真犯人
リド
真犯人
「……」
だらしなく四肢を投げ出す目の前の亡骸は、首のない仕事仲間だった。
「……………………ぇ」
そういえば、昨日は会わなかった。ここ数日は忙しく、隣の部署に顔を出す余裕などなかったからだ。
否、訪ねるのはいつもコイツの方からだった。
「…………………………」
人を、呼ばなければいけない。
心臓がバクバクと音を立てている。呼吸が微かに乱れており、ここで初めて、自分が動揺していることに気づいた。
どうした、普段なら冷静に対応できるはずだ。
落ち着け、問題ない、いつも通りに連絡すればいい、大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、腰に付けた無線機を乱暴に取る。ガチャガチャとチャンネルを合わせ、
「……」
しかし、途中でその手を止めてしまった。……何故だろうか。
「…………貴方でしょう」
無機質な廊下の闇の奥強くを睨み、小声で言う。だが、やはり廊下は静まり返ったままだった。
「貴方が、殺した」
再び声を漏らした。虚空は何も返さない。
「いるんでしょう、貴方はずっとそこにいる」
だんだんと落ち着いてきた鼓動とは裏腹に、新たな興奮がふつふつと沸き上がる。
「ッとぼけないで」
一気に立ちあがり、腕で空を切った。依然として自分以外の気配はない。
「ジューンが突然発狂して行方不明なのも、リナが自分の眼をくり抜いたのも、こうやってアンジュが誰かに殺されたも、殺させたのも全部貴方のせいよ」
久しぶりに人の名前を呼んだような気がする。駄目だ。一体私は誰に何を言っているのだろうか。早く応援を呼ば「させない
地の文に隠れるな、私を、みんなを操らないで。貴方の思い通りになんてならないわ」
無線機の電源ボタンを連「神様か何かのつもり?
私たちを弄ばないで。私たちを縛らないで」
地の文、文章や語り物などで、会話以外の説明や叙述の部分を指す言葉。目の前でぐったりしている彼女から教わった言葉だった。
「そう、アンジュは昔、小説家になりたかったらしい。私は、小説家なんて馬鹿らしいと嘲笑ったわ」
昔から人が好きではなかった。しかしそれでも彼女はまるで家族のように、執拗に付きまとってきた。
「私が人嫌いなのも貴方のせいだけれど」
犯人はいる。彼女の死体の襟元にはしわができており、血で汚れてよく見えないが、確かに扼殺痕が見受けられた。
「それでも真犯人は貴方よ。私は貴方の存在に気づいてしまった。彼女を殺した人が誰であったとしても、真犯人は貴方。私は何もしない。貴方がさせたい犯人探しなんてしない」
人嫌いな自分がどうしてたった一人の死体なんかに肩入れするのだろうか、なんて疑問に思う展開は
「ないわ」
あるはずもなく、私は手持ちのライターで自らに火をつけ燃え尽きた。
おしまい。
真犯人 リド @ridorido
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