冒険者に復職します。

黒蜜きな粉

離婚

第1話 

 ガシャンと、何かが割れる大きな音が食堂の中に響き渡った。


 耳をつんざくその音に、ライラは顔をしかめて食事の手を止めた。ゆっくりと顔を上げて、音のした方角に視線を向ける。


 ライラの視界に映ったのは、一人の若く美しい容姿をした女の姿だった。

 その女は、せっかく整った綺麗な顔をしているのにもかかわらず、頬を紅潮させて醜く顔を歪めていた。


 その女にライラは見覚えがある。

 別に興味もなかったが、いちど目にすれば忘れられないくらいの美しさを持っているので記憶に残っていた。


 なにやら激しく憤慨しているらしい美しい女を眺めながら、ライラは小さく溜息をついた。

 それからすぐにその女を自分の視界から追い出して、視線を自身の足元へと落とした。


 ライラの足元には、陶器の破片が飛び散っている。

 絨毯は水で濡れて変色し、周囲には色とりどりの花が散らばっていた。

 その惨状を見て、女が食堂の入り口に飾られていた花瓶を投げつけてきたのだと理解した。


 ライラは再び溜息をつきながら、手にしていたカトラリーを机の上にそっと置いて椅子の背もたれに身体を預けた。

 すると、何も言わないライラの態度に焦れたのか、女が声を張り上げながらずかずかと歩み寄ってきた。


「ちょっとあなたねえ! そんな澄ました顔をしていないで何とか言ったらどうなのよ?」


 髪を振り乱して食堂の中を闊歩してきた女は、ライラの肩を掴もうと手を伸ばしてくる。

 ライラは、自身に伸びてくる女の手を避けるでもなく、ただなんとなく見つめていた。


 女の手がライラの肩に触れようとしたそのとき、慌てた様子の使用人が二人ほど食堂の中に飛び込んできた。

 使用人たちは、食堂内の様子にさっと顔を青褪めさせる。そして、あっという間に取り乱している女に飛びついて動きを封じてしまった。

 ライラはそんな使用人たちの姿を、息がぴったりだなと考えながら見ていた。


「ちょっとアンタたち何をするのよ。離しなさいよお!」


 女は使用人にがっちりと身体を押さえつけられて、まったく身動きが取れなくなった。

 女は必死の形相でしがみつく使用人たちをふりほどこうとして暴れはじめる。だが、華奢な女一人では大人二人相手にどうしようもない。


 女は悔しそうに身体を捻りながら、するどい視線でライラを睨みつけてくる。

 使用人たちが身体を張って女を止めてくれたおかげで、彼女の手がライラの身体に触れることはなかった。

 ライラは安堵しながら、若く美しい女のみっともない姿をただ黙って横目で眺めていた。

 だが、いつまでもこうしていたって仕方がない。

 使用人たちは、ライラが指示を出さなければいつまでも女を拘束したままなのだろう。


 ライラは女から視線を逸らし天井を見上げた。

 そして、腕を組んでこれからどうしたものかと考え始める。

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