第4話 出勤したくないときの対処法
空飛ぶ馬車的なものは、あっという間に都市のど真ん中にある、巨大な要塞のような建物に着地した。
要塞のような、と言ったのは比喩ではなく、そこら中に槍や砲台や見たことのない機械が多種多様に取り付けられており、外壁はすべて金属製で、周囲は堀になっている。
悪魔達にとっての重要拠点であることは、誰の目にも明らかだった。
「うわ~……大きいなぁ~…….。」
カズキはその5メートルはあるだろう正門を見上げ、白目をむいていた。
「何バカなこと言ってんの。何度も見てるでしょ。」
隣にいる赤ツインテ少女悪魔、リリスが溜息をつく。
さすがにもう服をつかまれているわけではないが、周囲には警備員であろう数百の悪魔が列を成しており、逃げ出すには分が悪すぎる。
しかし、現状では自分を『アモン』という特級悪魔だと勘違いしているのは、このリリスだけだ。
彼女の気を逸らすことさえ出来れば、逃亡のチャンスはある。
そう考え、リリスの挙動を注意深く観察していた時だった。
「ま、このゴエティア城塞は魔界でも最大の施設ですからね。そう口に出してしまう気持ちも分かりますよ。」
突然の逆方向からの声に、心臓が口から飛び出そうになる。
声のほうを向くと、白に金の刺繍がされたスーツを着た、まるで貴族のような装いの金髪の男性が立っていた。
「あら、シュトリ……と、ベレトも。久しぶりね。」
「……ん。」
よく見ると、金髪悪魔……シュトリの近くにも、小柄な男性の姿があった。
全身に黒い布を巻きつけたような姿をしており、リリスの声にちらりとこちらを見たが、すぐに目を瞑ってしまった。
「リリスとアモンも、元気そうで何よりですよ。」
「とんでもないわよ。こいつまた会合すっぽかそうとしてたんだから。」
「……それだっていつものこと……だろ……。」
「他人事みたいに言わないでよね!!私はアモンの保護者じゃ無いんだけど?!」
いや、もう、この感じ。
完全に特級悪魔じゃん。
特級悪魔の団らんじゃん。
しかも秒でアモンだとバレてるじゃん。
なんでよ。顔違うだろ!!
そんなことを考えていた矢先、突然シュトリがこちらに顔を向けた。
「どうしてバレたのか、と?」
心臓が穴という穴から飛び出すような感覚。
まさか、この金髪は心が読めるのだろうか。
そうだとしても不思議ではない。悪魔だし。
だとするとマズい。もう色々マズい。
もしアモンだとバレてしまったら――もうバレてるのか――いや実際はアモンではないわけだけど――実際はアモンじゃないけどアモンだとバレたら――
ん?何か混乱してきた。
あまり考えないタイプの思考ループに陥り、フリーズしていると、彼はくすりと笑ってカズキの肩を叩いた。
「ふふ、リリスの隣に立っている見知らぬ男――なんて、アモンくらいですよ。」
なんだそういうことか、脅かすな爽やかイケメン悪魔め!!
飛び出た分の心臓を返せ!!
……まぁしかし、冷静に考えると、特級悪魔の隣に人間がぼったっているとは思わないか。
メリットが何も無いもんな。今の現状なんだけど。
「……ああ何度も顔を変えられたら……もう大体分かる……。」
黒布の悪魔……ベレトも、皮肉めいた言葉をこぼす。
そんなに何回もやったのか僕は。
いや、僕はやってないんだけど。
「アンタの考えなんてもうみーんなお見通しなのよ。そろそろ真面目にしなさいよ。」
リリスも軽蔑の視線を向けている。
悪魔に『真面目にしなさい』と諭される日がこようとは。
その言葉が本人に届いていないことに申し訳なさすら感じる。
しかし、この僅かな会話からも、アモンとやらの普段の生活態度がずいぶん透けて見える。
普段テキトーなことや嘘ついてばかりいるから、こんな風に中身が入れ替わっても違和感を持たれないのだ。
よくもまぁこんなのに特級が務まっているものだと関心すらしてしまう。
彼には真っ当な人間になってほしいものだ。悪魔だけど。
「さて、ここで立ち話も何です。中に入りましょうか。」
「そうね。早いとこ座りたいし。」
「……えっ。」
三人が揃って門に向かって歩き出したので、思わず声が漏れてしまった。
そう、新たな特級の出現で忘れていたが、さすがにこの要塞に入るのはまずい。
先ほどの金髪の発言を思い返すに、ここはゴエティアとかいう、魔界最大級の城塞らしい。
何のための施設なのかは想像したくもないが――大体見たら分かるが――天地がひっくり返っても、人間が入って良い場所では無い。
「おや、アモン、何か問題でも?」
シュトリが首をかしげつつ振り返る。
あるわ。問題しかないわ。
人間が単身丸腰で悪魔の最重要施設に潜入、ってもう意味がわからん。
前世でどれだけ悪行を積めばそんなイベントが発生するんだ。
ここが最後のチャンス。
何としても、考え出すんだ。
特級としての威厳を失わず、かつこの場を自然に離れられる、そんな言い訳を!!
「ちょっと!トイレに!行って来るねッッ!!」
そう言って颯爽と走り出す僕の首を、リリスの手がガッシリと掴み上げた。
彼女は満面の笑顔だった。
「中にあるわよ。良かったわね。」
「……アー……ヨカッター……。」
カズキはそのまま、引きずられるように門へ吸い込まれていった。
これは、詰んだかもしれない。
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