筆頭魔術師

「……はっ?」


間の抜けた声が出てしまった。

けれど、もう一度頭の中で復唱してみても、リュカード様の質問の意味は、よくわからない。


「……魔術は使えないのに、魔力はあるなど、そんなことはあるのでしょうか。

魔力があるから、魔術が使えるのですよね……?魔術を使うための力としての、魔力ですよね?」


戸惑いつつも、思ったことをそのまま口にすると、リュカード様とザイオンがちらりと視線を交わした。


リュカード様がゆっくりと口を開く。


「アリシアが言ったように、自分が魔術を使うための力として、魔力が備わっている、それも一面では真実だ。

だが、例外というのも存在する。魔力だけを持ち、魔術を使えない者が必ずしもいないということではない。


アリシアは、アストリア王国で、そのような者に会ったことはないか?」


ますます頭が混乱してきた。

少し考えてから、私は左右に首を振る。


「……いえ、ないと思います。


アストリア王国の魔術試験では、あくまで、16歳を迎えた者が魔術が使えるかどうかと、使える魔術の暫定的な強さを測ります。なので、魔力だけある者がいたとしても、魔術が使えないと判定されるだけでしょう。


……つまり、そのような例外的な人を把握するシステムはそもそもアストリア王国になかったと思うので、私がもしそのような人に会ったとしても、自分ではわからなかったと思います。


残念ですが、仮に魔力だけを持っていても、魔術の才能が欠けていたら、結局使いようがないので、無用の長物なのではないでしょうか」


もしかしたら、これは何かの誘導尋問?

魔術試験の内容は、アストリア王国の国家機密だったりするのかしら。

こうして、ペラペラと他国の人に話してはいけない?

……いや、他の国の人に対しても、アストリア王国で魔術試験を受けたいという希望者には解放されていたから、特に秘密にするべき内容ではないはず。

なぜ、彼はこんな質問をするのだろう。


訝しげな顔をしている私に、ザイオンが優しい声で語りかけた。


「辛いことがあったばかりだというのに、質問責めにしてしまってごめんね。


……最後に、もう一つだけ聞いても?

これも、今聞くのは酷な質問なんだけれど。……アリシアの家は、ほかの兄弟が後を継ぐのかい?」


私は目を伏せた。

「……はい。私には非常に魔術に優れた姉と、弟がいます。弟が家督を継ぐはずです。

私がもし家に残ることにでもなれば、足を引っ張ることになったでしょうが……もう除籍されたので、旧実家は、魔術の力が順当に評価されれば、恐らく伯爵家から侯爵の地位にまでは上がるでしょうね」


一息に話し切る。まるで他人の話をしているみたいだ、と自分でも感じた。


「ありがとう。……もういい。すまない」

リュカード様が、言葉少なに言った。

まるで自分が痛いかのように顔を歪めている。

そんな風に歪めた顔まで絵になりそうなほどに、美しい。

……一見、無表情で冷たそうに見えるのに、この方、ほんとうに優しいのね。


おもむろに、彼の手がすっと伸び、私の頬を撫でた。

どうやら、気付かないうちに涙がこぼれていたようで、拭ってくれたのだと気付く。

頬がかあっと熱くなった。


「わ、私からも、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


恥ずかしいのと、私も気になっていたことがあるのとで、慌てて口を開いた。


「ああ。何か聞きたいことが?」


「はい。……昨日、馬車が落ちてくる直前、いったい何が起こっていたのでしょうか」


あんな辺境の崖に、高位貴族の跡取りと従者だけがいたというのが、不自然に思えた。…そのお陰で、私は助かって今ここにいるとも言えるのだけれど。


リュカード様は、私が落ち着いたかを確かめるように、覗き込むように私の目を見てから、口を開いた。


「最近、魔物たちが凶暴化している。

特に、国境付近の渓谷…昨日君に助けられた辺りの場所から、以前には人間の住む場所にはあまり近づいて来なかった、上級の力を持つ魔物が、街にも現れるようになった。

だから、渓谷沿いに結界を張るために、ザイオンとあの場所に向かった。さすがに、俺にはこの国を覆うほどの結界を張る魔力はないからな」


えっ、今、何て……?

「結界、ですか?…あの、結界を張れるほど力のある魔術師となると、一国に、片手で数えられるほどしかいないように思うのですが、つまり……?」


ザイオンが明るく笑う。

「ああ、リュカード様は、この国の筆頭魔術師だよ」


「この国の、筆頭魔術師さま……!」


予想を超える答えに、頭がくらくらとしてきた。

本来、私などが一緒に食事のテーブルを囲んでいいような相手ではない。


私の動揺になど気付かないように、リュカード様は続ける。


「結界を張ろうと印を結んでいる間、ちょうど防御が手薄になる時に、君も見ただろう、あの氷の大蛇2匹に襲い掛かられた。

……さすがに、もう無理かと思ったよ。結界を張るのは途中で結局失敗したけれど、既にかなり魔力を消耗していたからね」


その状態で、その後に、落ちる馬車ごと魔法をかけ、さらに氷の最上級魔法まで……!

信じられないような才能だ。私と、2歳しか違わないのに。

……それでも。


「結界を張りに、そんな少人数で……。いくら何でも、無謀ですよ……!」


ザイオンが言葉を継いだ。

「今、多くの魔術師を連れて街を出て、その隙に街を狙われたとしたら、それこそ大打撃だ。一定の守備を街に残すことを考えると、そうするほかなかった。

……君のいたアストリア王国より、この国の魔術師はずっと少ないんだよ」


次にリュカードが口を開く。


「アリシア、また質問になってしまうが。


君は、いったいどうやってあの氷の大蛇を追い払ったんだ?」


私も首を捻った。

「私も、大蛇と目が合った時は、もう駄目かなと思ったのですけれど。

……なぜか、その後すぐに立ち去ったようです」


私はちらりと、ヴェントゥスを見る。

火喰い鳥を何でもないような顔をして仕留めたこの子は、多分、ただ者ではない。

……でも、さすがに氷の大蛇まで追い払うのは、難しいだろう。


私の視線を追って、リュカード様とザイオンもヴェントゥスを見たけれど、ヴェントゥスはそれには構わず、朝食を食べるのに忙しそうな様子だ。


リュカード様は首を振った。

「……君にもわからないなら、仕方ない。


できれば、後で一緒に来てほしいところがあるのだが、いいだろうか?」


私はこくりと頷いた。

「はい、私でよければご一緒します」


ザイオンがにこりと笑った。

「僕も一緒に行くよ。

……ああ、外向きには、ちゃんと僕もリュカード様に敬語だからね?」


ぱちりとウインクをされ、思わず吹き出してしまった。

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