スマホが私を呼んでいるのぉぉぉ!

ちびまるフォイ

使い放題プラン

「どうしても吐くつもりはないんだな」


「何度も同じことを言わせるんじゃねぇよ、ポリ公」


「お前がどうしても口を割らないならこっちにも考えがある」


警官は机の上にスマホをおいた。


「これは、俺のスマホじゃないか!」


「ああそうだ。このスマホを見続ける限りお前の刑期は延長される。

 もし見なければここから無罪として出してやろう」


「ハッ。なにをするかと思えば、スマホを見るなだって? 余裕だね」


「そうか」


警官は部屋を出て扉を閉めた。

部屋には自分ひとりだけとなっている。


チクタクチクタク。


秒針の進む音が妙に大きく聞こえてくる。


「……まだ1分か」


時間が経つのが異常に長い。

いつもなら犬の動画を見ているだけで数時間はぶっ飛ぶのに。


このスマホを手にすれば、次に警官が部屋に入ってくるまでの時間つぶしができる。

最高の娯楽だ。


「っていかんいかん。これもどうせ罠なんだろう。そうはいくか」


腕組みをしてスマホから目をそらした。

次に警官が戻ってくるまでスマホを見なければここから無事脱出できるんだ。

我慢するしかない。


「……1分30秒か。あの時計、電池大丈夫か?」


電池が切れかかっていて秒針が遅くなっているのではと疑ったが、

自分の脈とほぼ同じ速度で秒針は動いている。遅く長い。


手元が寂しくなって、油断すれば机のスマホを当たり前に手にとってしまいそうだ。


ピポポピポポピポポ↑、ポワン♪

ピポポピポポピポポ↑、ポワン♪


スマホの画面はふせられて見えないが、聞き慣れた着信音が静かな部屋に響く。


「で、電話だ!」


思わずスマホに手を伸ばしてしまう。

必死に意志の力で手を引き戻した。


ピポポピポポピポポ↑、ポワン♪


「んなぁぁぁ!! 気になる!!」


まるでスマホがぐずって泣き出す赤ちゃんのようで放ってはおけない。

しかしスマホを手にとってしまえば無罪ではいられない。


ピポポピポポピポポ↑、ポワン♪


「頼む!! いいから着信を切ってくれーー!!」


何度コールしても反応しないことで諦めたのか着信音が止んだ。

ほっと胸をなでおろしたあとで、じわじわと不安な気持ちが広がっていく。


「今の……誰だったんだ……?」


親が急に危篤状態になった緊急の連絡かもしれない。

さっきの警官が急ぎの連絡でかけたのかもしれない。

いったいなんだったんだ。


スマホをひっくり返すだけで誰の着信かがわかるのに。

それさえわかれば、緊急性のある連絡だったのかもわかるのに。


「ああああ!! ダメだ!! なんかさっきより気になってしょうがない!!」


必死にスマホに手を伸ばそうとする体を何度も机に打ち付けて自制する。

はたからみればエクソシストにでも憑依されたのかに思えるだろう。


ピーコン♪


「こ、この音は……!!」


ピーコン♪

ピーコン♪

ピーコン♪


「つ、通知の音だ! 間違いない!」


ピーコン♪


ピーコン♪


ピーコン♪ピーコン♪ピーコン♪ピーコン♪


「おいおいおい、なんて数の通知音だ!! いったい何が!?」


普段ではとても送られるはずがないであろう通知音ラッシュ。

SNSがバズったのか、友達から連投メッセージを送ったのかはわからない。


ただ、今スマホの画面を見ていないこの状況で普段どおりじゃないなにかが起きている。


「ぐあああ!! 確かめたい!! 早く確かめて安心したい!!!」


腕は自分の意思にあらがうようにスマホへと手を伸ばしていく。

自分の見ていないところで何が起きているのか。早く知ってスッキリしたい。

せめて緊急性のあるものなのか、そうでないのかさえ確かめられれば。


「そ、そうだ!!」


アイデアを思いつき、外に出る扉に向かって何度も叩いた。


「だれかーー!! だれか助けてくれ!! 誰か来てくれーー!! ぐあああ!!」


のたうち回りながら必死に助けを呼ぶ。

すると、血相変えた別の警官が飛び込んできた。


「おいどうした! いったい何があった!?」


「し、心臓が急に……持病の盲腸で痛みだして……。あ、でももう大丈夫」


「え、急に?」


「ええ、なんか急に大丈夫になりました。はっはっは。

 ところで来たついでにひとつ頼みがあるんです」


「む、なんだ?」


「あのスマホの画面を見てほしいんです。ああ、俺には見せないで。

 あなたが見てなんか緊急性の内容があるかどうかだけ確かめてほしい」


「私が、か? 別に構わないが」


「けして内容は教えないでくださいね!!」


「あ、ああ……」


警官は机に乗っていたスマホを手に取り通知や着信を確認した。


「どうです? なにか大事な要件とかありました? ありますよね?」


「……うーーん、見たところそれらしいものはない」


「ああ、なんだそうですか……ほっ」


「それじゃ私はこれで出るぞ。まったく人騒がせな……」


別の警官は部屋の外に出てまた鍵を閉めた。

部屋は秒針の音だけが響く静寂の空間へと戻った。


とにかく危篤状態などといった緊急性の要件はないということでひと安心。

これで安心して我慢ができる……が。


「緊急性の要件じゃないなら、なんだったんだ?」


普段はスマホに電話かけてくるなんてほぼない。

あんなに大量にメッセージが送られることもない。

緊急性じゃないならいったいなんなんだ。


自分の普段の生活では考えられないことが起きているに違いない。

でもそれは緊急性のあるものじゃない。


そんな相反することが今まさに起きているのだろうか。


「だあああ! ちくしょう!! ますます気になるじゃないかぁぁぁ!!!」


このままでは我慢しきったところでまともな精神状態でいられる気がしない。

心が壊れるくらいなら、と我慢できずスマホに手を伸ばした。


ブルーライトに照らされた画面を覗き込む。

そこには未読の通知が溜まっていた。



>今日スーパーの特売日だから大根買ってきて  母


>あ、ついでじゃがいもも  母


>牛乳も切れてたからよろしく  母



電話に出なかったのでメッセージで連投していた母のログだけが残っていた。

スマホから顔を上げると、警官が仁王立ちしていた。


「刑期延長、決定だな」


そのまま独房へと連れて行かれた。




新しく収監された男の噂はすぐに監獄内に広がった。


「おい新入り! 聞いたぞ! お前刑期400年なんだってな!?」


「いったいどんなことしたらそんなになるんだ!?」


「おい無視するなよ新入り! おい! おーーい!! おぉーーい!!」


囚人たちの必死のからかいも、画面に夢中の新入りの耳へ届くことはなかった。

ただただ楽しそうに画面を覗き込んで笑っている。


新入りは思い出したようにスマホの時間を確認した。


「もうこんな時間。楽しい時間ってあっという間だなぁ」


新入りはなにもない監獄の中でふたたび楽しげにスマホをいじり続けていた。

彼の刑期はいまだに延長され続けている。

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