魔獣のまたたび

ましお

第1話 匂いにつられて・・・

グゥゥゥ・・・。


ここはバルオキー村長の家の中。


炊事場のカチャカチャという心地よい音の中でひと際大きな腹の音を鳴らす男の姿があった。


「フィーネ殿、そろそろでござるな! 拙者はもう我慢がならんでござる!」


と、人間でありながらカエルの姿をしたサイラスという男はわかりやすく食器をテーブルに立てて昼飯時を促している。


「ちょっとは待ちなさいよ。 サイラスには侍の矜持ってもんがないの?」


髪を横に一つ結びにした快活な美少女、エイミはその動きをたしなめる。


名指しをされ、炊事場を切り盛りしているフィーネという少女は早々にその作業を終わらせようとしていた。


「サイラスは食いしん坊だな! フィーネも作り甲斐があるんじゃないか?」


そう言って笑い声をあげる少年アルドは、漂う香りに内心自分も腹を空かせ、自らの妹にあたる少女が料理を運んでくるのを今か今かと待ち構えている。


「良い香りが漂ってきていマス! ノデ!!!」


「・・・。」


無機質な超合金のボディをしたアンドロイド、リィカは独特の言葉運びを決めたと思えば、合成人間のヘレナは表情(?)を変えずに宙に浮かんでいる。


「これを 入れて と。 はい! 完成!」


フィーネは両手いっぱいに抱えた大皿をテーブルに乗せると、手際よく料理を取り分けていく。


アルドは全員に料理が行き渡ったことを確認するとせきを切ったように言った。


「みんな、 せーのっ」


「いただきます!」



○○○



「これってアルテナに教えてもらったんでしょ? フィーネ?」


とエイミがフィーネに尋ねると


「はい。 魔獣族に伝わる 伝統的な料理らしいです。 なんでも秘伝のスパイス?があるみたいで、 「「これは大事な隠し味だから、 絶対に入れるのよ!」」 って小袋も渡されました。」


とその小袋を見せながら応える。


「へぇ、 隠し味に入れるようなものってなんなのかしらね。」


ヘレナが人間の味覚や調理に対する関心の度合いに改めて感心していると、




「ぎゃー! 助けてくれぇー!」


突然、外から悲鳴が聞こえた。


「外で何かあったんだ! 人が襲われているかもしれない! みんな、 用心して外に出よう!」


このメンバーをまとめるアルドはそう判断した。



○○○



外に出てみると、そこにはとても人間とは思えないような巨体に襲われている男性の姿があった。


アルドは持ち前の経験と判断力で状況を咄嗟に把握しようとする。


その結果、明らかに男性の方が危ないと判断した。


「ひっ!」


巨体が鋭い爪を翻し、男性が身を縮こませた瞬間


キィン! ゴッ! ドン!


と大きな音を立てながらアルドは巨体の正体である魔獣族とみられる女性の攻撃をいなしてかわした。


「グゥ・・・・。」


と魔獣族の女はうずくまる。

だが、まだ魔獣特有の戦闘モードであることには変わらない。


「くそっ、 一旦沈静化させないと この魔獣、 興奮状態で危険だ!」


そう仲間に伝えると、その声に呼応するように武器を構えていた全員が戦闘モードに入る。


ほどなくして、興奮状態であった魔獣族の女性は通常の姿に戻った。


「やった、 か・・・?」


アルドは沈静化された魔獣に注意深く目を向け、これ以上は襲ってこないだろうと判断した。


村中が騒然とする中、一行は騒ぎの張本人たちに何があったか聴く前に戦闘があったことでケガ人が出なかったかを確認し、少なからずダメージを受けたであろう魔獣の女性の安全を確保した。



○○○



野次馬根性に見物に来ていた取り巻きも、なんだもう終わったのかと平和ボケしたような表情を見せる。


もちろん、自分の所に被害が来ないよう最大限の警戒をしていた村人や旅人もいたのでそれらの人々はいつもの生活へ戻ることを許されたと思ったのか、本来の目的を思い出したように各々の持ち場に戻ってゆく。


腰が抜けたのか、今にも逃げたそうな顔で怯える この場合被害者になるのだろうか 男性は気持ちと相反する体にいらだちと焦燥感を覚えながら、助けてくれといわんばかりに顔見知りである村の警備隊員のアルドの方を視たり、自分の身に大事がなかったことに安堵したり、その場から動けないながらも忙しそうな気持ちを落ち着かせようと必死であった。


そして魔獣の方を看ていた一行はその女性が目を覚ますまで待つことにした。



○○○



「生体反応に特に異常は見られませんノデ、 安心してくださイ!」


ダメージを受けたであろう体をスキャンしたリィカは、そう報告する。


すると


「あ、 気が付いたみたい!」


と、エイミが意識を取り戻した魔獣族の女性に大丈夫ですかと念のため声をかける。


瞬きを数回しながら、エイミに抱きかかえられた形になった女性はその若く整った少女の顔に目のピントを合わせる。


「どうやら、 大丈夫そうね。」


そう判断したヘレナはアルドに、これからどうするか決めるのを任せるように顔を向けた。


「とりあえず、 何があったか聞いてみよう。」



○○○



「我慢できなかったんです。 私はラミアって言います。 気付いたら匂いにつられてて・・・。」


目を覚ました魔獣族の女が腰を起こした状態でそう弁明すると、匂いの元であるであろう村長の家の方を向き、トロッとした顔をする。


状況がうまくつかめない一同は困惑する。


「匂い?」


率直な疑問をラミアにぶつけるアルド。


「はい。 この匂いはシロシハンタケというキノコを乾燥させてすりつぶした粉末、 魔獣のまたたび と呼ばれる魔獣がとてもよく好むものの匂いなんです。 ここ最近、 そのキノコがなかなか採取できない状況が続いてて、 懐かしい香りに我を忘れて飛び込んでいくところでした。 そこにこの男性が丁度立ちはだかっていたので・・・。」


「とにかく、 けが人が出なくてよかった。」


とアルドは言い、ラミアに紹介された側になった男性は未だおびえた様子を見せながら一礼をしてそそくさと立ち去って行った。


「あの・・・。」


フィーネはおそるおそる。


「その魔獣のまたたびって、 やっぱりこの中に入ってたやつ・・・ですよね?」


と聞きながらいつの間にか家の中から持ってきていた空になった小袋をラミアの方に開いて見せる。


「そうよ。 この匂いは確かにそれだわ。」


そうラミアは答えると、またも目をトロッとさせた。


「それじゃあ、 私のせいです。 私が隠し味の分量を間違えて料理に全部入れちゃったから・・・。 ごめんなさい。」


こう見えてフィーネはとても頭の機転も利くし、何より自分が悪いと思ったことには素直に謝るいい子だとアルド達はよく知っているので、


「ラミアさん。 うちのフィーネが粗相を犯してしまったことに関しては謝ります。 ただ、本人もこう言っていますし許してあげてください。」


と兄のアルドが説得するとラミアは、


「とんでもない! 私の方こそ我を忘れてとんでもない騒ぎを起こしてしまい本当に申し訳ありませんでした!」


と双方謝まることで、騒ぎはようやく終わりを見せた。



○○○



「原因がまさか隠し味にあったでござるか。」


そう、カエルの男サイラスが改めて事実を確認する。


ラミアの無事を確認した後、村長の家に戻った一同は小皿の上に中途半端に残された冷えてしまった料理をしぶしぶ片付けていた。


「でも、 なかなか手に入らないことで起きたことならコニウムの様子も気になるわね。」


「そうねー、 今ちょうどアルテナとギルドナが向こうにいるから、 様子を見にいってみない?」


ヘレナとエイミは呼応するように魔獣の島にある魔獣族の村、コニウムを案じた。


「そうだな、ギルドナ達は蛇骨島にいる。 事情を聴きに行ってみよう。」


アルドがそう決定すると、


「でも、 とてもおいしかったノデ!!!」


きっと味覚を化学反応で分析したであろうアンドロイドのリィカがさりげなくフォローを入れた。


一行は魔獣のまたたびの事情を聞きに蛇骨島に向かうのであった。





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