表情を浮かべる。そんな周囲にいちいち説明などをしている場合ではなかった。
「いくら何でもそれはやりすぎ! 落ち着こうね?」
周囲にいる者たちは精霊の姿が見えないのでライラの焦りが伝わらないのだろう。
ライラが慌てだすと周囲はますます戸惑った様子を見せている。
「わかったわ、まず槍をしまおう。そこまでする必要ないからね? 今は上級モンスターの討伐とかじゃないからね!」
ライラは必死になってイルシアに訴えかけるが彼は引く気を一切見せない。
しかたがないのでこの場にいて唯一動じていないマスターに向かってライラは抗議の声を上げた。
「ちょっとマスター! いくらおもいきりって言ったってあれは駄目。加減を知らなすぎだわ!」
「あはははは、だからこそ指導を頼みたいって話なのですけどね」
ライラの訴えにマスターは呑気に笑って答える。
「ああ、はいはい。止める気はまったくないのね!」
ライラはマスターの対応を見ながら苛立たしく頭を掻いた。
「そっちがその気なら、こっちも手加減しないからね。こんなことは早めに終わらせるわよ」
ライラは胸に手を当てた。
自分に力を貸してくれるように、周囲に強く呼びかける。
精霊術には、魔術とは違い長ったらしい詠唱や小難しい術式などは一切必要ない。
心の中で強く願えば、精霊は術者に力を貸してくれるのだ。
イルシアの呼び出した精霊は火を司る精霊だ。
赤く燃える炎をその身に纏っている。
若く血気盛んな彼が呼び出したと納得する力強さを感じさせる存在だった。
であるならば、こちらの呼び出す精霊は決まっている。
「へえ、ずいぶんと高位の水精霊を呼び出してくれたじゃん。おっもしれー」
ライラの呼び出した精霊を見て、イルシアが弾んだ声で言った。
「ここに精霊が見えるやつがやってくることなんて今までなかったんだ。やっと本気で戦える!」
「本気で戦わなくてもいいと思うけどなあ……。一応さ、私の試験中なんだからね?」
大きく溜息をついたライラを、呼び出した水精霊がくすくすと笑いながら抱きしめてくる。
「んじゃ遠慮なくいくぜ!」
イルシアはその言葉を皮切りに動き出した。
イルシアの手にしている槍が一瞬にして炎に包まれる。
周囲の空気が一気に熱くなった。
イルシアは炎に包まれた槍をライラに向かって勢いよく突き出した。
すると、大きな炎の塊が揺らめきながらライラの目の前まで勢いよく飛んでくる。
ライラはその炎が自身の身体に触れる寸前のところで、横に飛びのいてかわした。
イルシアはそのライラの動きを予測していたのであろう。
ライラが飛びのいた先にイルシアは一瞬にして移動していた。
イルシアは待っていましたと言わんばかりの得意げな表情で、ライラに向かって遠慮なく槍を突き付けてくる。
「――おっと。いきなり飛ばすわねえ」
ライラはイルシアの一撃を、ひょいと背後に飛びのいてかわした。
そのライラの動きにイルシアは怯むことなくどんどんと足を踏み出して槍を突き付けてくる。
ライラはしばらくの間、イルシアの動きを観察しながら攻撃を避けるだけという状態を続けた。
「っくそ! 避けてばっかりいないで、ちゃんと戦えよ!」
イルシアはいったん攻撃の手を止めると、苛立たしそうに叫ぶ。
「いやいやいや。イルシア君が休みなく攻めてくるから驚いちゃったのよ。元気だなあってね」
「はあ? 馬鹿にしてんのかよ!」
「してない、してないよ。どちらかというと感心していたからね」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃねえかよ! ムカつく!」
ライラが腕を組んで大きく頷くと、イルシアは腹立たしそうに顔を歪めた。
彼の呼び出した火の精霊が身体に纏う炎が、メラメラと大きく揺れ出す。
精霊は呼び出した術師の感情に影響される。
精霊が纏う炎が大きく揺れるのを見て、イルシアが相当苛立っているのだろうなということがライラには簡単にわかった。
「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
ライラがイルシアの態度に呆れて言うと、呼び出した水精霊がくすくすと笑いだす。
水精霊が気怠そうにしながら笑い出すものだから、イルシアは余計に腹立たしくなったらしい。
火精霊がさらに大きな炎をその身に纏う。
「……ふふふ、若いなあ……」
ライラは自分にもたれかかってきた精霊の身体をそっと撫でながら、小さな声でささやいた。
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